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▼2009年04月04日

平和

 プロジェクトジャパンというNHKスペシャルでやってますね。国家について平和とはなんぞや…みたいな視点で番組は進んでいますが、そもそも、国家の目的が「平和」なのかという根本の議論をすっ飛ばして、
 「世界は平和を望んでいる=国家は平和維持をを目的に進まなければならない
 なんて安易なロジックに陥ってしまっているのではないかと、そんな風にも見受けられた。

 世界各国の戦争博物館や平和主義者にインタビューしてましたけど、ハッキリいうと、それはそれらの国家の中でもかなりマイノリティーな存在にしか見えない。現在、多数のスペイン人が武力放棄に賛同しているとは思えないし、また多くの韓国人が、ベトナムで犯した自らの罪を認めているとも思えない…というか、韓国に至ってはそんな事知らないという人の方が多いのでは?

 いや…他の国のそれらの国民について、別に文句がある訳じゃありません。ただ、日本は過去を反省してない…なんて言ってはいますが、あんたらマイノリティーに属する人達を含めればもっと大規模で派手に、無防備宣言都市とか、君が代国歌反対とか、色々やってる人いますけどね…。

 と、話がずれてきちゃいましたが、私が思うに、日本以外の近代国家の国是で「世界平和」なんておめでたい事を真剣に国家戦略として考えいてる国はないのではないかという事。いや…日本だって真剣にこんな事考えてないかもしれませんが…。
 だからといって、日本も「世界平和を国家戦略にすべきではない」と言っている訳ではありません。ただ、そういった国家戦略を実行するには、その「平和」なんて曖昧な言葉の意味をしっかり考えているのかな?

 例えば「人によって正義は違う」なんて言葉はあるけど、同様に「人によって平和は違う」なんて言い方もある訳で、では、日本が目指す「平和」のスタイルは、どういった姿で、またそれに至るプロセスはどうなのか?そんな話は全くないよね。ただ念仏のように「平和平和」と唱えているだけ。これはもう、宗教に近い。

 「平和」と言っていれば、誰からも非難されない。「平和」と言っていれば、少なくとも反対する人はいない…。政治や歴史で執拗に「平和」と繰り返す人達って、そんな安易な考え…というか、誰からも叩かれない魔法のキーワードのつもりで「平和平和」と唱えているだけなんじゃないのか?

 世界中から戦争が無くなって、誰1人殺し合いをしなくなるのが理想…なのかもしれないけど、それは「パンがなかったらケーキを食え」と同レベルの暴論だよね。今地球上には80億だっけ?それだけの人間がいるというのに、それだけの人間が誰1人、いがみ合いも争いもせず、殺し合いもない世界なんて、想像力の乏しい私には超全体主義か完全宗教体制…それ以外に考えられない。というか80億の個人誰もが等しく満足できる社会なんて虫の世界だってあり得ないわな。

 だからこそ、国家にとって「平和」は、どんな利益をもたらすのか…また、日本が考える「平和」とは、現実として何を目指しているのか。冷酷にも聞こえる言い方だけど、そういうロジックをしっかりと議論して、政府と国民の間のコンセンサスを得ないと、真の平和への一歩は踏み出せないのではないか。
 お花畑な妄想ではなく、私たち人類が繁栄する為には、どうやって争いを減らして、また何を犠牲にして何を選択して…といった国家戦略目標が必要だろう。そういった実効性を持たず、ただ「平和平和」と唱えて満足しているだけでは、結局他国から与えられた平和しか得る事が出来ないという事だ。

 ちなみに、こんな言い方を日本の政治家がしたら、マスコミから総スカンというか、猛攻撃を加えられるだろうね。つまり、そういった幼稚な発想そのものが、経済以外における日本の国家戦略をダメにしている要因なんだよ。
 ただ、現状の日本はダメである事に意義がある…って議論なら、それはそれで成り立つと思うし、私はそういう価値もアリだとは思うけど。

 ま、テレビの画面でしつこく「平和平和」と繰り返すこの番組をネットやりながら横目見て、ちょっとケチをつけたくなったと、皆さんにはそんなレベルの妄想と解釈してもらえれば…番組本来の趣旨は、きちんと見てた訳じゃないのでよく判りませんよと、一応逃げをうっとく(笑)

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