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戦略論大系(3)「モルトケ」

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E2149000.JPG 近代の陸軍用兵の基礎を作ったと言われる、ヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケの著作と解説を収録した本である。

 近代陸軍用兵術の模範とまで言われる彼だが、残念ながら日本では、彼のテキストはほとんど出版されていない。その中でも代表作と言われる「高級指揮官に与える教令」は、かろうじて、芙蓉書房出版の戦略論大系(3)モルトケという本に収録されているが、長く品切れが続いており、手にするのが難しい。この度、ようやく本書を古本で入手して、読むことが出来た。

 目玉である「高級指揮官に与える教令」については、実にあっけないというか当たり前というか、それは私達が現代の戦争を知っているからであり、その古典に触れられたという事は実に有意義。
 部隊の編成や、指揮統制、行軍の原則、騎兵戦術、そして最大のポイントは指揮系統の一本化にあり、高級将校から下士官までの命令系統の統一を行い、常に連絡と報告を取り合って状況を確認、高級将校は独自に下士官、もしくは現場の兵士へ直接命令することは避けるべきという、軍組織における情報と命令系統の階層化、中央集権化を図った所にある。
 また、各指揮官に置いては、上級になればなるほど命令は包括的であることを求め、末端に行く程命令は臨機応変で具体的であるべきという、軍隊における上級と下級士官の役割にまで踏み込んでいることもポイント。

 というのも、当時の軍隊といえば、まだ中世封建主義的思想が色濃く残り、軍隊は国民のものというより、王族、貴族の持ち物であり、戦争で功績を残すことは貴族のたしなみ…のような風潮もあった時代である。
 フランスでは既に「国民皆兵」でナポレオンが大暴れして成功を収めた後ではあるが、まだヨーロッパ社会、特に東欧に関して「軍隊」は権力者の私物であり、その用兵術には標準とされる体系が存在していなかった。そんな時代において、軍隊に明確な「指揮統制」を用いたモルトケの思想は、今でいうと当たり前のことだが、当時においては革新であり、また反対も多かったようだ(もっともその近代的軍隊の創設に成功したドイツが「国家が軍隊を持つのではなく、軍隊が国家を持っている」といわれる国へと変貌したのが皮肉だが)

 それともう一つの特徴は、モルトケが用兵に取り入れた近代技術であろう。上記にある「連絡と報告」には、当時実用化されつつあった電信を用いることを主張し、また、軍隊の動員についても、当時ヨーロッパを網羅しつつあった鉄道などの輸送手段を積極的に利用するように努めた。

 また、大軍の存在意義は「攻撃以外にない」と規定しているのもユニークで、必要な場所以外でむやみに軍団の編成を行わないことを推奨しているのも面白い。

 たとえ話だが、仮に日本が北九州で外国の侵略を受け、急遽日本政府は軍隊を九州方面に派遣する必要があるとする。
 近代戦以前の常識では、東京で兵隊の動員を行った場合、動員場所の東京で軍団を編成して、そこから北九州へ行軍するというのが流れであったが、モルトケはその常識を覆し、動員場所での軍団編成を行わず、鉄道などの輸送手段を用いて兵隊を逐次移動させ、軍団の編成は作戦現地で行うとした。
 今でいえば当たり前の話なのだが、それを実現させるためには、膨大な人員と補給物資をタイミングよく集合させる必要があり、綿密な計画に基づいたダイヤグラム作成が不可欠になる。その当たり前が、技術的な制約や過去からの慣習という理由はあるにせよ、昔の戦争では行われていなかったのだ。

 また、鉄道網による大量輸送を伴った動員は、過去の戦争の例にある、単一の作戦での敗北が地域失陥につながるという常識も変えてしまった。つまり、1つの作戦で部隊が負けて損耗しようとも、事前に損耗率を計算して逐次戦場に予備兵力を動員し続ければ、一度部隊が負けて損耗しようとも、作戦を続行することが出来る訳で、この流れは、近代型の国家総力戦へとつながってゆく。

 モルトケと話はずれるが、その時代に行われていたオスマン(を代理にした英仏)とロシアで戦われていたクリミア戦争などは正にその例で、昔ながらの徒歩や馬車での軍隊動員を行っていたロシアに対し、英国は鉄道や蒸気船を積極的に使い、次々と増援部隊や補給物資を現地に送り続けていた。結果、地の利を持っているはずのロシアは敗退。もっとも戦局では有利だった英仏も「国家総力戦」を行ったツケが大きく、膨大な戦費負担に耐えきれず、誰が勝ったのかよくわからない結果として終わった(もちろんオスマンは大損こいたのだが)

 このように、国家総力戦の時代は「戦争で勝っても結果どちらが勝ったのか良く分からない」的な戦争の始まりを作った…というのが私の私見!頭痛が痛い(笑)

 本書について、19世紀東欧の歴史に詳しくない人は、むしろ後半の編者における解説文から読むことをお勧めする。私も近代プロイセンの歴史はよく知らなかったので、前半は理解が進まず、最後の解説まで読み終えてからまた読み返した所で、モルトケが言わんとしていたことが判ってきた気がする。
 ただ、中盤にある本書の目玉「高級指揮官に与える教令」については、非情に簡易で判りやすく、故にこの文章を読んだ後には、様々な戦争に関する書物を読んでみて、改めて考え直さなければ、妙な誤解を持ったまま「わかったつもり」になってしまう危険性をはらんでいるなと思った。

 本論と外れるが、個人的に面白かったエピソードは、数日前に読んだ「オスマン帝国はなぜ崩壊したのか」にあった、オスマンがボロ負けしたエジプトとの戦争時、モルトケがオスマンの軍事顧問として派遣されていたことが書いてあったこと。モルトケはエジプト軍を撃破するための有効な部隊配置と作戦を進言したのだが、それは当時のオスマン軍から無視され、結果ボロ負けをした…と書いてあるが、さて。

 あと、私は読んだことがないので知らないのだが、銀河英雄伝説に出てくる「ヤン」という将軍は、モルトケがモデルだとのことである。なんでも、背が高く寡黙で戦争よりも文学を愛し、人生の前半においては特に輝かしい功績もない地味な男…。という設定がそっくりらしいのだが。どうなんでしょ。

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戦略論大系(3)モルトケ/片岡徹也・戦略研究学会

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