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▼2021年01月01日

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。

 2020年は新型コロナウイルスのおかげで、今までにない1年となりました。ただ、2021年も昨年と同じように、またいつもとは違った年になるかと思います。

 そんな中、鹿嶋の地では、もう10年ぶりくらいに水平線から直接初日の出を見ることができました。
 写真に見える貨物船は、鹿島港に入港するNSユナイテッド内航の石灰石運搬船「八戸丸」。船員の彼等も洋上から初日の出見ているんですかね。元旦からご苦労様です。

 例年、太平洋上の南東側って、朝方は雲が薄くかかっていることが多いので、大体その雲の上からの初日の出になるんですけどね。今年は海から直接の日の出を見られるとは…ひょっとしたらいい事がある年になるかもしれません。

 今年もよろしくお願いします。

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▼2020年01月01日

あけましておめでとうございます

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 今年の鹿島灘では初日の出が拝めませんでしたが、何かいいことあるといいね!と願わずにはいられない2020年元旦でした。
 今年もよろしくお願いします。

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▼2019年09月15日

台風15号の被害

https://live.staticflickr.com/65535/48704426006_9a29bf2222_m.jpg 都心ではなんだか知らない間に来て知らない間に通り過ぎた印象もある先週の台風15号ですが、朝のニュースを見て千葉県や茨城県地方の被害の大きさにたまげて、急遽仕事を休んで鹿嶋の別荘へ向かいました。

 クルマで別荘へ近づくにつれ、道路上でトラックが横転していたり、常陸利根川や北浦に架かる橋が複数で通行止めになっていたり、そもそも潮来市内からは信号が点灯していないなんて状況で、ひょっとして屋根くらいは吹っ飛んでるのでは?なんておそるおそる別荘に到着したのですが、とりあえず外見の被害は見当たらない。で、鍵を開けて中に入るとなんだかモワっとした湿気を感じたので出窓のカーテンを開けようとしたら、ぐっしょりと濡れていました。
 どうやら西側の窓に雨水が当たり、サッシから漏れ出した感じです。出窓部分とその下がぐっしょりと濡れていましたので、窓を開けて部屋を乾燥させて拭き掃除。その後色々調べましたが、別荘内には他の被害はなさそう。ただ、この水を無視して放置していたらきっと腐ったと思いますので、翌日被害確認にきて良かったなと思いました。

 とりあえず、出窓と床は拭いて窓を開けて乾燥させて原状復帰OK。屋内家具の被害は出窓に置いてあったグリーンファンミニで、台座部分がもう水没同様な状態で(本体傾けるとダバダバ水が漏れてくる)当然不動状態でしたが、こちらは家に帰ってからバラして清掃して復活させました。

 他は、棚に置いてあったアンプに少しだけ水が当たったようで、天板に少しだけ跡がありました。ただ内部も濡れていませんでしたので多分大丈夫でしょう。なにせ鹿嶋市は停電だったので動作確認もできません。保温のため冷蔵庫は開けなかったのですが庫内にある冷凍食品はおそらく全滅だな…。そうそう…これは場所にもよると思うのですが、別荘では水道も止まっていました。

 自分の場合は所詮別荘の話なので、まぁ…電気水道が復帰した頃にまた来ようってだけなのですが、この状態では生活してる人は大変だろうなーと思いました。台風翌日はすっかり晴れて屋内の水分を乾かすには良い季候だったのですが、何せ暑かったので、電気もなくて水道も出ない状態は結構危険かも。

 結局鹿嶋市の停電が解消されたのは、確か木曜日だったと思います。
 千葉県内では、このエントリ書いてる今でも停電中の場所が多いみたいですが、くれぐれも体調管理にはご注意下さい。

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▼2019年01月01日

あけましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。

 平成最後のお正月ですね。

 今年もよろしくお願いします。

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▼2018年11月30日

フライトの楽しみは?

 RSSに入ってる森博嗣のエッセイが、ちょっと目につくタイトルだったので読んでみます。

 フライトの楽しみは?:店主の雑駁

 日本の鉄道の車内は暑いとか、その辺も同意なのですが、面白かったのは主翼を見るという部分。自分は飛行機に乗る機会が少ないのですが、確かになるべく窓際を選びますし、それが主翼の近くだったりすると嬉しくなる方(一般的に主翼付近は下の風景が見えないのであまり喜ばれません)

 子供の頃に読んだ、小学館の「飛行機なんでも入門」という本に「主翼の近くに座ったときはフラップなど主翼の動きを観察しましょう」なんて書いてあり、その通りに子供の頃飛行機に乗るときは、夢中になって主翼の動きを観察したものです。そのおかげで、大人になっても主翼の動きを見るのは実に楽しい。

 しかし、改めて思うと、飛行機というか、空気ってすごいなと思います。

 私たちが普段体験する空気の動きというのは、実に不安定で、風の強い日など髪の毛を乱したり持ち歩いている傘を裏返したりと、割と気まぐれというか、とらえどころのない印象です。

 人類が飛行機を発明できたのは、機械的な技術の進歩というより、色々な人が経験してきた「空気」という存在が、集合知によってわかり始めてきたというのが正しい。
 初めて飛んだ、ライト兄弟が作成したライトフライヤーは、エンジンを含め革新的な技術があった訳ではありません。ただ、彼らは様々な実験や情報から空気という存在を理解し、ある程度の軽さと馬力を持ったエンジンをグライダーに装着すれば空に飛び上がれると確信して自分たちでエンジンを作りました。
 おそらくこのプロジェクトに国家などが絡んでいたら、もっと高性能なエンジンと機体がいきなりできたのかもしれませんが、そういった機械的な技術は、人類が初めて飛ばす航空機にはさほど必要ありませんでした。本当に必要な技術、知見とは、空気に対する理解だったんですね。

 なので、私がたまに飛行機に乗ったりすると、翼のあたりの動きをまじまじと観察してしまうのです。そして、フラップやエルロン、そしてラダーやボルテックスジェネレータ(は動きませんが)など、機体の大きさに比べると、さほど大きくもない様々な空力付加物が、きちんと計算通り、機体をコントロールする役割を担っているのがすごいなと、何度見ても興奮します。

 日常で暮らしているだけでは意識できない、でも世界には人の感覚を超えた物理法則があり、それを応用して実用化している。飛行機の美しさってのは、そういう技術を内包した部分にもあるんでしょうね。

▼2018年08月28日

モノを捨てない

 よく「手に入れた本は捨てる(手放す)か、とっておくか」みたいな話がありますが、私は断然「とっておく」タイプです。

 本当に場所さえ許すなら、今まで手に入れた本は1冊たりとも手放したくないのですが、そういう訳にもいかないので、数年に1度程度の割合で本を処分しています。以前は本当に捨てるだけでしたが、ここ10年くらいはブックオフの買い取りサービスに頼んでいます。その方が金になる…というより楽なので。

 前回処分したときは、クロネコヤマトの段ボール、サイズは12くらいだと思うのですが、その箱でおよそ40箱程度。その数年前の処分では60箱程度出しています。もちろんそれだけの量を1回で引き取ってくれませんので、数回に分けて買い取りに出しました。そういう時は玄関のホールに人が通れないくらいに箱が積み上がるのですが、そんなとき玄関は広く作っておいて良かったなとしみじみ思います。

 ブックオフの買い取りサービスも、昔は「マンガはお金になるけど、活字本(という言い方が変なのは承知で)は全然お金にならない」なんて言われていましたが、お金はどうでもいいにせよ、数回売りに出してわかったことは、今だとむしろ非マンガ本の方が高く引き取ってくれる感じ。
 それとネットで本を売ると、査定後にそれぞれ1冊ごと、査定額のリストがマイページから参照できるようになりますので、素直に「こういうの高く売れるんだ…」なんて驚いたりします。
 中でもハンナ・アレントの「責任と判断」なんて、買値とそんなに変わらない…というか当時発売されていた文庫版より明らかに高い値段で引き取ってくれましたので、意外とみんな哲学好きなのかな?なんて驚いたものです。まぁ、昨今マンガにあまり値が付かなくなったってのも、古本屋さんを利用する年齢層が上へとシフトしているからなのかな?それとマンガはとにかく世に出た量が多すぎるよね。

 話がそれましたが、今では、本を買うときは基本的に電子書籍、もしくは図書館の利用に制限していますので、今後はまとまった量の本を売りに出すこともないのでは?なんて思いますが、単行本は買わなくても、古い雑誌など古本屋で見つけるとつい買ってしまうので、結構また本も増えてきました。でも、以前みたいに数年で床一杯にはならないようなので、一応本の入手制限と電子化へのシフトは有効働いているのかも。
 もっとも、単行本と違って雑誌は買うしかないのですが、古い雑誌は1度処分すると、再び手にする機会がほぼなくなるので、どうしようかなと思っています。

 本はともかくとして、オーディオ機器はあまり捨てたことがない…。今まで捨ててちょっと後悔(というほど後悔してませんが)している機器は、カセットデッキのTEACのV-970Xはもったいなかったかな?ただあの機種は定期的にドライブのゴムがスリップするので、2年おきくらいにメーカー修理に出すのを繰り返し、それを4〜5回やっていい加減諦めました。そもそもカセットテープを使う機会も減ったし。
 それと、今でも処分して割と後悔しているのは、ジャクリン・フロートのMODEL-1かなぁ。これはウレタンがボロボロになってしまい、張り替えるかと思って放置していたのですが、引っ越しの最中に邪魔だからといわれて処分してしまいました。もう世間で残っている現物なんてほぼないだろうなぁ。

 その他細かいもの、記憶に残らないような機器は適宜処分はしていますが、基本的には昔の機材も捨てずにとっておく方で、私が始めて購入したCDPであるSANSUIのCD α607iなどは、今でも壊れずに(というか簡単な修理をしつつ)使えています。メインの機材で壊れて使えなくなった大物といえば、LINNのAXISというアナログターンテーブルくらいかな?これはサービスの人から「もう少しで必ず壊れる」と予告されていたので(なので中古のAXISはかなりのリスクがあります、メーカーでも修理できませんし)壊れたときは割とショックでもなかった。それ以外は割と壊れずに今でも使えていますね。

 オーディオの話を続けると、そういえば今私がメインシステムにつないでいるアンプは、まだ10代の頃アルバイトして買ったAudiolabの8000Aで、これも自分のお金で初めて買ったまともなアンプ。1回左右バランスが変になって馴染みのショップに持ち込みましたが、持ち込むと何故か直ってしまったそうで(修理代金も払っていない)、その後はトラブルもなく、30年くらい?たった今でも良い音で私を楽しませてくれます。

 そういえば、最近の私は本も古本を漁ることが増えましたし、オーディオ機器も最近の機材にあまり興味がなくなり、ドフや中古ショップばかりを覗いている日々です。

 昔買った古い機材を引っ張り出してきて使ってみたり、奥の院(倉庫部屋)から古い本や、古いゲームを引っ張り出してきて読み返したりする。最近部屋でやってる事ってそんな事ばかりだなぁ。
 こういう最近の行動を改めて考えてみると「歳とったのかも?」と思ったりしますが、近頃はそれよりもむしろ、過去の自分に遊ばせてもらってるといった感じなのかも。モノ以外でも、昔関わった雑誌とかも調べ物するのに何度も読み返したりしているし、こっちは昔の仕事が今自分に役立っているということで、ある意味理想の仕事像?

 ということで、近頃は断捨離がブームみたいですけど、古いモノを捨てずにとっておく生活も悪くはないよというお話でした。

捨てる。 引き算する勇気/やました ひでこ

おもしろい人はおもしろいのか?

 個人的に、世間でいうところの「おもしろい人」ってのが苦手で、いや…苦手というよりも、多くの場合、そういう人を「おもしろい」とは思わないんですよね。

 そもそも、おもしろい人ってのは、どういう人をいうのか?と考えてみると、世間一般でのおもしろい人、人気がある人って、なんというか、その場を盛り上げるのが上手い。なので誰とでも気さくにおしゃべりをする事ができて、誰とでも簡単に打ち解けられる。つまりそういう人の事なのではないかと。

 いや…全然問題ないというか、そういう人って素晴らしいなぁ〜とは思うのですが、残念ながら、私自身に関していえば、そんなに他人とおしゃべりするのが好きな訳でもないし、あまり親しくない人と一緒に盛り上がろうなんて事に興味もない。

 でも、たまにお会いする、そういった「おもしろい人」は、私みたいな人相手でもちゃんと会話を盛り上げようとしてくれて、すごいなーありがたいなーとは思うのですが、なんというか、ちょっと困っちゃうなと…そんな感じ。

 もちろん、私だってそんな偏屈な人間ではない(?)とは思っていますので、人と色々な情報をやり取りしたり、意見交換したりするのは好き。でも、なんというか世間一般でいうところの「世間話」にはほぼ興味がない。
 私が知らない事や、私が思っていることと別な視点、違う意見など、そういう会話なら私はいくらでもできそうなのですが、単に「おもしろい人」といっても、それだけでは別に喋ることないしな…なんて思ったりしてしまうのです。

 あ、そういう人のみんなからおもしろいと思われる才能は素晴らしいと思います。普段人につまらないと思われている私だって見習いたい!というのはウソですが(笑)、でもそういう特技を持っている人は、すごいなぁとしみじみ思うのです。思うのですが、別に私には興味がないな、ってだけで。

 こういう事を書くと、まるで私が偏屈でどうしようもない人間かと思われるかも知れませんが(間違いではないですが)、繰り返しますが、人との会話が嫌いな訳ではありません。ただ、その場をもたせる、あるいはその場を盛り上げるといった目的の会話が苦手なだけです。

 つまり、私の中では、人付き合いの優先度が普通の人よりも低いのかもしれません。なのでそういう私とは違った普通の「おもしろい人」が苦手だし、私がおもしろいと思う人は、きっと世間一般の人達とちょっと認識がずれているのかもしれません。だから友達少ないのかもね(笑)

▼2018年08月22日

すきなのにきらい

 「カメラを止めるな!」って映画があり、その映画についての感想を述べているブログがありました。まぁ…「カメラを止めるな!」って映画については、個人的には全く興味がないので見ないと思いますし、そもそも映画というメディアにさほど興味がないので、そういう意味ではどうでもいいのですが、それでもその感想を読んでいると、なるほどなぁ…と思ったのです。

 映画について、そもそも私は興味がないので、せいぜい年に2〜3回しか見ません。あ…これは映画館に出かけてという話ね。その頻度でしか映画を見ないので、残念ながら「つまらなかった」と思える映画がほぼないのです。もちろん「う〜ん、イマイチだったな」と思う映画はあるにせよ「金出して損した!」まではいかないのです。
 でも、世にいる映画通の人や、Yahoo!とかの映画レビューをみていると「この映画はクソだ」とか「金出して損した」みたいな映画評が並んでいたりします。まぁ…そこまで直接的な悪口ではなくても「前作に比べ監督が〜」とか「俳優の演技が〜」みたいにあまり満足してないのかな?なんて評論は沢山あります。私が見て「おもしろかったなー」なんて作品についても、演出がダメとかカメラワークがとか低評価付けられているレビューを見るとちょっぴり悲しくなります(ウソ)

 では、何故私が見る映画はそんなにハズレがないのか?と改めて考えてみると、それはズバリ「映画に興味がないから」なんだと思うんですよね。映画に興味がないから、年に数回しか見に行かない。年に数回しか映画館に入らないから、もうそれだけで気分が高揚してしまう。年に数回しか見に行かないからアタリ映画しか見ない…ってのはちょっと違う気がしますが(世間的に当たってない映画も見に行くしね)、つまり私のこころが映画というメディアにスレていないから?なのではないかと。

 つまり、世間の映画ファンは、映画が好きになればなるほど、個別作品のアラや足りない部分が見えてきてしまう。まさに「すきなのにきらい」な映画が増えてしまう訳ですね。

映画評論・入門!/モルモット吉田

▼2018年06月17日

善光寺地震における山体崩壊

 1847年(弘化4年)、長野県に後年善光寺地震と呼ばれる大地震が発生しました。
 この地震による被害も大きかったのですが、この揺れで長野平野西部にある虚空蔵山(岩倉山)の南西部が山体崩壊。土砂は山の下を流れる犀川になだれ込み、大規模な堰止め湖が出現します。
 災害を知り江戸から下ってきた藩の役人は、犀川のせき止められた土砂を掘って水を流そうと計画するのですが、当然現場は危険な場所で、人足達は恐れて近づこうとしません。その時藩の役人は「前に進まない人足は切り捨てる!」といって無理矢理工事に当たらせ、現場はまるで戦場さながらの様相だったといいます。

 下流、川中島方面の村は、地震で家屋が崩壊し火災が発生し大被害を受けましたが、かといって当時の村民達は別な場所に移り住む訳にもいかず、余震などが収まってきた後、徐々に村へと帰って災害の後片付けを始めます。
 そんな中、山体崩壊から19日後に犀川の堰止め湖が崩壊、水は下流の村を押し流し、当時の長野平野の犀川沿いは「地震と火事と洪水」という、いわばトリプルコンボの大災害に見舞われたのでした。

 その虚空蔵山の場所がここ。ネットで虚空蔵山と検索すると、同じ名前の山がたくさん出てきますし、更にこの場所から南西3〜4kmの場所にも同じ名前の山があったりしますので、場所を調べるのに苦労したのですが、現在この山は虚空蔵山と呼ばれていないようで、岩倉山、もしくは名もない山丘扱いに留まっているようです。
 その虚空蔵山から南西側の地形を見ると、確かに山肌がえぐられているようにも見え、崩壊部中央にはその時にできた「涌池」と呼ばれる小さな池があります。

 この地震では、虚空蔵山の他にも小規模な山体崩壊は長野県の各所で発生しており、当時この一帯を統括していた松代藩によると、死者は2,000人を超えたとのこと。

 この地震による山体崩壊の原因については、江戸時代も中期の人口増加により、かつては農地として使われていなかった場所にも開拓の手が入り、山の木は切り倒され、かつて湿地帯だった場所は水田として開梱されたことに要因があるといわれ、つまり急な自然開発による人災だともいわれています。
 当時はこういった山の治水、治山というノウハウが広く行政(藩)に共有されていなかったでしょうし、空いた土地は作物の生産地として、どんどん使われていったのは仕方がなかったのかもしれません。

 さて、この地震が起きてしばらくした後、同じく地震で被害を受けた善光寺でしたが、何故か参拝者が前代未聞の勢いで増え、お寺はたいそう儲かったそうです。
 そしてお寺に向かう参拝道には、その「大地震」にまつわる出版物がたくさん売られていたそうで、その中にはそもそも記述が間違っているし、誤字脱字も多く、中には文字をよく知らない人が書いたのではないか?と思われるような粗末な本、パンフレットのようなものが沢山あり、当時大被害を受けた川中島から参拝した人の中には「善光寺の不正ぶりや金さえ取れればなんでもいいという姿勢が天災を招いたのではないか、情けない」などと書き残している人もいました。

 このエピソードには、江戸時代も中期になると、一般町民でも旅行の記念品として書物を買うという風習があったことがわかって面白いのと、いつの時代でもこういった悪徳坊主はのさばってるんだなという点がわかって興味深い。ちょっとニヤリとしちゃいますね。

 で、なんで唐突にこんな話を長々と書いているのかというと、皆さんもう設定忘れているかもしれませんが、私は「崩れ」に萌えるキャラなので…。
 つまり、これはここ数日で私が調べたことをメモ代わりに残しておくエントリなのでした。この場所、現地調査にも出かけてみたいなぁ。

▼2018年06月01日

グーグルニュースでセッション管理ができなくなってイラつく

980ew 近頃グーグルニュースが新しくなったようで、それは別にいいんですが、ニュース提供元やセッション管理がリセットされたようです。なので不快なニュース記事や、興味のないジャンルが再び私のニュースフィードに表示されるようになってしまいました。

 こういうのをユーザーに無断でリセットするのってGoogleらしくないなぁ…と思うんですが、これはニュース提供元の圧力なんですかね。くだらないニュース提供元を発信している側にとっては、フィルターで情報を遮断されると困るんでしょうし、そういうクレームが日本のグーグルに入ったのでしょうか?

 確かに、グーグルニュースはタダで読ませてもらっているので、再設定の手間くらいは仕方がないだろうと、ここの所、復活したアホな提供元のサイトを「非表示にする」という作業をチマチマとやっていたのですが、その中で気が付いたのが「エンタメ」というジャンルが再び表示されているということ。

 つか、エンタメニュースってなんなんでしょうね、ハッキリ言いきりますけど、こんなニュース喜んで読んでる連中ってバカなの?
 趣味として芸能界大好きってのは否定しませんけど、これらは一般ニュースのジャンルにねじ込むような情報なんでしょうか?
 AKBの総選挙なんて誰が勝とうが私の人生には1mmも関係ないですし、嵐がどうなろうと知ったこっちゃありません。これらは興味ないというか、むしろ積極的に目にしたくない情報。街中でポルノ広告見せられるのと同じレベルのニュースです。

 なのでセッション管理で「エンタメ」のジャンルを削除しようとしたら…あれ?セッション管理の設定画面がない???うーむ、困りましたね。これからもこんな芸能人共のどうでもいいニュースを度々目にしてしまうことになるのか。

 ちなみに、グーグル以外のニュースポータル画面は、どこも「エンタメ」押しが凄まじいですね。ヤフージャパンはもちろんですが、BINGもせっかく綺麗なスタート画面の下には、必ずどうでもいい下品な芸能人共の話題が差し込まれていて不快。つか、みんなそんなに芸能界が大好きなんでしょうかね。私の回りが特殊なだけかもしれませんが、そのようなゴシップ情報に興味持ってる人なんていなさそうなんですけど。

 私が思うに、今の芸能人と芸能界ってのは、常に人々の話題に上っていないとなり立たない商売だから、彼等も必死なんでしょう。世の中のメディアがテレビやラジオメインだった頃は、テレビ局やラジオ局に芸能人共をねじ込んでなんとか商売していましたが、残念ながらインターネットの世界ではそういうゴミ情報をねじ込む先がない。なのでこういう情報ポータル画面へ必死こいて割り込もうとするんでしょうね。
 そういえば、以前のグーグルニュースだと、私の場合エンタメジャンルはくだらなくて排除していたのですが、それでもこういう芸能人共のニュースはスポーツのジャンルに度々割り込んでくるんだよね。それもスポーツ選手とは関係ない連中が結婚したとか離婚したとか、まるで寄生虫だなこいつら。

 幸い、インターネットの世界はまだ芸能人共の圧力も及んでいないようですが、既に地上波のテレビなどはこいつらに忖度(既に一般用語)しまくりですよね。ジャニーズに不利な情報流さないとか、バーニングの意向には逆らわないとか。考えてみれば芸能事務所なんて昔はヤクザもんが仕切ってた業界でしたから、そういう他人へ圧力をかける行為は得意なんでしょう。

 つことで、グーグルニュースのセッション管理もそのうち復活するとは思いますけど、それまではこんな不快なジャンルのニュースも度々目にしなきゃならないのか…ってボヤきでした。

 だいぶ芸能界をDisったエントリですが、別に芸能界が大好きでそういう情報はいつでも見ていたい…という趣味の方がいるのは否定しません。自分だって他人にとっては興味ないであろうジャンルの情報を集めていたりしますし。ただ、そういうのを興味ない人間にまで無理矢理見せつけてるのが腹立たしいってことです。お好きな人達だけでやってほしい。
 私にとって一部の歌手を除けば、今の日本の芸能人と芸能界なんて綺麗さっぱり消えさってもなんも影響ないし。

アマゾン検索:芸能人

▼2018年05月28日

モラルの時代

 モラルという言葉の意味ですが、Googleで検索すると「倫理。道徳。習俗。また、生き方に対する真剣な反省。」と出てきます。
 ということで、例えば最近気になるCMとして人材斡旋会社のこのCM。

 キャリトレCM放送が始まりました!:ビズリーチ

 鈍感な人は気が付かないかもしれませんが、例えばアメリカだと履歴書に年齢を記載させることを禁止しています。年齢どころか性別や顔写真も不可です。
 こういった文化はまだ日本では根付いていませんが、おそらく10年位したら徐々に浸透してくるような気がします。一部では「アメリカでは日本と違って解雇が楽だし」なんていう人もいるかもしれませんが、今の日本国内で行われている“肩たたき”みたいな解雇をしたら速攻訴えられます。
 アメリカでは雇用主が従業員を解雇する権利は認められていますが、それには従業員の勤務成績がわかる客観的なパフォーマンス評価などが必要になります。日本みたいに「なんかアイツ気に入らないからクビにしよう」なんてノリで従業員クビにしたら、弁護士事務所からとんでもない額の賠償金を含んだ起訴を起こされるリスクがあります。

 話を戻しますが、上記の人材斡旋会社のCM、日本だと法律には違反していないですが、モラル的にどうかと言われると…おそらく今は過渡期なのかもしれません。個人的にはあと数年後に同じ内容でCMを流したらネットとかで叩かれそうな気がします。最近では日本の企業でもダイバシティーが問われるようになりましたから、年齢で採用の脚切りを行う事は、本当に新卒の採用以外だと許されにくくなってくるのでは?
 というか本来は「新卒採用」なんてのがそもそもナンセンスなのですが、この習慣は日本企業の中だと割としぶとく生き延びそうな気もします。

 もっとも、年齢をネタにするリスクや社会的風潮は、当然このCMを作成する側も熟知しているはずで、それでもこういう線を攻めるCMを敢えて放送する意味は、企業の側に「若い人だけを採用したい」という意思が強いからではないかと。結局の所「モラル的にどうなのかな?」などと眉をひそめるCMの多くは、顧客がそういう「モラル的にどうかな?」という状況を欲しているからでしょう。

 もちろん、上記人材斡旋会社のCMは例に出しただけで、そんなCMは世の中に溢れています。過度に射倖性を煽るCMや、パチンコのCM、美容系や健康系のCM…まぁ、法律違反ではないけど、こんなこと言っていいの?みたいなCMはテレビを見ているとよく見たものでした(過去形なのは最近のことはよく知らないから)

 ということで、やたらと前振りが長くなりましたが、昨今でモラルといえば例の日大のアメフト部。
 ここで自分がネタにする必要なんてないほど、色々なところで話題沸騰!みたいですが、「モラル」という点で考えてみると、関西大学のQBを潰しにいった選手は、実行犯ではありますが、後の謝罪会見などをみると「モラル」的には世間から許されたのかな?という印象。
 逆にいうと、日大の監督を初めとする一癖も二癖もありそうな面々…は、実行犯ではないし、今のところ犯行を指示したという証拠がある訳ではないですが、社会的にもモラルに反した行動をとり続けているため、世間では許されていない感じですね。
 
 別に日大のコーチ陣の肩を持つつもりはないですが、この一件、モラル的な要素を排除した状態で、彼等が確実に犯した罪はなんだろう?という視点から1度考え直してみても良いかもしれません。

 他人にモラルばかりを問うのも結構ですが、モラルの意味「倫理。道徳。習俗。また、生き方に対する真剣な反省。」とは、他人に求めるものではなく、あくまでも自己が目指すべき姿であるべきだと思いますので。

▼2018年05月24日

野良ネコの寝床

https://farm1.staticflickr.com/878/42263287632_055e6afee7_m.jpg 昨日の夜は結構雨が降っていて、傘を差しながら自宅に戻ると、ガレージの中にある私の車の屋根で野良ネコが寝ていました。

 このネコは野良とはいっても、どうやら近くの工場で餌をもらっているようで、食事には苦労していないようですが、寝床については…暖かくなると私のMGFの屋根で寝るようになります。冬の間は何処で寝ているのか?

 確かにオープンカーの幌の上は、ネコにとっては適度に柔らかくて更に涼しいハンモックみたいなものでしょうし、寝心地は良いんだろうなぁ。
 私が家に帰ってきて自転車をガレージにしまっている最中でも、逃げもせず横になったまま。顔を近づけてじっと見ると「ニャ!」と挨拶だけは返してくれますが、悪びれるところがありません。

 たまに頭をなでてあげたりすると気持ちよさそうに目を細めたりするのですが、一応自宅にもネコがいますので、触った後は必ず石鹸で手を洗うようにしています。
 私も動物好きではありますので、おしっこされたりしない限り、寝床として使う分には容認中。

 で、この写真の恐ろしいところは、このネコがクロネコだってことw。お腹の内側に一部白い毛はありますけど、その部分の抜け毛だけでこんな量なのか(笑)

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野良猫の拾い方/東京キャットガーディアン

 

人類はポイントに支配されました

E6150962.JPG 知らない間にポイントに支配されている今日この頃です。

 昨今、買い物をするとよくわからない間にたまってゆくポイント。
 【point】という単語を辞書で調べてみると、尖った道具の先、先端、突き出た先端、目盛りなどの点、評価としての単位…などなど、いろいろな意味がありますが、おかいものでもらえる「ポイント」は、このなかの評価単位という意味になるのかな?

 個人的に「貯めよう!」と思って貯めているポイントは、ヨドバシカメラのゴールドポイントカードだけです。おそらくこのエントリを書いている時点で5,000ポイントくらい貯まっているはずでラッキーと思いがちですが、逆にいうとヨドバシカメラで5万円は買い物しているって結果でもありますので、何とも微妙なところ。

 その他のポイントも、特に望んでいない割には人並みに貯まりますが、貯めてるって意識がありません。クレジットカードに付与されるポイントは、大体半年〜1年単位で現金のキャッシュバックに使ってしまいますし(カード請求金額から相殺されるしくみ)アマゾンでもらえるポイントは、電子書籍を買うと勝手にポイントから使われるので、もらった事も使ったことも意識せず消えていっています。

 他、タワーレコードのポイントや、ディスクユニオン…はポイントではないか、これらレコード店のポイントは、使いもせず適度に貯まって適度に失効(ポイント有効期限が1年らしい)しているようです。たまにメールで「○月○日に○ポイントが失効します」なんてお知らせが来ますが、その段階でCD1枚注文できるくらいポイントがあれば何か買います。そうでなければ無視かな。

 それと、自分でも全くよくわからないところで貯まっているポイントと言えば、有名なCCCTポイントですかね。
 私はお買い物でTポイントカードなんて呈示することは全くないのですが、携帯のソフトバンク経由なのかなんなのか?何故かよくわからないうちに貯まっていて、このエントリ書いている現在では万円いってます。その中には期間限定ポイントなんてのもあるので早目に使ってしまいたいのですが、う〜む、何買おうかな?CDでも注文しようか。

 世の中にはポイント長者なんて言葉もありますけど、そういう意味ではヨドとTポイントだけで既に1.5万円もの財産(?)を持っているのですから、私も長者とは言えないにせよ、ポイント小金持ち…くらいは名乗っても良いのか。
 あ、思い出しましたが、Suicaの引き落としに使っているJR東日本のビューカードも、確かポイントが1万円弱貯まっていたはずなので、そろそろキャッシュバックで使ってしまおうと思っていたのでした。

 ということで、普段ポイントを稼ごうとか全く考えていない私ですが、たまーに貯まったポイントで無駄遣いできたときなどは、妙に嬉しいですね。
 一部には「ポイントをもらう代わりに個人の買い物履歴をガッツリ抜かれているんだぜ」なんて心配をする人もいるようですが、今の世の中はクレカで買い物するだけで履歴なんてガッツリ抜かれていますから、心配しても仕方がない気もします。

 あ、でも私の場合、コンビニなど普段の買い物でTポイントカードを呈示することはないので、CCCに抜かれている私の買い物履歴は、TSUTAYAでのレンタル記録と、ヤフーショッピングでの買い物履歴くらいかな?

 中には(特に女性に多いですが)、大きな財布の中に様々なポイントカードを入れて持ち歩き、支払いの度に逐一ポイントカードを呈示するような人もいますけど、マメだなぁ…と思います。あまり真似したくはありませんが。

OLYMPUS E3 + Zuiko Digital ED 50mm F2.0 Macro



▼2018年05月23日

武蔵小杉の思い出

 恥ずかしながら武蔵小杉…というか隣の新丸子でちょっとの間異性と暮らしていたことがあります。
 東横線に乗って新丸子駅に降りると、なんというかあまり冴えない感じの駅前で、駅のガード下にあるスーパーで食材買い、マンションにある狭いキッチンで、あまり手間もかからず美味しそうでもない料理を作って食べたりしていました。
 新丸子駅のガード下には小さな東急ストアがあったのですが、ちょっと歩けば武蔵小杉の駅があり、駅前にはイトーヨーカドーマルエツがあって、そっちの方が大きなスーパーだったので、初日以降の食料品はそちらまで買いに行きました。駅からの移動も、優等電車が止まる武蔵小杉駅まで歩いていました。

 当時の武蔵小杉駅は一応優等列車が止まる駅ではありましたが、新丸子同様イマイチ冴えない感じの駅で、例えていうなら東武伊勢崎線の草加駅みたいな雰囲気(つってもわからんかw)南部線との乗換駅ではありましたが、まぁ…用がない人は降りないだろうな。
 駅の西側にはスーパーマーケットや団地がありましたが、東側はNECだったかキヤノンだったかの工場があるだけで人は住んでいません。その工場の奥には武蔵野線が走っているのが見えて「東横線と武蔵野線って結構近いところを走っているんだな」なんて思ったものです。

 季節は冬で、滞在中大雪になった日があり、早朝になんとなくひとりでベッドを抜け出し、雪景色を見に多摩川沿いまで散歩に出かけたことがありました。雪が積もった新丸子の街を抜け、多摩川河川敷を散歩した後に丸子橋を渡ってみると、その先には高級住宅街が広がっており「そっか、ここは田園調布か」なんて気が付きました。そして田園調布入り口付近を適当に散歩して、新丸子のマンションに戻りました。
 その時は、なんだか川を挟んだだけなのに、わかりやすく言えばお金持ちの街と庶民の街できっかり別れているなぁ、なんて思いましたし、その割にはこの新丸子〜武蔵小杉の一帯って、電車で都心に出るのも楽そうだし、街中もあまり混雑していないし、実は暮らしやすいゾーンなのかも…などと考えたりしたものでした。

 タワマン住民が過酷な生活に悲鳴…「買わなきゃよかった」と後悔するワケ:日刊SPA

 タワマン買ってる人には全く同情しませんけど、最近よく見るムサコ(ムサコはニワカで昔からの住民は“コスギ”と呼ぶらしい)大混雑のニュースを目にする度に、あの一体ののんびりした雰囲気を思い出し、そしてあの辺りに昔から住んでいた人達にとっては、大規模な再開発もある意味災難であったのかもと思ったりもします。

 その後武蔵小杉駅と新丸子駅で降りたことはありませんが、今、武蔵小杉と新丸子付近に出かけても、あの何となく冴えないけど居心地が良さそうな雰囲気はもうないんだろうなぁ。

▼2018年05月22日

栗城史多さんの死

 なんだかんだで死なないんじゃないかなぁ…とは思っていましたが。

 栗城史多さん、エベレストで死亡。事務所が発表「遺体となり発見されました」:HUFFPOST

 死なないんじゃないかなぁ、と思っていた理由は、頂上に達することはおそらくないからなぁ…という意味です。

 彼についての話は、われらがへなちょこ登山部の中でも昔から話題になっていて「登頂できるレベルに達していない」という事は知識として知っていました。なので時折チャレンジの話が話題になる度に「まだ頑張ってるんだな」ってくらいには思っていました。
 でも「あれ?でもエベレストって最近ではしっかり装備を調えれば比較的誰でも登頂できるのでは?」なんて思う人もいるかもしれません。

 栗城史多という不思議2:森山編集所

 上記は友達が教えてくれた記事です。
 栗城さんが登頂できるレベルに達していない、そしてチャレンジしていることがどれだけ無謀なのかって理由がわかりやすく書いてあります。

 で、栗城さんが亡くなって、スポンサーであった企業から追悼コメントが出ています。

 登山家 栗城史多さんを応援しています:グリコ

 その他、リクルートサイバーエージェントなども彼をスポンサードしていたようです。

 もちろん、これらの企業は善意、あるいはCSR活動などの一環で栗城さんを支援していたんでしょうし、そこは批判されるべきなのかわかりませんけど、いわゆる一流の登山家の人の「アレは無理」といっている声をもう少し真摯に受け止めていたら、こういった無謀な登山への支援活動も事前に打ち切られていたかもしれませんし、栗城さんも命を落とさずに済んだのかもしれません。

 チャレンジしたことに意義はあったのかもしれませんが、それは死なないことが大前提です。死んでしまった以上、このプロジェクトは美化されるべきではなく、今後このように無謀なチャレンジを防止する意味においても、または企業が支援活動として冒険に資金を出す意味においても、しっかりと議論されるべきかと私は思いました。

▼2018年05月21日

命の価値

 この歳になってちょっと昔のティーン向けSF小説やアニメなどを見ると、命の価値って昔と今では違うんだなぁ〜と思う時があります。

 例えば、割と有名な日本人の巨匠(といわれる?)作家のSF作品の中でも、シリーズが進むにつれて大量に人が死ぬ描写が増えてきたりするのですが、改めて思うとそれらを悲劇としてじゃなくてギャグみたいなノリで書いてるんですよね。主人公の美少女2人がちょっとしたミスで惑星を吹っ飛ばすなんてエピソードもあったりして、現在のノリだとちょっと引く(私は昔でもちょっと引いていた)んじゃないかと思うんですけど、少なくとも世間ではそういうのもギャグの1つとして認識されていました。

 人間ではありませんが、昔の円谷作品である「恐竜探検隊ボーンフリー」というテレビ番組も、シリーズ一作目は「恐竜を保護する」といったドラマなのですが、シリーズが進むにつれてなんとなく恐竜が死ぬエピソードが増えてきた感じで、その続編となる「恐竜大戦争アイゼンボーグ」では既にサブタイトルに「戦争」って文字が入っている事から察するように、恐竜軍団との殺し合いになっていました。そういえば「エイリアン」という映画もシリーズ二作目には「今度は戦争だ!」なんてキャッチがついてたっけ?

 というように、1980年代頃の時代とは、何故かこういったメディア作品で「命」の価値がかなり低下していた時代だった気がします。大ヒットしていた映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」だって、メインクルーみんな特攻で死んじゃいますし(続編では何事もなかったかのごとく生きていますが)、その数年後に放送されたアニメ「伝説巨神イデオン」では、知的生命体全て死亡…もっともヤマトとイデオンは命の代償についてかなりねちっこく描写されていましたから、命が軽いって訳でもないかな?

 命は尊い!人の命は地球1つよりも重い!なんて考え方って、実はそんなに昔からあった訳ではなく、古い文学を読んでいると、割と人の命というか、死については淡々と書いている描写も多いです。考えてみれば人の死を見るのが珍しくなかった時代ですからね。それこそ戦争にでもなれば大量に人の死体を目撃することになりますし、人の死についても当然ながら現代よりも冷静な事象として受け止めていたでしょう。
 逆にいえば、一生の間にほとんど人の死…それも病室などではなく屋外でののたれ死になどを目にする機会がない今の先進諸国の人達にとっては、人の命の重さというか、人の命の価値というモノがよくわからないってのが本当のところではないかと。

 以前もどこかで書いた記憶がありますけど、例えば江戸時代、勝海舟の父親である勝小吉が書いた本には、記憶で書き起こしますけど、笑い話としてこんな一文があります。

 「生まれた子供が死にそう?どうせ死ぬなら速く死んだ方がトクだ」

 これは今の価値観でいうと非人道的というかかなりひどい考え方ではあると思うのですが、冷静になって考えてみると、あの頃の時代の人の命とはまさに労働力そのもので、生きて労働に従事して富を生み出すことが命の価値でした。そのため子供にある程度の育成コストをかけてから死なれるよりも、生まれてからまだほとんど育成コストを投じていない時期にサッサと死んでくれれば、当然無駄な育成コストをかける必要もなく、夫婦は次の子作りに移れるって話でもあり、ここには「人の命」を冷静に実用品として捉えていた時代背景が想像できる訳です。

 こういう細かいエピソードの他、国家による徴兵制度なんてのも、命を実用品として捉えている故の話でしょう。よく戦後に書かれた小説では、息子宛に政府から赤紙が届いて、母親はなくなく息子を戦地に送るなんて悲劇のエピソードがありますが、これは戦後社会向けに作られたエピソードである事が多く、当時の価値観ではもちろん悲劇ではあったでしょうがある意味みんなそうしていたわけです。
 息子が自分の意思で戦地に赴くのならいざ知らず、他人に強要されて戦争に行くとか、今のように人の命が無限大に近いインフラ的価値を持つ世の中だと到底容認されない判断でしょうが、これは人の命に対する価値観が今と違うとしか言いようがありません。

 そういえば、昔の陸戦でよくあった、戦場でも兵隊を機関銃の前に突撃させるなんてやり方、兵士の命を大事にするとかしないとかそういう意味でもなく、今ではそんなアホな作戦たてませんよね。これも「人の命なんてほっとけば生えてくる」みたいな価値観が根底にあったから、単一の陣地攻略戦で数百人死んでもあまり気にしなかったのでしょう。
 もちろん今では兵隊の命は貴重なモノですし、それよりも工業化によって、人の命を差し出すくらいなら、改良された兵器を投入する方がずっとコスト安なので、人道的な見地とは別な視点でも、そういう無駄に人の命を捨てるようなやり方はしません。これも冷静に書くと、現代は命の価値が大多数の工業製品を上回っている社会構造故の話かと。

 いろいろな時代の小説、あるいはノンフィクションなどを読むとき、大体私は結構その時代の人の命の価値について考えます。そうでないと価値が読み解けない文章も意外と多いですし、また逆に、今の時代って少なくとも命を失いたくない人にとっては、割と最高な時代なのかもとしみじみ思ったりもします。

バポナの季節

 週が明けて少し涼しくなってきましたが先週は暑かったですね。今週も後半から暑くなるらしいのですが、熱くなり始めると悩まされるのが虫。

 私の家の立地はかつて湿地帯だった場所を埋め立てた住宅地なので、暖かくなるとすぐに蚊が発生します。特に自宅のガレージは伝統的に蚊が多く、クルマに乗ろうとガレージに入って車のドアを開けてエンジンをかけるまでの短時間で蚊に刺されたりもします。奥には通勤用の自転車も置いてあるのですが、毎日ではないにせよ、ほんの1分未満の滞在でも蚊が緊急出動してきて刺されたりすることがあります。

 玄関の軒先にできた蜂の巣などは割と放置な私ですが、蚊は不快。なのでいろいろと殺虫剤を試してはいたのですが、やはりガレージという半屋外みたいな場所なので、市販の殺虫剤ではほぼ効果がありません。

 そんな中、別荘のある千葉県鹿嶋市のホームセンターで見つけた殺虫剤、正確には殺虫プレートですが、アース製薬のバポナ・殺虫プレート。数年前までは薬剤師の許可と身分証明書の呈示がないと買えなかったみたいですが、ここ数年規制が緩和されたようで、身分証明書の呈示は必要なくなりました。今でも一応薬剤師からではないと買えないようですが、鹿嶋市のホームセンターでは、カゴに山積みで売られている製品を普通に買うことができました(ただし売り場近くにいた薬剤師さんから「注意してね」と声はかけられましたが)
 当初は別荘内で使おうと思っていたのですが、パッケージにある解説文を見ると、さすがに一般家屋屋内はマズそうだと思い、持って帰って自宅のガレージで使用する事に。

 これがまた効果てきめんで、今まではほんの1分で数カ所指されていた蚊が、夜間にガレージで長時間作業をしていても、まったく蚊にさされないという事態に!スゲーなと思いつつも、やはり屋内で使わなくて良かったかなと思いました。
 ちなみにこのプレートの成分は、虫が忌諱するという生やさしい成分ではなくハッキリ生体を殺す効果があるようです。なので中にある薬剤が塗布されている黄色いプレートには絶対に手を触れるなと書いてありますし、密室で使用した場合は鳥や子猫などは死ぬ場合もあるみたい。もちろん人間に対しても危険です。

 ガレージで使ってとても良い効果が得られたので、翌年も購入しようと思って探してみると、都市部のホームセンターではどうも売っていないようで、ネットで販売店を検索して近所の大手ドラッグストアまで買いに行きました。そこのお店でも店頭には陳列しておらず、薬剤師の人に商品名を伝えると棚の奥から出してくるという感じです。やはり都市部ではここまで強力な殺虫剤は必要ないのかな?人家が密集しているような場所ですと、自分の家だけではなく、周辺への影響も考える必要があります。

 効果はおよそ2ヶ月程度。ただし私の家で使う分には、シーズンはじめに設置するだけで通年効果がありました。以前は晩秋でも蚊が発生していましたけど、このバポナのお陰で蚊の発生自体が抑えられているのかな?

 使いどころには注意ですけど、ガレージのように普段人がいない場所、密閉されてない箇所で虫に悩まされている人には、お勧めの殺虫剤です。尚、屋内での使用はお勧めしません。特に食器がある部屋では食器の洗浄が必要になるようです。

▼2018年05月20日

腰がいたい

 この週末はいろいろと歩く機会が多くて、ちょっと腰が痛い今日この頃ですが、実のところ今までの私は、肩こりや腰痛に悩んだことがありません。
 こういう話をするとたいていの人が驚くのですが、逆にいうと、肩こりや腰痛ってそんなにメジャーな病気(病気ではないけど)だったんだなとこっちが驚きます。

 もちろん、今も腰が少し痛いですし、山などに行って重い荷物を背負った後は肩だって人並みに痛くなります。ただ、世間一般でいう肩こりや腰痛って、そういう因果関係がハッキリしている痛みは含めないみたいです。
 なので、私も当然それらの部位を酷使すれば肩だって腰だって痛くなりますが、そういうのは理由がハッキリしているので、数日で直ります。今回の腰が痛い症状も、2〜3日すれば治るでしょう。

 別に私は健康に気を使って生きているわけではありません。食べものだってどちらかというと不健康ですし、体重管理も全くしていないので、今までの人生は痩せたり太ったりしています。今はおふとりさまモード(笑)なので、昔買った服を着るために少し痩せようかなんて思っていますが、痩せようと思って痩せた経験もありません。特に何も管理せず、痩せたり太ったりします。

 もちろん筋トレみたいな事もしません。運動は…自転車に乗ることが好きですが、いわゆる通勤時のママチャリ以外では、乗らない時は数ヶ月乗らない時もありますし、ふと毎週のように100km以上走ったりしたり、こちらも適当。

 適当と言えば睡眠時間もかなり適当で、最近では逆にしばらく飲酒を控えたせいか、毎晩の睡眠時間が3〜4時間って日が続きました。飲酒したりするとたっぷり8時間は寝たりしますので、どっちが健康なのかわかりません。

 そういえば、目についてもおそらく同年代の人よりは苦労してないようで、さすがに最近は老眼気味かなぁ?なんて細かい作業するときに実感したりしますが、それでもアナログカートリッジの針先を肉眼で磨いたりするので、世間でいうところの老眼にはまだまだ遠い感じ。

 なんか自分の肉体の健康自慢みたいになってきましたけど、改めて思うと、世間一般の人達が感じる肉体の衰えよりも、今のところ自分はそのペースが少し遅いみたい。こういうことって今だと「老人力」が足りないなんて言うのかな?ま、そんな感じです。

 そんな中で若い頃に比べて劣化したなと実感できるのが、走る事が苦手になりました。もちろん今までの人生で走る事が得意だったことはないのですが、そういう意味ではなく、10代の頃に走っていたのと同じフォームが多分今ではできません。少しおっとりした感じの走り方になっているような気がします。

 それと視力の一部…計測する視力そのものもここ数年下がってきてはいますが、そういう意味の視力ではなく、目のダイナミックレンジがかなり狭くなった気がします。昔は暗闇の中でも見えたモノが、ここの所は黒一色に塗りつぶされている雰囲気。これは主に夜間に自動車を運転したりすると実感しますね。ヘッドライトで照らされていない部分の認識力が若い頃に比べると全然落ちました。また、暗順応にかかる時間も長くなりました。

 ここまで書いてふと思い出しましたけど、自分は若い頃(20代前半)に、MTBでのダウヒルで鎖骨粉砕で全治3ヶ月なんていう大怪我をしていますけどそれでも肩こりないですね。
 今でも鎖骨ではなく肩の骨に金属のプレートが入っているはずですが、あまり違和感もないのでそのままです(いちおう弱い異物感はある)。撤去するには全身麻酔の手術が必要になるなんていわれてますし、気にならなければ一生そのままで良いともいわれています。ひょっとしてこれが肩こり防止によい影響があったりするのかな?

老人力/赤瀬川原平

たまには時事問題でも

 昨日街を歩いていたら、共産党系の人が駅前で署名活動を行っていました。その横の演説を聴いてみると「北朝鮮との話し合いは、韓国とアメリカだけで行われ、アメリカでは拉致被害者が帰ってきた!安倍政権は拉致被害者を取り返せないどころか話し合いすら無視されている!まさに安倍無能政治が〜」みたいな事を言っていて、理論の飛躍ぶりがすごいなと思いました。というか理論になってない?
 そういえば、その署名活動も面白くて、署名のお願いで手を出すのは必ず老人相手、それもハキハキ歩いていない系のご老人ばかりで、若い人や中年、同じ老人でも背骨を立てて普通に歩いているような老人には全く署名をお願いしない。多分そういう人からは無視されるだけってのがわかってるんでしょうね。

 先日発表されていた政党支持率調査で、野党はもはや多くても数パーセント、中にはゼロカンマみたいな政党だらけになってしまい、これで少しは野党もおとなしくなるかとおもいきや、それは間違いで、組織というのは支持率が減れば減るほど先鋭化します。

 例えば現在野党第一党の立憲民主党ですが、ちょうど5%の支持率です。これはおおよそ20人に1人が立憲民主党を支持しているという割合。イメージでいうと、たとえば学校のクラス…私の時代はおおよそ40人ひとクラスでしたが、そのなかで2人だけの仲の良いグループがあるという意味です。それだけならそれでいいのですが、その2人はいつもずっと2人でいて、さらに2人だけクラスに溶け込もうとせず独自の世界を作っている…そういう人達っていましたよね。
 これが2人でなにやら楽しそうな事をしているなら、自然と仲間は増えていきます。2人が3人…いずれかは10人以上になるかもしれません。でもずっと2人だけ…何故かというと2人だけでしか理解できない事をしているからです。イメージとしては既にこの国の最大野党とは、普通の人から見ると、もはやそういう人達なのかと。

 もちろん、これがクラスの少数派グループでしたら、別に彼等の活動にはなにも生産性を求められないのでずっと2人だけで全然構わない訳です。ただ政治家は違います。彼等は自分達が考えている政治、政策を広く国民に理解してもらう事が仕事な訳で、いつまでも2人きりのままではいけないわけです。でも、ずっと2人でやってきたことだから、普通の大多数の人達が考えていることがわからない、理解できない。なので、どんどん自分達の世界に没頭してゆくしかありません。その結果、ますます一般の人からすると理解できない世界へ潜っていく…。
 繰り返しますが、これがクラスのグループならなんの問題もありません。問題があるのは彼等が「政治」という仕事をしているから。一部少数派の人達だけが納得する価値観を追い求めても仕方ない訳ですし、そういう価値観が必要だとするなら、大勢の人にそれを理解してもらうのが彼等の仕事。別に少数派の意見がダメと言っている訳ではない、ただ、少数派の意見を大多数のひとに伝える努力をしないのであれば、政治家としてやっていく意味はありません。
 今の野党ってこんな感じですね。カルト同然で彼等が何を考えて何を目指しているのか、普通に生きている人には理解できなくなりました。かといって政治家の仕事を辞めたくはないので、そういう普通じゃない人達を相手にして、そういう人達を喜ばせないと、例え最下位だろうと選挙に受かりません。つまり、完全に政党として議席を失うまでは、支持率が下がれば下がるほど、普通の人には理解しがたい事を言い続けるようになるのです。私は残念ながら凡人なので、国会を平然とサボリながらも与党議員への任命責任だの疑惑だのを追求し続ける精神がわからないのですが、これは当然です。逆にその精神が理解できるような人じゃないと、現在の野党の支持者にはなれないのですから。

 そういえば愛媛県の方でアイドルが自殺したそうです。自殺の理由については色々ありそうなのでよくわかりませんが、そもそも18歳以下で就学中の未成年をアイドルとして働かせる側に問題はないのか?
 大学時代ならいざ知らず、私が高校生だった頃はアルバイトにも規制が入っていて、家庭の事情(ハッキリいえば貧乏な場合)か、夏休みなどの長期休暇中に限り、学校へ出勤日や時間などを申請を出してようやくアルバイトが認められました。もっとも普段から勝手にアルバイトしてる生徒もいて、たまにバレて停学食らってる人もいましたが、まぁ…原則として学校側は生徒が外で働くことを管理していた訳です。今の時代がどうなっているのか知りませんけど、当時で就学中に普段からアイドルなんてやってたら、まず確実に退学くらいにはなっていたと思います。

 この自殺のきっかけとなった事務所とのやり取りが公開されていますが、こちらが良いか悪いかの判断は別にして(もちろん悪い以外にないわけですが)、社会に出て賃金をもらうというのはある程度の責任も背負うわけで、その楽しさも恐ろしさも理解できない年齢の子供には、アルバイトなどの時間給仕事ならともかく、こういった契約事前提の仕事は原則させるべきではないというのが私の考え方。もしやらせるなら、出勤日や出勤時間、賃金計算などを100%保護者が管理し、更に学校などの行政機関に届けるくらいの決まりがあった方がいい。仕事中は保護者の立ち会いを義務付けるとかね。
 それでも(それでないからか)今の世の中には、平成の時代になっても未成年のアイドルが山ほどいます。何故なら未成年は金になるから…言い方を変えればロリコンやショタコン、人が成熟する前の二次成長直後の姿に価値を見いだす人が大勢いるからです。その一方で未成年のポルノやエロメディアへでの仕事は絶対に許せないなんて正論吐いている人もいるわけですが、彼等は中学生や高校生の少女がステージの上でミニスカートひらひらさせて踊ってる姿に対しては何も感じないのでしょうか?
 これは、この国の遊郭の伝統ってのもあるかもしれません。まだ一般常識を知らない年齢の子供を契約で縛り付けて商売の道具にする、この国の芸能界ってのは昔の遊郭時代からやっていることは変わらないのかな?

 年端もいかないアイドルにうつつを抜かすくらいなら、年端がいった(?)アニメ声優にうつつを抜かすことの方が絶対に健全なはずなのですが、何故かこの国ではAKBファンは健全、声豚(声優ファン)はネクラで不健全みたいな印象があるようです。
 私から言わせると、そんなに未成年の少年少女が好きなら二次元で我慢してろ!と思うのですが、これも不思議ですがこういった二次元のエロ・セクシー漫画は自治体によっては規制の対象になっています。いい歳した大人が未成年のアイドルのファンでいることは微笑ましく、いい歳した大人がごちうさとかのファンであることはキモい。この風潮も変ですよね。

 まぁ、未成年アイドル市場というのは、芸能事務所やそれらと共生しているマスメディア、テレビ局にとっても立派な収益源ですから、末端で実在の未成年が自殺しようと規制の対象とする事はあり得ないんでしょう。実在する人間の二次成長期直後の身体が好きな人達って、この国には男女問わず沢山いるみたいですから、商売としても止められません。
 どうしても実在の未成年アイドルがほしいのなら、行政の許可制にして担当弁護士や専門の第三者機関への登録を義務付けるなど、彼等を守るための施策はいくらでもやれそうな気がしますが、それらの業界にはそんな自浄作用もないんでしょうね。

▼2018年05月17日

個人サイトで文章を読むこと

 私は日本でインターネットの商用サービスが始まった直後(本当言えば商業化前にも少々)からインターネットに触れていますが、当時はあれほど様々な情報が溢れていると思っていたインターネットが、近頃どうも知りたいことにたどり着きにくくなった印象。

 おまえの検索スキルが未熟だからだ…と言われればそうなのかもしれませんが、例えばこのブログでよくネタにしているような古いオーディオ機器の情報なども、昔はいろいろな人が色々な場所でホームページを掲載していて話題にしていた気がするのですが、最近ではそういった個人サイト自体が激減していますし、業者がSEOなんてアホなテクニックを使うようになってから、特に日本語での情報の場合、古いオーディオ機器の情報はオークションページのキャッシュばかりがヒットします。

 それと、これはオーディオとは関係ないのですが、近年はページ辺りの情報が激減していますよね。
 例えば私のこのブログは、昔はさほどでもなかった気がしていますが、今ではページ辺りの文字量がかなり多い方なのではないかと思いますし、Googleの管理ツールだと「モバイル向けに最適化されていません」などと警告が出たりします。つまり文字が小さすぎるらしいです。本当はモバイルなんて言っていますが、もっと老眼の人に配慮せよ…なんて意味なのかも?近頃はインターネット利用者も平均年齢上がってるし。

 そういえば、一時期若い女性達の間でもブログ書くのが流行っていたときもありましたね。今ふり返るとスゲー時代だったなと思いますが、あの時代のやたらと改行が多くて読みにくい文章も、今となっては懐かしい。そういう人達は今どこにいるのか?というと、みんな閉じられたSNS内に活動場所を移したなんて話もありますが、いくつかそういったSNSに参加している自分の見解だと、そもそも情報発信に興味を失ったってことのような気がします。逆にTwitterやインスタグラムなどを使って、情報の発信というより垂れ流しを行う人は増えた気がしますが(自分も好きですけどw)

 一時期は世界中の原語で最もブログで公開されている文字数が多いと言われていた日本語ブログも、今となってはすっかり閑古鳥(?)、自分の仲間内を見回すだけでも、ブログという形式で外部に情報を発信している人はほぼ皆無になってしまいました。まーブームってのはそんなモノなので仕方ないのですが、ちょっと淋しい気もします。

 これは英語圏でも程度の差はあれども同じような傾向のようで、昔は「なんじゃこりゃ!」と思いながらも、読み慣れないアルファベットを必死で追っていたようなページも結構ありましたが、今ではそういうサイトもあまりないですね。
 ただ、情報入手という視点だけでいうと、フォーラム形式のサイトは海外の場合オープンで公開されている場所も多く、そういった所で古い機械や怪しげな情報を得る機会は案外多いです。逆に日本語の掲示板形式のページは、ほとんどが非公開なのか、検索などで引っかかってくることがほとんどありません。みんなどこに行っちゃったのか?

 私は文章を読むことが苦にならないタイプの人間なので、むしろ検索で引っかかったページが細かい文字で埋め尽くされていると嬉しいと感じる方なのですが、ページを制作する側のトレンドはというと、近年のWebサイトは、写真やイラストを大きくして、文字は必要最低限…むしろなくてもいい、なんて方向に行っているようで、世の中の大多数のwebサイトがそっちの方向になってしまったら、自分はインターネット止めるかもな…なんて思ったりもしています。

 そういう中でしつこくこの文字が小さくて読みにくいブログを更新し続けるって道もありますが、何度も書いている通り、私がこのブログというかWebサイトを公開している理由は、インターネットで得られた情報に対して少しでも何か恩返しをすべきかと考えているからであって、私がネットを利用しなくなればそういう意味もなくなります。大した金額でもないですけど、こうやってネット上にサーバー借りてるのだってタダではないですしね。

 本来、ネットワークの基本理念とは情報の共有だったような気もするのですが、今ではそういうのを基本と考えている私のような人間が、今ではネット上でも老害扱いされる時代なのかもしれません。
 これも時代の流れなので仕方ないですけど、インターネットを使って、自分が全く知り得なかった情報にたくさん触れられたあの時代は、ちょっと懐かしくもありましたというおはなし。

▼2018年03月08日

閉店が迫った松戸伊勢丹へ

P3081246 今日会社を休んだ訳は、閉店が近くなった松戸伊勢丹へ母親を連れて行ったからだったりします。

 松戸伊勢丹といえば、埼玉県の東部に住む田舎住民からするとまさにメトロポリタンな松戸に燦然と輝く一流百貨店で、大げさと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、まともな鉄道すらないこの地域の住民からすると、自転車に乗って30分で到達できる一番身近な都会だった時代もあったのです。

 もちろん、子供の頃は親に松戸伊勢丹へ何度も連れて行ってもらいましたし、中学生の頃は友達の付き添いでガンプラ買うための行列に並ばされたり、松戸伊勢丹近くの映画館で当時封切りになった伝説巨神イデオンを友達同士で見に行ったり、当時伊勢丹の近くにあった「わらそう」というオモチャ屋にシミュレーションゲームを買いに行ったりと、私の子供の頃にとって松戸といえば都会、松戸といえば伊勢丹という固定観念が今でもあるのです。

 余談ですが数年前には女の子と松戸のまど☆マギカフェにデートで出かけたり、その後は松戸にある女子大にも仕事で潜入したりと、松戸は大人になってからも何かと縁を感じる街だったりします。

 で、その松戸のランドマークである松戸伊勢丹が閉店すると聞いて、母親が閉店前に一度行ってみたいと言っていたので、今日は会社をサボって、閉店セールの中、母親と松戸の伊勢丹へ出かけたのです。というか自分のMGFに親を乗せるっての、もう10年ぶりくらいではあるまいか?

 現地には10:30頃到着を目処に出かけたのですが、なんと平日の朝から駐車場は満車になっていまして、入庫までに15分位待たされました。
 その後はとりあえず最上階のレストランフロアに登って母からトンカツをごちそうになります。母はなんでも月に1度くらいの頻度で松戸伊勢丹上のトンカツ屋さんにきていたようで、店では馴染みの店員さんとお別れの挨拶をしていました。

 その後は上から順に各フロアを回ります。自分はこういう百貨店巡りが全く苦にはならない(というか旅行中では単独で地方百貨店を徘徊する趣味があるくらいだし)ので、ゆっくり売り場を見てていいよと言ったのですが、親としては子連れで落ち着かないのか、いくつか馴染みと思われるお店の店員さんへ挨拶に回っただけで、やや足早に1Fまで降りてしまいました。自分に遠慮してたのかな?と思ったので、もう一度エレベーターで8Fまで戻って、ジュンク堂脇の店内カフェで休憩してから、再度売り場を回ります。

 途中でハンドバックを欲しそうにしていたので買ってあげて、お返しに母親からはジャケットを買ってもらって、最後はB1の食料品売り場で食材を買って、伊勢丹を後にしました。
 駐車料金を精算するときに時間を見たら、なんだかんだで5時間くらいは松戸伊勢丹の中にいたので、それなりにデパートを堪能したといえるかもしれません。

 松戸伊勢丹の閉店は3月21日。もう自分が行くことはないと思いますが、伊勢丹がなくなると松戸という街自体、もう行くこともなくなるだろうなぁ…なんて思いながら帰路につきます。自分にとっては、物心ついた最初のデパート体験が松戸の伊勢丹でした。長い間おつかれさま。

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↑モリナガヨウ先生「東京右往左往」より。
埼玉県人にとっての松戸ってまさにこのイメージでした。


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▼2018年03月01日

日本の宇宙戦艦は何故超弩級が多いのか?

 子供の頃から疑問に思っていたことです。

 昔心をときめかせたSF小説やアニメ、映画に登場する宇宙戦艦(ここでいう「戦艦」とは軍事用語としての戦艦ではないです、念のため)、例えば宇宙戦艦ヤマト機動戦士ガンダム、そして伝説巨神イデオンや、はたまた銀河戦国群雄伝ライwなどなど、国産SFに登場する宇宙戦艦は、全て大型で同口径(と思われる)の砲塔を進行方向軸線上に備えています。
 それに比べ、子供の頃は疑問と感じていなかったのですが、当時テレビ放送されたアメリカSFに登場する宇宙空母ギャラクティカや、スタートレックのエンタープライズ号、そしてお馴染みスターウォーズの敵役であるスターデストロイヤーなどは、強力な武装を持つという設定はありますが、国産SFの宇宙戦艦みたいに、わかりやすい砲塔を備えていません。特にギャラクティカやスターデストロイヤーなど、ゴチャゴチャした船体表面の適当な位置に小型?の砲塔が多数配置されているだけのように見えて、子供心に「こんな貧弱な武装ではガミラス艦にすら勝てないのでは?」なんて思っていたもんです。実際はどっちが強いのかは知りませんが。

 そして、大人になってそれらの宇宙戦艦について考えていたときに、ハタと気が付いたことは「超弩級」というキーワード。ちなみに皆さんご存じだと思いますが、超弩級とは、1906年に浸水した大英帝国HMSドレッドノートを越える戦艦という意味。元は軍事的な用語ではありましたが、当時の海軍関係者があまりにも口にするため、そのまま一般用語になりました。
 そういえば子供の頃国語の先生が「超弩級という言葉はという弓を越える凄さという意味で…」と言っていたので、自分は「え?超弩級の弩はイギリス戦艦ドレッドノートの意味ですよ」と反論したのですが、認めてくれなかった事がありましたね。ま…どうでもいいのですが。

 で、ドレッドノート級が進水+就役した時代というのは、日本でいうと明治の終わりくらい。日露戦争が終わった頃でもあります。日露戦争と言えば二百三高地での激戦も有名ですが、日本国民を熱狂させたのは、東郷元帥によってロシアバルチック艦隊を壊滅させるという大戦果を上げた日本海海戦でしょうか。あの当時は日本の国民でも海軍力やその主役でもある戦艦が脚光を浴びていた時期でもあります。そんな時代にイギリス海軍は、全世界の戦艦を一挙に二世代以上古い艦にしたとも言われる、ドレッドノートという戦艦を誕生させました。

 ドレッドノート級の登場は、世界の海軍関係者に衝撃をもたらしました。ドレッドノート級の何が優れているか?というと、色々ありますが大きなポイントは…

・主機に蒸気タービンを採用し、大型戦艦ながら最大船速20ノット越えを達成した。
・武装は単一口径の主砲塔5基を移動方向軸線上に配置し、片舷射撃において火力の集中が可能になった。

 という点でしょうか。
 わかりやすく言えば、私達日本人が「戦艦」と言われてパッと頭に思い浮かぶあの形を始めて作った戦艦となります。

 ではそれ以前の近代戦艦はどうなのか?というと、主砲はもちろん大型の砲を備えているにせよ、その回りには副砲、小型砲、速射砲などさまざまな種類の砲塔を備えていて、敵との戦闘が始まると、長距離からの打ち合いではなく、素早く敵の懐に潜り込み、多数の砲塔で敵艦を穴だらけにするという戦術が基本でした。
 そのため戦艦には多数のさまざまな砲が搭載されていて、当時も主砲に当たる大型砲は装備されていましたが、まともな射撃管制もなく砲の製造精度も低かったため、実戦ではほとんど当たらず、あらかじめ小型砲で敵の反撃能力を奪った後に、近づいて直接照準でとどめを刺すための兵器として運用されていたようです。
 日露戦争より前の日清戦争で、清国の戦艦定遠鎮遠が当時としては30.5cmなどという大型砲を装備しているのにもかかわらず、実戦では全くといっていい程役に立たなかったようですから、当時の戦艦に装備されている大型砲とは、“飾り”的な要素も多分にあったようですね。それと実情を知らない役人や国民はデカい砲塔備えてるってだけで大喜びしますし、戦艦建造予算も取りやすくなるという事情もあるでしょう。

 ドレッドノート級は当時のその状況を覆し、精密に製造された複数の大型砲塔を前後軸線上に配置し、高度な射撃管制と共に、長距離でもちゃんと命中を得られる大型砲による集中射撃を行い、敵が近づいてくる前に撃沈してしまおうという、いわゆる大艦巨砲主義の走りとなる戦法を前提とした戦艦として誕生します。

 ドレッドノート級の出現以降、世界の戦艦はスタイルが一変します。イギリスはもちろん、アメリカ、フランス、ドイツ…戦艦を運用している国は、全てそのスタイルをドレッドノートに習った形に変化させます。
 ちなみに日本の高速戦艦、金剛比叡榛名霧島の4隻は、ネームシップの金剛がその時期のイギリス製である事から、非常にドレッドノート級に近いスタイルとなりました。特に金剛の改装前初期型は、船体の形などドレッドノートにそっくりだったりします。

 前振りが長くなりましたが、つまり、日本のSFに登場する宇宙戦艦のほとんどは、そのスタイルと発想が明治の終わりに登場したドレッドノートそのものなんですよね。
 では何故なのか?と考えてみると、日本人にとっての戦艦というのは、実質超弩級型の戦艦しか目にできなかったからではないかと思うのです。

 日本以外の例えばアメリカでは「戦艦」といっても、さまざまな時代があります。例えば大航海時代以降の列強戦艦といえば「戦列艦」と呼ばれる形式、帆船時代の船ですね。日本にはこういった帆船の戦艦を運用していた時代がないのであまり知られていませんが、欧米では今でもファンが多いジャンル。甲板を何段も重ねて横向きに大砲を多数搭載、全盛期は120門艦なんて船もありました。
 この時代の海戦とは、まずは風の向きを読んで敵艦隊より風上の位置を抑えてから敵の移動の自由を奪い(風上を自軍の帆船で埋めてしまえば敵は帆に風を受けられなくなる)、単縦陣とよばれる船を一直線に並べた陣形で接敵し、横弦に針のように配置した大砲で沢山の命中弾を与えるという戦法。当時の大砲の弾は炸裂弾ではなかったので、物理的に鉄の弾の運動エネルギーで敵艦の構造物を破壊する必要があり、それこそ雨あられのように命中弾を与えなければ、敵艦を沈黙させることはできませんでした。

 その後、風向きに囚われない蒸気戦艦が登場したりしますが、基本は細かく多数の大砲を横弦に装備して多数の命中弾を与えるというスタイル。炸裂弾も登場し始めますが、初期では製造と管理が難しく、雨あられ…という形で打ちまくる訳にもいきませんでした。

 それに比べて、私達日本人は大航海時代を経験していません。大航海時代どころか江戸時代に至っては、大型の竜骨や複数のマストを持つ船舶の建造が禁止されました。そのため始めて日本人が目にした船艦と言えば、ご存じ黒船、ペリーが乗る最新鋭の蒸気戦艦。その後幕末期に日本は数隻の外洋船を入手しますが、実際に日本人の手で艦を運用した大規模な海戦と言えば、日清戦争が始めてでしょう。
 その頃の戦艦はまだドレッドノートスタイルではありませんが、日露戦争を経て大正時代の好景気時代に就役していた日本の戦艦は、どんどん超弩級になってゆきます。日本人が「戦艦」というスタイルを認識するようになったのは、その時代が初なのではないかと。

 で、アメリカのSFに登場する宇宙戦艦って、基本は帆船時代のイメージなのかなと思います。多くのアメリカ人にとっての戦艦とは、日本人が思う超弩級の戦艦ではなく、そのもっと昔、帆船時代の戦列艦をイメージしているのかも知れません。

 なぜそうなのか?それは元々SFにおける世界観というのが、日本製SFとアメリカ製SFでは大きく違うからではないかとも考えるのですが、その話は長くなるのでまた今度にでも。
 
Dreadnought
 


▼2018年02月16日

オリンピックとナショナリズム

 オリンピックになると、毎回必ず誰かがこういう事言い出すんだけどね(笑)

 五輪、国別でなく「個人参加にすべき」 作家・森博嗣の提言に「正論」の声も:Yahoo!ニュース

 というか、森博嗣がまたブログ復活してたのもちょっとびっくりしたけど。これも炎上狙ったエントリーか(笑)

 そういえばかつてホリエモンも似たようなことを言ってたな。確かに「日本人が活躍したからって無条件に喜ぶのはおかしい」なんて話は理屈としては理解できるけど、そもそもはどっちも「違和感を感じる」というレベルの意見。当然「日本人が活躍したから喜んではいけない」なんて話ではもちろんない訳だけど、確かにみんなで盛り上がってる中でこうやって水を差されたら、実生活では友達減りそう…って気もする(笑)

 もっとも、逆の見方をすればオリンピックは「アマチュアの祭典」であるが故に、それら参加選手のドメインが重視されるのも仕方がないともいえるのかもしれない。
 大多数の分野のアマチュア選手は、プロで活躍するほど知名度がないし、また選手としての技量も(もちろん人によって違うが)、大筋ではプロ>アマチュアの序列になるはず。まー今のオリンピックにおけるアマチュアリズムとは?なんて考えると面倒くさい話になるが、とにかくアマチュアを卒業できて、その先プロとして強くなれば、競技スタイルにもそれぞれ個性が出てくるので、そこに憧れて選手個人のファンになるという人は増えてくる。
 逆にアマチュアではまだ選手としての技量も個性も花開く前なので、それぞれの何を見てファンになればいいか、あるいはプレイスタイルのどこをみて憧れればいいのか…その部分がまだわかりにくい、というか差が小さい。それでもなんとかしてその競技を観戦したい人は、仕方なく感情移入できるわかりやすい共通項を探す、それが国別だったり出身地別だったりするのだろう。
 つまり、自国の選手や出身地が近い競技者を応援するということは、ある意味、対象となる選手の評価がまだ定まっていないからという言い方もできるし、少なくとも見た目や振る舞いで応援したり応援しなかったりというケースよりはずっとフラットで民主的な応援方法ともいえないくもない?

 高校野球も同じようなもんだよね。自分は高校野球とかサッパリ興味がない(というかどちらかというと嫌い)けど、アレで盛り上がっている人のほとんどは、選手個人を見ているのではなく、参加している高校生が所属する学校を見ている訳で、こちらは毎回夏になっても「地元高校の勝利を無条件で喜ぶのは間違っている」なんてウザいこと言う人が少ないのは、オリンピックよりも参加選手がアマチュアっぽいからだろうか?
 そして、高校野球で大活躍した生徒は、ドラフトなんかで指名されたりして、その頃はもうその選手が何処の高校出身なんて気にしてる人はほとんどいなくなる。
 野球でアマチュアからプロへ転職すると、観客の興味は所属高校ではなく選手個人へとシフトする。もっともプロ野球やJリーグについては集団スポーツのため、所属チームという新たなドメインが生まれる訳だが、そこに参加する選手は、出身地も出身国さえもバラバラだけど、そのチームのファンが応援してくれるし、ファンの数は国籍や出身地ではなく、主に個人の成績で増減する。

 オリンピックの応援が国別で盛り上がるのは、むしろ参加選手からすればありがたいことの筈で、逆にそういった背景がなければ一部コアなファン以外は観戦すらしないと思う。少なくとも今現在、フィギュアスケートやスキー競技、カーリングやスノーボード競技がテレビのゴールデンタイムでのメインコンテンツで視聴者を集める競技ではない(最近は羽生人気でゴールデンタイムでのフィギュア中継が度々あるようだが)。オリンピックで行われている競技のほとんどは、みんなオリンピックだから見ている訳で、ほとんどの人は普段からそのスポーツが好きで観戦している訳ではない。
 もちろん普段から大好きで競技の結果や情報を追いかけている人も中にいるだろうが、そういう人は多分応援する選手も、同じ国籍の日本人だから…という安易な理由で応援していないだろう(と思う)が、絶対数はとても少ない。

 オリンピックを観戦している一般客は、むしろオリンピックの競技そのものには大して興味がなくオリンピック自体を国同士の争いとして楽しんでいる。これを歪んだ愛国精神として批判することもできるが、まー国家そのものの意味がわかりにくくなってる今、ドメスティックな感情をこういう場で発散していると考えれば、あながち悪い事でもないのでは?
 そもそも近代オリンピックの始まりが国別対抗戦である訳だし、オリンピックにおいて国別の参加スタイルを否定するなら、各競技のワールドカップとか見ればいい訳だしね。

 普段さほど興味がないから、同じ国や出身地の選手を見つけて応援する。これはある意味その競技を観戦する人の初心者向け応援スタイルな訳で、そういえば、大相撲では力士紹介で必ず出身地のアナウンスが入るっけ?あれはむしろ相撲初心者向けに誰を応援すればいいかのきっかけを与えるサービスともいえるし、私は行ったことないけど、銀座にある白いバラというキャバレーも店の前に「あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」なんて看板があったりするのも初心者向けサービス。どっちもファンになったり何度も通ったりする課程で、出身地よりも選手としての個性や人柄が判断されることになる訳で、そこでそのスポーツ観戦にハマるかもしれないきっかけを否定されてしまうと、多分オリンピックというか、一部のスポーツ以外は観戦する人がいなくなってしまう気がする。

 ということで、まーどうでもいい事を延々と書いてきましたけど(笑)、そもそもオリンピックとは国対抗で応援して盛り上がるというコンテンツな訳で、ここを否定されてしまうと、多分近代オリンピックは日本の国体並みに誰も見ないイベントになっちゃうだろう。
 もっとも、世界がもっともっと融合化して、みんな自分の出身国なんて、今でいう出身県並みに気にしなくなれば、今のスタイルでのオリンピックも消滅してゆくに違いない。実際、先進諸国の国民では、自国にオリンピックを誘致なんて昔ほど盛り上がらなくなってきてるしね。

▼2017年07月10日

BOSCHの IXO 5を買ってみました

P7080230 土曜日の昼下がり、ちょっと前に少し遠くのドフwで調達したサンスイのAU-α607L Extraをバラしていたら、ネジが多くて無性にイラッときて、気がついたら近所の島忠で買ってきてました(笑)

 BOSCHの電動ツールは一応こんなクラスの製品を持ってて、工作というか大工仕事にはたまに使っているのですが、さすがに自室内で使うツールとしては大きすぎてね。これをアンプやPCのネジ回しに使うと、ネジ山ごとぶち切りそうだしw。
 ということで、コンパクトな電動ツールほしいなぁ…と思っていたところ、1ヶ月くらい前に近所の♪島忠〜シャラララ〜(このCM覚えてる人いるかな?)で、BOSCHのIXO 5が売られているのを見つけて、いつか買おうと思っていたのですが、今回無事に衝動買いしたという訳。

 ちなみに売り場にはリョービのBDX-2も売られていて、販売価格は一緒だったのですが、ボッシュの方がグリップを含め全体的にコンパクト(あまり手が大きくない私だとサイズは結構重要なのです)なのと、同じくボッシュはネジの回転切り替えスイッチが前後スライド式なのが気に入って(前が閉める、後が緩めるで迷いがない)こちらにしました。他、リョービはトルクを調整するアダプタみたいなのがないみたいで、それもマイナス?ただ回転ビット取り付け位置がボディ上にオフセットされているので、棚の内側みたいなネジ締め付けるときでもアングルアダプタがいらないのは利点かもしれません。
 私はBOSCH IXO 5を選びましたが、RYOBI BDX-2もこの手のツールとしては悪くなかったです。

 さて、早速家に帰って使ってみます。

 標準で同梱されているビットは10種類。プラスが3種、ポジが2種、マイナス1種にトルクスが2種、ヘクスが2種で、普通の日曜大工なら困らないと思いますが、機械をバラしたりするには追加でビットが必要になるかもしれません。

 それと、機械バラしに絶対必要なのが前章でも触れたトルクアダプタ。これはねじの締め付けトルクを管理するアダプタで、これがないとネジが最大値4.5Nmで閉まってしまうため、モノによってはネジ山をねじ切ってしまう危険性アリ。
 ちなみに 4.5Nmのトルクって…ちょっと例えに困りますが、スポーツ自転車のカーボンハンドルをステムに取り付ける際の指定トルクが大体そのあたりかと。機械のネジを締め付けるにはちょっと強すぎますね。
 なのでトルクアダプタで締め付けトルクを管理するのですが、私が今回アンプの天板を閉めるのに選んだトルクが、最弱から2番目。その辺りだと普通の力でドライバを閉めていて「キュッ」となった辺りで止まる感じ。ただ木工用途ではもう少しトルクを強くした方がいいかもしれません。いずれにせよこれがないと、このIOX 5は実質役に立たないと思いますので、できれば値段上がってもいいから標準装備にしてほしいデス。

 というのも、このトルクアダプタって、 IOX 5標準のカッコイイケースに収納できないんですよね。ケース側を多少加工すれば入りそうですが、その際電源アダプタのスペースを加工して押し込むしかなさそう。それと今回は気にならなかったのですが、トルクアダプタを装着すると、せっかくの手元を照らすライトが使用不可になってしまうのもマイナス。これはもう少しなんとかならんかったのかな?まーライトは初めから付いてること気にしてなかったくらいなので、どうでもいいのですけど。

 本体への充電は専用でマイクロUSB端子が付いたアダプタが同梱されているのですが、汎用のマイクロUSBケーブルから充電できるみたい。自分は iMacのUSB端子から充電しました。この辺、電動ツールというよりガジェットな感じがしてなかなかよいです。試してないですけど、モバイルバッテリからも充電できるんじゃないですかね。

 で、使用感ですが、一度使ってしまうとチマチマとドライバ回してる場合じゃないですね。とにかく楽!というか、ドライバをチマチマと回すのって実は結構メンドクサイ作業だったんだなと改めて思いました。手首の負担も減りますしね。
 それと割と重要かと思ったのが、電動ツールで締め付けたねじは、当たり前ですが基本的に全て同じトルクで締め付けられているという点。これは今回みたいにアンプをバラしたりするときは関係ないと思いますが、組み立て式の家具などを組み立てるときは、製品の耐久性にも係わる割と重要なポイントなのではないかと。

 お値段 5,000円弱で必要無い人には必要ない製品なのですが、組み立て家具とか一度でも作ってみると、想像以上にラクチンで、おそらくモトを取った気分になれると思います。その際はトルクアダプタも一緒に買うのを忘れないように。上の写真はトルクアダプタを装着した状態です。

OLYMPYS E-M1 + Zuiko Digital 14-54mm F2.8-3.5



▼2017年06月04日

AIがあれば人は不要に?

 最近こんな話が一部のメディア、あるいは意識高い系のWebサイト(笑)からよく聞かれるようになりました。なるほど…確かにAIがあれば人の介在が必要ない職業や現場は沢山ありそうです。

 だからといって「ほとんどの人が失業」とか「人は不要に」なんていう人は、社会の本質を理解できてないんじゃないかと。
 そもそも人間社会の歴史ってそこまで合理的なものでもないでしょう。今の人間が作る経済社会なんてのは、こういうと誤解する人も出てくるかもしれませんが、私が思うに半分は遊びみたいなもので、別にそれがなくても社会が回らない訳でもない。例えばこの前のエントリでオーディオについて書いてますけど、別にオーディオや音楽なんてなくても人は死なない筈ですが、そこで仕事をして富を得ている人は大勢います。

 人類の歴史をふり返ると、昔の人にとっての労働とは「食料調達」でした。全ての目的は自分とその家族のお腹を満たすための労働だったはずです。
 それが文明が発展し、農業や畜産業が進化して、全ての人が「食料調達」に携わる必要がなくなりました。だから多くの人は不要+失業したのです…というザツな考え方が今のAIが発展すれば人類は不要に!とかAIがあれば多くの人が失業する!なんて言ってる人達の論法です。つまり未来予測に想像力が欠けているのです。

 もちろん、社会の変革期には何らかの痛みが発生する可能性はありますが、極論として今の仕事全てがAIに置き換わったとして、残された人類は何をするのか?答えは決まっています。今の仕事では全く計れない価値観を持った行為に没頭するのです。

 それは、いまでいう遊びに全力出すってのが一番近いイメージになるかもしれませんが、ひょっとしたら全く違うものになるかもしれません。人としての優秀さを競うために殺し合いが合法になるかもしれませんし(労働力の確保が必要なくなる以上、社会の個としての人の価値は良かれ悪かれ今と違うものに変化するのは間違いありません)、あるいはラジオ体操が上手くできる人こそが社会の頂点を取る!…なんて意味不明な社会になる可能性もあります。
 というか、細かい変化には合理性を見いだせても、今の人類が数百年後の労働がAIに全て置き換わった社会にいきなり対面すれば、意味不明でトンチンカンな社会になっているのは間違いないかと。

 ただ、人は不要にならないでしょう。
 それは以前によくあったSFでコンピュータが人類を滅ぼす!なんて社会にならない限り、人は意味不明な中でそれぞれ時代に合った価値を創り出す、あるいは想像する行為を辞めないと思います。

 ということで、短期的に見れば、あなたの今の仕事がAIに取って代わり失業することもあるかもしれませんが、人が不要とされる社会は、人が社会を作り続ける限りあり得ませんので、ちょっとは安心しても良いのでは?
 同様にAIのお陰で人は9割失業する!なんて暴論も、失業はあり得ても、9割失業した人類社会がそのまま仕事もせずただ貧乏で死ぬだけの社会になるなんてのもあり得ない訳です。

▼2017年06月02日

モンドセレクションと国連勧告報道は似ている

 モンドセレクション10年連続受賞の実績がある市川商事という会社が倒産したそうです。

 モンドセレクション10年連続金賞の会社が倒産。どこにお金を使いすぎたんだろう?:netgeek

 まぁ…モンドセレクションがインチキだとかは言いませんけど、水素水とか受賞しちゃってる例をみると、食品の味の優秀さとかそういうのは全然関係なくて、単にお金払えばもらえる賞…というか、認定書みたいなもんのようです。

 自分が子供の頃は「モンドセレクションって世界のどこかで料理マンガみたいな味の対決勝負が行われてるのか?」なんてワクワクしていたものですが、大人になってモンドセレクションの事実を知ってからは夢壊れたという感じ。

 ただ、その品質については一定の基準があるようで、銅以上の賞を取るにはそれなりに大変だとか。そのせいなのかどうなのか分かりませんが、高品質な日本製品は受賞賞品が多く、一説によると全体の5割以上が日本製品らしいです。つまりこうなると、この賞自体が日本企業によって成り立っているということですかね。ちなみに海外ではこの賞の知名度はゼロに等しく、地元のベルギー人ですらこの賞の存在をほぼ知らないとのことでした。

 という事でもうひとつ。

 慰安婦合意見直しは国連勧告ではない?メディアの「情報操作」と指摘:livedoorNEWS

 近頃盛んにメディアが扇動的に取り上げる「国連の方から来ました」報道。これらは国連とは全く関係ない組織の話で、その中に国連に所属している(あるいは所属していた)スタッフがいるというだけの話。

 もちろん、正式な国際機関ではないので、金を出しているスポンサーの意向通りの調査結果を作り上げますし、そういった発言もします。特定の勢力が金を出して特定の発言させている訳で、海外の事例は知りませんけど、こんな個人の感想みたいな発言をいちいち全国ニュースで、さらに国連という国際機関が係わっているかのごとく捏造して報道するのも、日本だけなんじゃないかなぁ。

 上記2つには共通点があり、

 1:国際権威を盾にする
 2:情報元の正確な素性を敢えて周知しない

 という点で非常に似ています。

 簡単に言えば、日本人の「権威コンプレックス」を利用してるってことなんですが、とは言いつつ、こういう権威が大好きな世代ってのも、ハッキリいって自分の世代より上の話なんだよね。なので正確には「日本の老人世代が権威大好きなのを利用した」やり口な訳です。

 モンドセレクションの秘密がネットにより暴かれてしまったのと同様、「国連の方から来ました」発言も、今ではネットによって情報源をすぐに調べることができます。

 昔はそういうこと調べようと思ったら、図書館行ったり、英文の報告書を配信元から取り寄せたりで、とても個人がちょっと疑問に思ったくらいで調査できる範囲ではありませんでしたが、インターネット時代になって、こういう情報源はすぐに突き止めることができるようになりました。

 それが面白くない既存のメディアは「ネットの情報は信頼できない」とか「ネットには間違った情報が流れている」なんて言ってたりしますけど、ネット掲示板の代表である2chの本質は、既存メディアにはないソース主義なので、正しく日本語が理解できる人なら、騙すは言い過ぎでも、既存メディアよりは印象操作に惑わされにくいと言えます(まとめサイトを除く)

 むしろちょっと前までは、多くの人が「モンドセレクション」と「国連勧告報道」には騙されてたと言えるかもね。

▼2017年05月23日

富士山は見えない

IMG_9336.JPG 新しいビルに移ってから富士山とか窓から見えるかな?なんて思っていたら、以外と眺望がなかったりします。それと春の東京は案外空気が澄んでいないせいか、遠くの景色も霞んで、都心西側の山地もまだ見えません。

 夏が過ぎて秋〜冬になる頃は、空気も澄んでくるので遠くの山も見えるようになるでしょう。もっとも正面のこのホテルのせいで、すき間から山が見える…って程度になるとは思いますが。

iPhone7 Plus



▼2016年04月13日

CSR検定3級試験受けてみました

IMG_7392.JPG ま…ここで書くということは、受かったから、ということなんですけどね(笑)

 最近何気にCSR系の仕事が増えているので、ちょっと知識を付けてみようかなと、先月2016年2月に開催された第3回の3級試験を受けてみました。

 事前に公式テキストを買って読んで、ネットで掲載されていた過去問を何度も繰り返し解いて…一応それなりには勉強した感じ。それなりの基礎知識はあるつもりだったのですが、問題を解いてみると知らない事も多く、やはりちゃんとした基本は勉強しないとダメですね。

 試験は4択のマークシートなのですが、割と引っかけな的なのが多くて(例えば問題で登場する法令は正しくても成立した年が違うとか)、それなりに注意して問題を読まないと間違えちゃう。

 ちなみに合格ラインは40問中8割以上なので、うち32問が正解ならOK。当日は東京会場だけで200人位受けてたみたいですが、全問正解者は4人だそうです。自分の成績は…ナイショ(笑)。一応3級合格者は「CSRリーダー」を名乗っていいみたいですよ。

 CSRについては、最近はテレビのニュースで聞く機会も増えましたし、ネットニュースでも「企業のCSR活動」が取り上げられることも増えてきました。そのため漠然とCSRについては分かった気分になっている人も多いと思うのですが(私もそうでした)、やはりきちんと基本から学ぶと面白いですね。それと、勉強後は企業のCSRリポートを見る目も少し変わったかもかも。

 この資格、まだ3級までしかないそうで、今年の秋には第1回の2級試験が開催されるようです。待望の公式テキストも今月中には発売されるようなので、入手して自分も2級、チャレンジしてみようかなと思います。

iPhone6 Plus

▼2016年01月18日

三省堂書店でデビットカードが使えずレジで驚愕した件w

 先週の金曜日、会社が終わって三省堂書店神保町本店に寄ったのですが、2冊ほど持ってレジに出して、支払いをいつも通りの「デビットカードで」と伝えたら、渡したカードをゴソゴソやったあげく「申し訳ございませんVISAのデビットカードしか使えません」と言われました。
 VISAのデビットカードってなんだそりゃ?(もちろん意味はわかってるけど)と思いましたけど、使えないモノをゴネても仕方ないので「そうですか」といってそのまま帰ってきました。もちろん本は買ってません。つか、そのうちの1冊は帰りの電車の中でAmazonにて注文して買い物は終了。

 そういえば、書泉もブックマートを閉める半年位前から急にデビットカードが使えなくなりましたし、三省堂もヤバいんですかね。教科書検定の不正接待問題とかあったばかりだし。

 しかし…実店舗がネット書店に追われてるとか取って代わられるとか言われてるこの昨今に、いきなり決済手段を減らすってのはすごいなーと思います。なんたって、顧客サービスを切り捨て始めてるんですからね。
 その当日に買おうと思ってた本の合計額は5,000円弱でしたが、銀行に行っても基本的に現金を5,000円しか下ろさない(銀行に下ろしに行くのは財布の中身が1,000円切ってから)な自分にとっては、当然そんな金は持ち歩いてないのです。だったらクレカで決済すれば?と言われる方もいると思いますが、それならAmazonで注文しますよね。その場で読みたいのならともかく、持って帰るの重いし(笑)
 それと、クレカ払いはやはり決済にひと月くらいのタイムラグがあるので、個人的にはデビットカードが使える店舗なら、デビット払いを優先してます。なので、三省堂がリタイアした中、現在自分が把握してるデビットカードが使える大型書店は丸善だけになっちゃったのかな?

 じゃ…この先三省堂には行かないのかというと、そんな事はなくて、最近ではリアル店舗に行ったときは、気になる本をスマホでAmazonの欲しいものリストへ突っ込んでます。いわゆるショールーミング用途ですな。だってその場でリアル店舗である故の優位性だったデビット払いが使えないんだから仕方ないよね。すぐに読みたい本ならともかく…。
 自称本好きリアル書店好きの方達にとってはちょっと不愉快な話かもしれませんが、自ら顧客サービスの合理化を進める業界に対しては、消費者側だって当然ながら利用方法の合理化を行うわけです。

 それと、以前では「リアル書店にはネット書店にはない新たな本との出会いが」とかよく言われてましたけど、最近だとネットの書評(プロアマ問わず)で本を知って買う機会の方が増えてきたと感じてきてます。となると、この先リアル書店って本当に必要なのかな?なんて気もしてきちゃいますね。

 そうそう、ネット系の本屋さんと言えば、既存の大手取り次ぎがやってるe-honというネット書店では、在庫アリで注文した数日後に「売り切れました」とかいう連絡が来るという目に2回程あいまして、つまりこの対立軸としては、リアル書店とネット書店の優位性云々ではなく、単に「既存取り次ぎ+傘下のリアル書店」がダメなだけなのでは?と思いました。

 ちなみに買おうと思ってたもう1冊の本はこちら。
 家帰って検索したら千代田区の図書館にあるみたいなので、そちらで借りることにしましょう。

▼2016年01月01日

謹賀新年

R0327658.JPG あけましておめでとうございます。

 写真は鹿嶋の別荘前から見た初日の出。辺りを見渡すと大体2〜30人の人が海岸に出てきてますね。残念ながら水平線からの初日の出とはなりませんでしたが、無事初日の出を拝むことができました。伝統的に冬の晴れた夜の太平洋側の夜明け前って、洋上に雲が出るんですよね。これは日の出1時間くらいで消えてしまうのですが。

 生きているうちに、初日の出ってあとどれくらい見ることができるんでしょう。
 もちろん平均寿命的な年数でいえばまだまだ初日の出を拝むチャンスは何度もありますが、人生いつ何が起きるか分かりません。来年の初日の出は無事見ることができるかもしれませんし、ひょっとしたら見られないかもしれません。

 つまり、1日1日を大切に生きていこうということになるのかな?

RICOH GR

▼2015年12月31日

2015年大晦日に「ワーテルローの戦い」をソロプレイする

IMG_7031.JPG 年末年始は去年と同じく鹿嶋の別荘にこもっているため、普段とは違うことができる。

 今年は去年発売されたウォーゲームハンドブック2015に付属していた「ワーテルローの戦い」のソロプレイにチャレンジしてみる。
 ちなみにボードシミュレーションゲームはなんだかんだで10年以上ぶりくらい。更にソロプレイなので少しハードル高いかも。

 まずゲームの概略を。
 本ゲームの舞台は、グノタというか、欧州史に興味があるひとならご存じかと思うワーテルローの戦いを題材としている。詳細はウィキペディアに呆れるほどの情報が掲載されているので割愛するが、復活したナポレオンにとっては正念場の戦いであり、またナポレオンの衰えを感じさせる戦いでもあった。実際の作戦ではナポレオンの指揮さえしっかりしていれば、決して負ける戦いではなかったといわれるが、ゲームではどのような展開になるのだろうか?

 以下ゲームでの流れを概略で紹介する。
 まずこのゲームは、手持ちのユニット全てを動かせるわけではなく、あらかじめ行動する軍団のチケットをお互い選び、自軍の行動フェイズになるまで隠しておくというルールがある。これはこの時代の野戦における情報と命令系統の不確実さを表しているんだと思う。ちなみに両軍の軍団は

 フランス軍
 ・近衛軍団/第1軍団/第2軍団/予備軍団

 連合軍
 ・イギリス軍:第1軍団/第2軍団/騎兵軍団/予備軍団
 ・プロイセン軍:第4軍団/第2軍団/第1軍団

 となる。
 大体似たような編成なのだが、特徴のある軍団をピックアップすると、フランスの予備軍団は騎兵が中心、イギリスの騎兵軍団は騎兵オンリー、プロイセンは全てコンバインドな編成。ちなみにリストの順番はおおよそ強い順。
 ソロプレイで両軍における行動を選択した軍団の秘匿は不可能なため、暫定の決まりとして、行動する軍団チケットの選択順はサイを2個振って決めることにする(ゾロ目の場合フランス軍有利とした)。つまり出目がいい方が後に行動する軍団を選ぶ。プレイは基本8ターンで争われイベントによっては0ターンが発生し実質9ターンとなる。戦闘はマストアタック。そのため行動命令がない軍団でも敵と隣接していれば戦闘を始めてしまう点に注意。

 第1ターン
 あまり詳細を書いても図がないと意味不明なので、登場キャラ(軍団)紹介のあとは適当に流す。まず行動できる軍団は連合軍がプロイセン出現までひとつ、フランス軍はふたつで有利。行動する軍団はフランス軍から第1、第2軍団を選択。連合軍はイギリス予備軍団に行動を命令した。
 連合軍が先に行動軍団を選択。その後第1ターンの主導権は連合軍が握る。適当に砲撃戦があった後、イギリス軍はマップ写真中央にあるラ・エ・サントという村と、西側にあるウーグモンへ軍団を派遣。フランス軍の突破に備える。
 フランス軍は、セオリー通りウーグモンへの進軍と、マップ東側より第1軍団が北上してイギリス予備軍団に対峙する。

 第2ターン
 フランス軍から軍団を選択し第1、第2軍団へと行動を命令。連合軍は引き続き予備軍団へと行動を命令する。ターンの主導権はフランスが握り、ここで主導権選択のサイでゾロ目が出てイベント発生(主導権選択のサイはフランス軍が+2の修正を受ける、これはフランス主導で行われた作戦であることを再現するルールらしい)!第4ターンに登場予定だったプロイセン軍の出現が1ターン早まってしまう。
 フランス軍はウーグモンとマップ中央東の予備軍団へ砲撃。フランスもウーグモン攻撃にあたる第2軍団のユニットを砲撃する。
 フランス軍はプロイセン出現が早まったお陰で、積極的に攻勢に出る必要に迫られ、ウーグモンへ第2軍団を接敵させ攻撃。また第1軍団は中央東のイギリス予備軍団へ攻撃。

 第3ターン
 ついにプロイセン軍が出現!
 プロイセン軍の出現も脅威だが、これ以降連合軍は3つの軍団に行動命令を出せる。フランスは2つのまま。ウーグモン攻略もおぼつかないまま、作戦の主導権を連合軍に握られてしまう感じ。
 軍団選択はフランスから。第1、第2軍団へと行動命令。連合軍は第1、第2軍団とプロイセン第4軍に行動命令をだす。その後悪い事は重なるもので、ターンの主導権はフランスが握るもまたイベント発生で両軍に疲労が発生。フランスにしてみると攻勢に出にくくなるので不利。
 砲撃フェイズではフランス軍のみ砲撃を行い、ウーグモン防衛隊を一部後退させる。
 その後の行動フェイズではウーグモンでの攻勢は膠着状態。中央ではフランスがイギリス予備軍団への攻撃に騎兵まで投入して攻勢にでて、ジリジリとイギリス軍を追い詰める。

 第4ターン
 フランス軍から軍団選択。行動命令は第1軍団と近衛軍団。連合軍は第1軍団とプロイセン第4軍団、そしてプロイセン第2軍団にも行動命令を出しマップに出現させる。ターンの主導権はフランスが握る。
 フランスは第1軍団の損耗が激しく、増援を送らないと軍団が壊滅の危機になる。またマップ東側から出現したプロイセン第4軍団に対峙する為、近衛師団に行動を命令、マップ中央やや南東にあるプランスノアという村へ騎兵を全力で向かわせる。ウーグモン方面は行動をあきらめマストアタックでの戦闘解決のみに留める。
 戦闘の結果、ウーグモン方面での戦闘は遂にイギリス第2軍団を追い出すことに成功!戦闘後前進でフランス軍がウーグモンを占領する。中央での戦闘は第1軍団が予想通り(?)の損耗で、前線の部隊が全てステップロス状態に。
 マップ下のプランスノアでは村に入った騎兵に対しプロイセン軍の歩兵が包囲して攻撃。フランス側からの攻撃はステップロスで持ちこたえる。プロイセン第2軍団はマップ東のやや北から侵入し、マップ中央東にあるパブロット村方面へ展開する。

 第5ターン
 連合軍からの軍団選考。第1軍団と予備軍団、そしてプロイセン第4軍団に命令。フランスは第1軍団と予備軍団を動員。ターンの主導権はフランス軍。この辺で連合軍を揺さぶるべく攻勢に出る。
 まずは中央西側から騎兵隊が北上、そして同じく予備軍団の歩兵はプランスノアへの防衛に向かう。
 ウーグモンではイギリス軍を街から追い出すことに成功したが、強力なイギリス第2軍団はなかなか突破できず、膠着状態。ただしマップ西端の戦線に騎兵が突破可能な穴が開いた!中央、ラ・エー・サントでの攻勢も膠着状態。マップ下のプランスノアではプロイセンの攻撃が思うように効かない。

 第6ターン
 軍団選定はフランスから。第2軍団と予備軍団に命令を出し、双方戦線突破を狙う。連合軍は第2軍団と騎兵、プロイセン第4軍に行動命令。
 主導権をフランスが握ったため、第2軍団の騎兵が猛然と北へ突撃!マップ北東にあるフランス軍突破フェイズをターン終了時に確保すれば、サドンデスでフランスの勝利になるからだ。
 他、第2軍団の砲兵と歩兵は、イギリス第2軍団の動きを止めるべく攻勢に出る。中央ラ・エー・サントでの攻勢はフランス不利ながらもなんとか持ちこたえる。南のプランスノアではプロイセンの第4軍団が徐々に押されている。
 連合軍の行動フェイズでは、フランスの騎兵を止めるため騎兵軍団が全力で追撃を開始する。

 第7ターン
 ゲームの残りが少ない、連合軍も攻勢に出る。
 軍団選定は連合軍から。第2軍団と騎兵軍団、プロイセン第4軍団に命令。フランスは第2軍団と予備軍団へ行動命令。
 主導権をフランスが握り、第2軍団騎兵は遂にフランス軍突破ヘクスの東端隣接ヘクスへ到達!中央ラ・ベル・アリアンスでは南下したイギリス軍とフランス軍が対峙するが、砲撃でイギリス軍1ユニットに撤退効果を与えたため攻勢の戦線が崩壊。単独で突出してしまったイギリス軍ユニットを集中攻撃で追い返す。プランスノアでのプロイセン軍も戦線突破を狙い、戦線北の予備軍団歩兵へ攻撃を集中するが、フランス軍と痛み分けという感じでなかなか突破口を開けられない。
 連合軍の行動フェイズ、フランス騎兵の突破に対して唯一防衛に間に合ったイギリス騎兵軍団1ユニットだが、攻撃力が1とおぼつかない。この状態で戦闘を開始すると、なんと不利な戦闘ながら双方1ステップ損害というイギリス軍にとっては夢のような結果になり、双方の騎兵ユニットはここで除去。フランス軍による戦線突破の夢はここで潰える。

 第8ターン
 いよいよ最終ターン。軍団選定はフランス軍からで、予備軍団と近衛軍団に行動命令を出す。連合軍は第1軍団と第2軍団、プロイセン第4軍団に行動命令を出し、逆にフランス軍後方兵站ヘクスへの突入を図る。
 主導権はフランス軍。ここでプロイセンによるフランス軍後方兵站ヘクスへの突入計画は頓挫。開いた穴を先にフランス軍に塞がれるからだ。フランス軍による中央北のラ・エー・サントでの攻撃は効果無し。中央南のラ・ベル・アリアンスではイギリス軍を後退させる。マップ南東のプロイセン第4軍団との戦闘は、プロイセンが戦線崩壊。また当然ながら突破口もフランス近衛軍団に塞がれた上にZOCで行動を制限され、ここでプロイセン軍の役割は終了。
 最後の連合軍行動フェイズでは、奪還された村の再占領を試みるが移動力が足りず。ま、このターンで終了なので、ここはもう移動する必要もないんだけど、一応勝利条件ポイント稼ぎを目指すこととする。

IMG_7113.JPG ここでゲーム終了。
 ユニットの損耗は連合軍16だが、勝利条件のポイントとして連合軍は損耗ユニットを2で割った(端数切り上げ)数となる。フランス軍の損耗ユニットは11。こちらは撃破数そのまま連合軍のポイント加算となり、さらにフランスGerユニットを1ステップロスさせたので+1で12ポイント。
 村の占領数は、フランスが連合軍を+2上回ったのだが、ポイント加算でフランス軍10、連合軍12となり、割と僅差で連合軍の勝利となった。

 プレイ後の感想を書く。
 連合軍の勝利は、序盤でフランス軍の行動が制限されるような状況が多く起きたことと、なんといってもプロイセン軍の登場が1ターン早まったことが大きい。プロイセン軍の参戦は嬉しいが、なんといってもプロイセン軍が登場すると行動可能軍団が合計3(うち最低1軍団はプロイセンに割り当てられる)に増えるのが大きい。本来序盤でフランス軍の猛攻に耐えるべき連合軍が、1ターン早く覚醒できた。更に3ターン目は両軍疲労となり攻勢側が不利にもなった。
 フランス軍の敗因としては、連合軍と全く逆で、序盤に積極的な行動が制限されたことが大きい。プロイセンの参戦が予定通り4ターンかれであれば、東にいる第2軍団か中央の予備軍団(史実ではネイ率いる騎兵隊になる)が連合軍の戦線を突破できた可能性が高い。というか、本プレイでも第2軍団の騎兵が戦線突破に成功しているわけで、プレイ上の油断があったとはいえ、フランス軍騎兵のプレッシャーは連合軍にとって頭が痛いと思う。

 今回、両軍とも砲兵については割と上手に運用できたと思う。特に攻勢時に敵ユニットへの砲兵支援があると、砲撃効果もそうだが、被砲撃ユニットのZOCが確実に無効になる効果は、攻勢時にうまくタイミングを合わせると敵ZOCからの移動が可能になる。もちろん付随して退却などの効果が出るのは更に嬉しいが。
 ただし、砲兵を大事にしすぎて全線に出さないのもまたダメなところで、今回のプレイでは両軍とも砲兵の損耗より、むしろ砲兵の攻勢効果を重視した。お陰で両軍ともそれなりに砲兵は消費してしまったが、後方でグズグズしているよりは効果的に運用できたと自負している。

 あと、ソロプレイにおける問題点として、どうしても攻勢側が不利になるという点もある。つまり「行動を起こそう」としている側の心理をソロプレイになると防衛側が全て熟知しているわけで、第6ターンからのフランス軍騎兵ユニットへの対処は、ソロプレイでなければあれだけタイミングよく対応できなかった可能性が高い。

 ちなみに、一応ソロプレイ開始前に自分の思考を縛る為、フランス軍と連合軍の行動指針は決めていた。
 フランス軍は序盤から積極的に攻勢に出ることと、中央突破を目指すこと。連合軍は東のウーグモンでしつこく防衛的行動をとることと、中央の軍団はむしろ南下して攻勢に出ること。プロイセン軍は行動可能になったら南東の街道から侵入して速やかにフランス軍後方兵站ヘクスへの突破を狙う事。ソロプレイながらも基本的にはそれぞれの行動指針に従い行動したつもりではある。

 それと、今回はプレイのログを取りながらゲームを進行したのだが、都度頭が冷静になってよかったかもしれない。初めはフランス軍と連合軍の攻撃フェイズ毎に30分の休憩をいれるかとか、テーブルに座る位置を変更するか、とか色々考えたのだが、ログ取りで逐一思考が中断されるため、どちらかの軍勢への肩入れが防止できたような気がした。

 しかし、終わってみるとボードシミュレーションゲームは楽しい。熟練者からすると采配は稚拙なものだったかもしれないが、少なくともワーテルローにおける戦場のダイナミズムを体験できたような気がする。
 実プレイ時間としては、ログを記録しながらという理由もあるが、9:30過ぎにスタートして、第4ターン終了時の昼食と昼寝の約1.5時間を挟み、終了が17:00過ぎと、久しぶりなせいか想定プレイ時間を大幅に超える時間となった。

IMG_7111.JPG
↑両軍の損耗ユニット。
青がフランスで、赤がイギリス、グレーがプロイセン。

iPhone6 plus


ワーテルロー戦役/アルバート・A.ノフィ

▼2015年08月25日

今時24時間じゃないテレビってあるのだろうか?

 この季節になると毎年騒がれる日テレの24時間テレビ「愛は地球を救う」ですが、最近ではその内容についての議論よりも、出演者のギャラなどが問題視されるようになってきましたね。ちなみに2015年の募金額は2億3726万円だそうで、個人的には「やらない偽善よりもやる偽善」といった感じで、それだけの金額が適切にチャリティー募金として運用されるならいいんじゃないの?と思ったりもします。

 ただまぁ…偽善とは一口で言っても、やはり日テレ側は儲けすぎなんじゃね?という疑惑も感じる訳で、あそこまでチャリティー色を前面に押し出すなら、もう少しチャリティー金額を増やす努力はした方がいいのではないかとも思います。
 そう思う人は私以外にも大勢いるようで、この時期になると必ず「チャリティー番組と言いながら出演者はギャラを取る」とか「海外ではノーギャラが当然」などという批判が出るのですが、ここについては自分はちょっと違うと思うんですよね。

 そりゃ…大物芸人(たとえば金ちゃんとか徳光さんとか)が、ギャラとして頂く数千万円を全額寄付します!ってのは美談だと思うのですが、当然ながらテレビに出ている芸人達はそんなに恵まれた人ばかりではありません。
 普段はあまり出番がないけど、こういったお祭企画だからこそお声がかかる芸人だって大勢いるはずで、そういう人達が稼ぐ出演料の数十万円(100万円に近い方だと印象が変わってきますが)から数万円を「全額寄付しろ!」は、ちょっとおかしいと思うんですよね。
 大体「海外はノーギャラが基本」といっても、セレブ俳優や大物司会者はともかく、本当に末端の芸人達までノーギャラでやっているのでしょうか?仮にノーギャラを強要しているとしたら、日本よりも労働者の権利がきちんと認められている欧米のこと、なんらかの問題提起があってもおかしくない気もしますが、どうなんでしょう?

 ただ、主催者の日本テレビと、そこに広告スペースを売ってる広告代理店達は、やはりおかしいと思うんですよね。嘘かホントか知りませんけど、日本テレビはこの番組の制作費として40億円近い費用をかけているそうです。なら、そのお金をそのまま寄付した方が効率的だし、よほど「愛は地球を救う」行為だと思うのですが、こういう考え方は間違ってるのかな?

 そもそも国民に向け、一般に募金を募る「ボランティア活動」であるなら、単なる預金額だけでなく、この番組の制作にまつわる全ての金額を明らかにすべきだと思うんですよね。
 制作費が40億であるなら、そのうちのどれ位が出演者のギャラに使われたのか、番組企画費やセットで使ったお金、そして一番大事なのは、制作費を40億円描けた番組を作って、その関連グッズの収益はいくらあったのか?また、協賛金として企業からは如何ほどのお金をもらったのか?CM枠もプレミア価格だったと思いますが、その枠をいくらで売ってどの広告代理店が間に入って買った企業はいくら支払ったのか?
 通常の番組制作では、これらの費用は企業秘密に属するとは思いますが、日本国民全てに向かって「ボランティア・チャリティー」を宣言したお祭な訳ですから、これくらい細かく動いたお金を発表しない限りは当然おいそれとは信用できない訳です。

 私は上記で触れた芸人のギャラについては支払って当然と考えますが、日テレとその広告代理店達が、このプロジェクトで収益を上げるのはズルい…とも考えています。というか、世間の批判はここに向くべきでしょう。

 少し昔話をしますと、私の場合世代的にこの24時間テレビの初回の頃を知っている訳ですが、あの頃テレビ番組は、速い局だと深夜12時前…遅くても1時を超えると放送終了という時代で、そんななかでテレビ番組が24時間休まず続くというのは前代未聞で、それだけでお祭り気分だった訳です(というか番組を24時間続けるためにチャリティーということにした、という話もあります。)

 しかし、現代では当然ながらテレビ番組は24時間続いている訳で、今更24時間テレビと言われてもちょっと反応に困る。更に24時間単一の番組が続いている訳でもなく、朝のニュースや笑点などは普通に放送している訳で、実態は単一の企画番組としても24時間でもなんでもありません。
 私も今年の24時間テレビを見たつもりはないのですが、普通に笑点とか見てました。出演者が黄色いジャージを着ているので「あ、今日は24時間テレビなのね」と思うだけで、特に24時間テレビという番組を見たつもりはないのですが、私も番組視聴者に数えられてしまうのかな?
 とにかくこれで「24時間テレビ」というなら、今のテレビは全て24時間テレビなんですよね。

 今となっては、そういう物珍しさもない、視聴者側もそういったお祭り気分もない(テレビ世代ど真ん中の老人達にとってはまた違うかも)、そして、判明しているだけの番組制作費が40億円で、おそらくその数倍以上の売上げを挙げているはずのチャリティーイベントで、最終募金額が2億円代とは、コストパフォーマンスがあまりにも悪すぎます。毎年毎年、一体何のためにやっているイベントなのか?
 少なくとも、毎年莫大な利益を上げるテレビ局や広告屋さん以外にとっては、もはや24時間テレビの社会的役割は皆無ではないかと。

 そういえば、アメリカの病院で赤ちゃんが心臓移植施術を受ける…みたいな募金運動も、以前は短時間で1億とか2億とか集まってた訳で、募金としての趣旨はともかく、やり方としてはその方がより効率的と言えるかな?まさかこの手の募金でプロモーションに40億円はかけないでしょうし(笑)

 それと、以下のような関連グッズの売上げは、きちんと募金に回されるんでしょうかね?

▼2015年02月01日

ラノベとの境界の彼方

 昨日に引き続き、本の話。

 別な人と本について話していたんだけど「ラノベとか読んだことないんですよね」という話になり、そういえば「ラノベと普通の小説の違いってなに?」みたいな話に。

 違いと言えば…表紙にいかにもアレな絵が入っていたり、そんな所かな?としか結論は出なかったけど、実際問題ラノベと純文学なんて、書いている人(あるいは売る編集者)が「これはラノベ」と言えばラノベだし「純文学」といえば純文学だろう。自分もラノベとかあまり読まないが、そんな程度の差でしかない。
 また、最近ではいわゆる「ラノベ文庫」なレーベル以外で、各出版社がラノベ的にアニメ絵を表紙や挿絵に使った小説も沢山出てきて、ますます違いがわかりにくくなっている。

 ジャンルから想像する内容でラノベと言えば、ラノベの内容は荒唐無稽な話が多いし、萌えばかりだし、そもそも設定に無理がある…なんて考察もあるかもしれないが、それを言ってしまえば普通の小説だって荒唐無稽な話は多い。

 例えば私が比較的好きな川上弘美の作品では、ある話では主人公がヘビになったり、別な話では幽霊になって多数の女とヤりまくったりと、ラノベ真っ青なご都合設定とも言える作品があったりするが、彼女の作品は「ラノベ」にはカテゴライズされない。
 また、もうちょっと古い小説になると、川端康成の作品なんて、いい歳したおっさんが赤ちゃんプレイしたり、旅の途中で出会った14歳ロリ少女の後を付け、風呂場を覗き見したり(しかもその少女は全裸で立ち上がって主人公に手を振るなんてオマケ付き)、こちらもまぁ…萌えという視点ではラノベには決して負けていない(笑)

 思えばこの手の「若者向け大衆小説」というのは、いつだって今でいうところの「ラノベ」的扱いをされてきた。例えば、江戸時代の東海道中膝栗毛などは、いわゆる「滑稽本」とされて、ちゃんとした本という扱いではなかった。
 江戸時代当時のいわゆる「ちゃんとした本」というのは、私達が普段口にしている口語体とは全く異なり、例えば「也」などという言葉は、当時の本で多用されていたからといって、普通の人が「也」とか喋っていたわけではない。
 これらの本で、初めて口語体による記述で書かれたものは、ホントかどうかわからないが、勝海舟のオヤジである勝小吉による夢酔独言とも言われ、当時としては画期的な手法であったが、まともな本として扱われなかったようである。

 その後、皆さんご存じの夏目漱石が、私達が普段口にする言葉ととても近い言葉で小説を書き始め、やがてそれらはベストセラーとなってゆくが、彼の小説だって出版当時は「言葉が乱れている」とか結構さんざんな評判だった。だが、結局それらの読みやすい文章は、若者を中心に支持を得て、やがて漢文を知らずとも誰でも読むことができる大衆小説として受け入れられてゆく。

 その後、大正デモクラシー時代や、戦中などの世相で小説は随分様変わりしてゆくのだが、やはり若者向けの小説は、恋愛もの…特にしがない青年がふと出会った美少女と恋に落ちて…みたいな話が多く、あまり高尚な扱いはされなかったようだ。

 戦後はミステリ小説ブーム、更にSFブームなどがあったが、それらの小説が主流になる頃から、戦前・戦中のご都合主義的恋愛小説が「純文学」などと呼ばれるようになり、どことなく一段上の扱いをされるようになった。

 そして、そのようなSFブームの中、現在のラノベに通じる直接の源流扱いとされる作家が生まれる。それが皆さんご存じの「新井素子」だろう。彼女の文体は、いわゆる漫画的擬音をそのまま文字にしてしまった事が特徴。「はふっ!」とか、既にマンガ文化に触れた読者でないと何を言ってるのかわからなかったと思う。
 そしてその頃多くの少女(少年)達を虜にしたコバルト文庫、朝日ソノラマ文庫などを経て、角川や電撃など、ラノベ全盛の現代につながってきたのだ。

 そう考えると、古くから本を読んでいた人達は、いつの時代も新しい表現で書かれた小説を、多少小馬鹿にする伝統が常に受け継がれていると言える。
 自分の記憶にあるところだと、今でこそ新井素子とか読んでも低俗扱いされないが、昔はヘビーなSFファン達から「マンガ以下、低俗すぎる、SFをなんだと思っているのか」などの批判も多かった。そしてそれらの批判は、現代オッサンやオバサン達が「今の若い子はラノベとか漫画みたいな小説ばかり読んで…」みたいに考えている心境に近いのではないかと思う。

 つことで、今ラノベを沢山読んでいる人達も、あと数十年すれば、今のラノベは少しだけ高尚なジャンルになるかもしれないので、あまりラノベとかなんだとか気にせず、好きな小説を読んでいればそれでいいのではないでしょうか?という、特に結論もないお話でした。

▼2015年01月31日

お勧めの本はなんですか?

 会社の人と話していたとき、ふとこんな事を聞かれた。
 どうやら最近本を読んでいないので、また読みたいとのことらしい。「えっ?お勧めの本と言われても…」と、自分は困ってしまったのだが、落ち着いて考えると、この種の質問は、むしろ普段本をよく読む人ほど返答に困るとう面白い事例なのかも…と思った。

 同様の質問は、例えば音楽や映画、クルマや自転車でもいいし、ヲタっぽくお勧めのアニメは?なんて聞かれたときも同じかもしれない。これらのように絶対解がない分野での質問は、むしろその分野のエキスパートよりも、あまりそれらに接していない人に質問した方が、すぐに答えが返ってくるし、案外正しい事も多いのではないかと思う。

 例えば「お勧めの本」と聞かれて、普段から沢山本を読んでいる人は何を勧めればいいのか困ってしまう。それは自分の中で処理しなければならない情報が多すぎるからだ。
 「じゃ、最近読んだ本でいいから」と言われても、このブログでネタにした一番最近の本は「エア・パワーの時代」である。とてもじゃないが、最近読書をしてないので本を読み始めたい…って人に勧められる本ではない。「じゃ買った本は?」と聞かれると、このエントリを書いている時点でもっとも最近買った本は、大阪の古本屋さんに注文した「日置川町史・中世編」である。まともに答えても会話がそこで終わってしまう(笑)

 逆に自分があまり本を読まずに、年に数冊程度読むくらいだったらどうだろう。基本的に本を読まずに、年に数冊本屋で本を買う程度なら、きっと誰でも知っているベストセラ小説やビジネス書しか読んでいないだろうし、それなら無理なくお勧めできるかもしれない。それは今流行のピゲティの経済書かもしれない、あるいは村上春樹とかかも。なんせ年に数冊しか本を読んでいないのだから、選択肢が少ないのですぐ選べる。というか一年以内に読んだ本全てをお勧めしたって問題ないだろう。これならおそらく会話のキャッチボールが成立しそうだし、多分お勧めされた方も満足して読んでくれそうだ。

 そういえば、自転車なんかも同じかもしれない。仲間内でのSNSで、新しく「自転車買いたい」と言う人が出たりすると、やれロードレーサーにしろとか、小径車がいいよ、とか安いクロスバイクを買ってパーツを高級品に変更しろなどと無茶言う人が出たりする。おそらくこの手の質問の趣旨は、「ママチャリでもいいけどもう少し長い距離を走りたい」である事が多く、それに対する最適な解答は「5万円前後のクロスバイク」だったりするんだろうが、マニアに尋ねるとそこに落ち着くまでの課程がエラく遠回りになったりする(笑)

 ということで、何か新しいモノを買いたい、何か新しいことをしてみたい…と思ったら、話が長くなるので、質問の対象にハマっている人には聞いちゃいけないよ…という結論なのか?

 ちなみにその時の私は、インターネットで新聞社が出している書評ページを開いて「この杉山正明氏のモンゴルの本はお勧め、それとMac使っているなら、こっちのジョナサン・アイブの本も面白いと思うよ」と、半分他のメディアに頼った、極めて無難な返答で済ませておきました。

 「本のお勧めとか漠然過ぎて答えられるわけない!」とか、この手の質問でちょっとイラッとする読書家の方もいるとは思いますが、このようなザックリとした質問にも適切な解答をすぐに出せると、ちょっとカッコいいかもしれないなぁ…。

 あ、このエントリで登場した以下の本は本当にオススメしますので、最近あまり本を読んでいない人も是非どうぞ。

▼2015年01月01日

明けましておめでとうございます。

IMG_5228.JPG 年が明けましたね。明けましておめでとうございます。

 今、日の出前ですが、別荘前からでは、残念ながら海から出る初日の出は見られそうにないですね。

 しかし…このWebサイトも、旧サイト時代から含めると、15年以上経ったんですね。思えば遠くへきたもんだ…。
 つことで、今年もよろしくお願い致します。

iPhone6 Plus

▼2014年12月31日

BRUTUSの本特集をながめながら、それでは良いお年を…

R0324470.JPG 毎回買うと決めている「BRUTUS」の年末本特集。今年も買いました。

 去年の特集タイトルは「本があれば大丈夫」だったっけ?それに比べると今年は「読書入門。」と、結構ストレートなタイトルですが、内容は去年同様なかなか面白い。
 早速数冊読んでみたい本があったので、東京に帰ったら買いに行こう…と思ったら、今ではKindleでこの場で買えちゃうんだよね。まだ買ってないけど(笑)

 つことで、今年は読書量的には結構少なかった。ただ、その分心に残る読書ができたような気がしています。来年はどんな本を読もうかな。

 それでは、皆さん良いお年を。

RICOH GR


フューリーを見てきました

 鹿島の別荘でずっとボーッとしてるのもアレだと思って、隣町の映画館に行ってフューリーを見てきました。
 グノタ的には結構微妙な出来との前評判があったのですが、ま、動く戦車が大スクリーンで見られるだけでも貴重かなって。

 で、見終わった結果は…う〜む…やっぱり微妙、そう判断せざるを得ない出来でした。
 まぁね、戦闘シーンで曳光弾が多過ぎとか、その曳光弾がガンダムの連邦とジオンみたいにきちんとアメリカとドイツでオレンジと緑に区別されてるのかよ…みたいなのはいいんですわ。演出だし、んなこと気にしても仕方ないしね…。

 ただまぁ…ストーリがかなりご都合主義というか、戦車長のウォーダディーが最後であの戦車に残るという判断もかなり意味不明。つか、単に自殺したかっただけなんじゃないか?あと、ドイツ軍のしかもSSがあそこまでアホな訳ないというか、コンバットに出てくるのドイツ軍から全く変わってないな、アメリカ人のこの感覚というのは。

 という感じで、自分的にはけっこう不完全燃焼的な映画だったのでした。

▼2014年10月17日

千代田区コミュニティサイクル「ちよくる」が素晴らしい!

R0324345.JPG ちよくるというサービスをご存じでしょうか。現在東京都千代田区が実証実験を行っているレンタサイクルのサービス名です。
 貸し出される自転車は、ブリジストン製のバイクをベースに、ヤマハ製の電動アシスト機能を追加して、FeliCa対応の電子ロックシステムを組み込んだもの。小径車まではいきませんがタイヤは少し小さ目。20インチより少し大きいくらいかな?

 このサービスの素晴らしい所は、利用料金の安さもありますが、千代田区内にある各ステーションに自転車を「乗り捨て」出来る事。乗り捨てとは言葉が悪いですが、千代田区内のステーションなら、返す場所はどこでもよい…という意味です。

 利用するには、スマートフォンとFeliCa対応カード、そしてクレジットカードと事前の会員登録が必要。FeliCa対応の「おサイフケータイ」が使えるスマートフォンならそれだけで使えます。ガラケーでも使えるのかな?よくわかりません。会員種別には「1日会員」と「月額会員」の2種類がありますので、利用状況によって選択しましょう。
 私の場合は、iPhoneとPASMOのコンビで、とりあえず1回会員で会員登録しました。

 さて、昨晩の会社帰り、近くにある千代田区役所前にあるステーションに行ってみます。ステーション内には自転車が5台くらい、また同じ台数くらいの駐輪スペースがありました。ちなみに会員サイトにログインすると、各ステーションの自転車台数と駐輪スペースの状況が確認出来ます。ここで注意ですが、出発地の自転車台数の確認は当然として、目的ステーションの駐輪スペース状況も確認しておきましょう。スペースが空いていないと、そこで返却することが出来ません。

 サドル後部にあるFeliCaセンサーに登録したPASMOをかざします。初回のみ、FeliCaと会員情報を紐付けるための登録番号入力が必要になりますが、その後はスタートボタンを押して登録済みFeliCaをかざすだけでOK。ちなみにですが、ちょっとセンサーの感度が悪いようで、PASMOを財布の中に入れたままだとセンサーが反応しませんでした。
 登録情報が正しく自転車に伝わると、後輪のカギが「ガチャン」と開いて使用可能になります。

 料金については、1回30分以内で108円(税込)。以降30分を越えるごとに108円(税込)がかかります。月額会員を選択した場合は、月間1,080円(税込)で、30分以内の利用は無料。以降30分を越えるごとに108円(税込)がかかります。チョイノリなら30分以内で済むと思いますので、地下鉄で移動するより安上がり。また月額会員の人は、1回の利用が30分以内であれば、1日の利用回数に制限はありませんので、ステーション間を飛び石で利用すれば、実質ひと月の基本料金のみで利用し放題です。それに、イザというときの保険についてもちゃんと利用料金に含まれているのがありがたいところ。

 もっともこの料金は実証実験段階の今だけで、正式サービス開始になると、もう少し値上げされる模様。ま、確かにこの利用料金じゃペイする訳ないし、仕方がない。

R0324341.JPG さて、自転車に乗ってみます。
 私の場合、電動アシスト式自転車の経験はかなり初期モデルの記憶のママなので、大丈夫なんか?と思っていたのですが、最近の電チャリは、別な意味で「大丈夫なんか?」って位パワフルなのね。停車時からの加速はかなりビビります。歩道走行時などの低速時にはペダルがどんどん押される感じなので少し注意が必要。パワーはお茶の水の坂道を余裕で登れましたので、千代田区内なら走行性能に問題はないはず。
 ブレーキも相応に強化されているようなので、まぁ…大丈夫なんじゃないかな。タイヤはまるでMTBのようなごついパターンで、あまり高圧ではありません。ま、小径で高圧タイヤにすると段差で引っかかったりして危ないからね。

 その他の装備としては、前カゴについてはかなり不満。結構小型のカゴで、自慢(笑)のエルメスもくしゃくしゃにしないと入らん!ビジネスバッグのたぐいはマズまともに入らないと思った方がいいです。それと、千代田区にいるのかわかりませんけど、ひったくりについてはほぼ無防備だと思います。貴重品を前カゴに入れる場合は注意しましょう。リアキャリアはありませんので、大きな荷物を積載することは出来ません。

 昨晩は、千代田区役所前から、途中書泉グランデに寄り道して、秋葉原公園のステーションまで。所要時間は合計23分。私が到着した19:00時位の段階で駐輪スペースが3箇所で、しばらくしたら全て埋まってしまいました。そうそう、スペースがないとそのステーションでは自転車を返却できませんので、近隣の別なステーションに移動しなければなりません。たまたま空きがあったからいいようなものの、スペースが全て埋まっていたりするとちょっとガッカリしますね。

 利用後はラックに自転車を入れてカギをかけてエンターキーを押せばOK。すぐに返却完了のメールが届きますので、それを確認して利用終了となります。また、ステーション外での一時駐輪は、そのまま鍵をかければOK。カギは登録済みFeliCaをかざせば解錠します。
 そうそう、昨晩はステーションのセンサーが不調だったのか、返却処理がうまくいかなかったのですが、サポートの電話番号に連絡すると、すぐにつながってアドバイスを受ける事が出来ました。こういった部分もポイント高いよね。肝心のセンサー不調の原因はよくわかりませんでしたけど、ラックに自転車を入れてから一呼吸おいて返却処理をしないとどうもセンサーがうまく働かないようです。

 という感じで、私的には非常に満足出来るサービスだと思いました。特に秋葉原界隈から神保町の古本街を散歩したり、そのまま皇居の回りを散歩したりといった用途には実に素晴らしいシステム。地下鉄に乗るよりも早いし安いし、ちょっと爽やかな気分にもなれるしね。
 ただ、前記しましたが自転車の積載量には限りがあるので、古本買い出しには向いてないかも?w

RICOH GR


▼2014年10月08日

メディアの発展と衰退について

 世の中のブームとか文化(?)の遷移について、オーディオ評論家の長岡鉄男氏が著作の「いい加減にします」で説明されていた理論。私的には現代においてもとてもわかりやすく、正しい理論だと思うのだけど、不勉強ながらネットで解説されているページを見たことがありません。

 ということで、記憶だけで書いてますが、この理論について説明してみます。原文を読みたい方は古本屋さんで「いい加減にします」を探して買ってみて下さい。ちなみに「知的レベル」という言い方はちょっと差別的というか排他的な印象がありますが、原文もこんな言い方だった気がします。
 ここでいう知的Lvというのは、学校の偏差値と思って頂ければ判りやすいと思います。有り体に言えば馬鹿も天才も等しく存在して、その中間が一番多いという前提です。というか、現実の世の中もこんなもんですよね。
 また、この「知的レベル」については、ジャンルごとに人それぞれ所属するレベルが違うということもあらかじめお断りしておきます。例えば世の中音楽が大好きな人もいるし、映画が大好きな人もいるって話。音楽ならLv5でも、映画はLv1って人もいる…というか、殆どの人はそうやって得意ジャンルに偏りがあると思います。


01 第一段階
 ラジオ放送でもテレビ放送でもインターネットでも構いませんが、新たなジャンルのメディアが生まれたばかりの頃の状態。初期はいわゆる「アーリーアダプタ」の人にターゲットを絞り、物珍しさで手を出す人が主な対象。そしてそこから裾野を拡大してゆく方式がとられる。そのため提供されるコンテンツはターゲットを絞った知的なレベルが求められ、いわゆる「文化的」「芸術的」な価値があるコンテンツが多い時期。知的レベル的にはLv5の人をターゲットにしているが、背伸びをしているLv4の人も楽しんでいる。


02 第二段階
 初期のマーケティングで成功して、順調にメディアの利用者が増えた所で、更なる拡販を目指し、提供するコンテンツのレベルを4に下げる。この段階でLv4の人達がメインターゲットとなるが、Lv5の人達もまだ利用している。また、もっとも人数が多いLv3の人達も、ちょっと知的な気分に浸れるということでターゲットとなり、メディアの利用者の総数が増えるため、一般的には成功例となる。


03 第三段階
 更にメディアの利用者を増やすため、マーケティング分析の結果、提供するコンテンツはLv3をメインターゲットとする。もっとも人数が多い偏差値中央を狙うため、ユーザー数がもっとも増える。代償としてLv5のユーザーはメディアより離れてゆくが、代わりに背伸びをしたLv2のユーザーも対象となるため、全体ではユーザ数が増加。おそらく全てのジャンルのメディアにおいて黄金期の状態。


04 第四段階
 メディアの主から更にユーザーを増やせとの命令を受けたマーケッターは、次の段階に突入!ここで多くのジャンルが間違いを犯すのだが、現状維持ではメディアの主(株主?)は満足しないし、かといって従来のようにLv4にコンテンツを戻す提案をしても「過去と同じならユーザーが減るじゃん!」と却下され、やむなくコンテンツのレベルをLv2に下げる事とする。この時点でLv4のユーザーは去るのだが、新規でLv1のユーザーが参入。結果ユーザー数は減るのだが、Lv4のユーザーは既にそれなりの時間、提供されたメディアを楽しんだ為、去るときの文句も少ない。逆にこの段階でコンテンツのレベルを上げてLv2のユーザーを切り捨てると、このメディアをまだ充分楽しんでいないせいか(判りやすくいえばテレビ買ったばかりなのに!みたいな)苦情が多くなる。もう引き返せない!


05 第五段階
 減ってしまったユーザーを取り戻すためには、更なる拡販を目指すしかないのだが、前段階でもあったように、時の流れは戻らない(笑)。未知への領域としてコンテンツレベル1に下げ、Lv1のユーザーの満足度向上を狙うのだが、図の通り、ここで最大数であるLv3のユーザーを失ってしまう。こうやってメディアは死滅してゆく。


 おそらく、上記みたいな現象というのは、プロのマーケティングでは常識なんだと思うんですよね。ただ、メディアが生まれそのコンテンツを選択する段階で、ひとたびレベルを下げ始めると、様々な要因で止まりません。
 上記の図でも、仮にLv2の段階で間違いに気が付いても、一度去ってしまったユーザーを取り戻すより、新規のユーザーを獲得する方が、基本的には簡単。そのため、提供するコンテンツのレベルはどんどん下げてゆくしかない。

 ちなみに、私的な感想ですけど、今のテレビ(主に地上波)は、Lv2からLv1に移行している段階だと思います。

▼2014年02月14日

引くより押すべし

 通勤途中でよく「日野・コンテッサ・1300クーペ」を見かけます。中の運転手は作業着っぽい服装していますので、通勤中なのでしょう。こうやって日常で旧車と暮らしている姿は、実にいいなぁ…と思います。

 このコンテッサですが、エンジンが後ろにあるR/R(リアエンジン・リアドライブ)方式です。今では信じられませんけど、昔はR/R方式の自動車の方が、効率的だと言われていた時代がありました。

 自動車が単に直線(とまではいかなくても鉄道並みに緩やかなカーブなど)状のルートを加減速するだけでしたら、R/R方式は確かに有利です。何故なら、走行中重心が見かけ上後に移動しますので、後の駆動輪に荷重がかかり、良好なトラクション(対地摩擦)を得ることが出来るからです。
 現在主流になっているF/F(前輪駆動)方式は、その構造上加速時に満足なトラクション(対接地摩擦)を得ることが出来ません。何故なら、F/F方式は加速すると重心が駆動輪よりも後に移動してしまい、肝心の駆動輪にかかるトラクションが不足するからです。
 逆となる減速時についても、R/R方式は車体重心が自動車の中心方向へと移動して減速効率が上がるのと違い、F/Fは車種にもよりますが、重心が車体より前に移動してしまうことがあるため、ブレーキ抵抗が前輪に集中してしまい、あまり良好ではありません。

 その代わり、自動車におけるF/F方式は、安定した直進安定性、操舵性をもたらします。これは重心と駆動部分が前にあり、その他の部分を引っ張るからです。単に物体を動かすだけなら、後から押す方が理にかなっていますが、物体を任意の方向に誘導しながら移動させる場合は、むしろ引っ張った方がコントロールしやすくなります。
 今使われている多くの自動車は、直進的に移動するだけの乗り物ではないので、これは理にかなっているのかもしれません。

 自動車と違い、水の上を走る船の駆動方式は逆に、駆動力が後へと移動していますね。
 初期の手こぎ船はともかくとして、風の力を必要としない蒸気船は、初期のタイプでは船体左右中央横に、水車のような大きな輪がついていた外輪船が主流でした。
 しかし、その外輪はすぐに船体後ろへと移り、やがて水中に完全に没するスクリュー式となります。船の場合、エンジンは船体中央底付近に設置されることが多いので、R/Rとまではいかないかもしれませんが、駆動力は後へと移動してゆきます。

 そういえば、空を飛ぶ乗り物でもF/F・R/Rの違いがあります。
 かつてのレシプロエンジンを搭載していた戦闘機達は、ボディ前面にエンジンがあり、大雑把ではありますが、飛行機の翼が自動車でいうタイヤと考えれば、F/F方式と言えます。それに比べて、第二次大戦以降のジェット戦闘機は、概ねエンジンとその噴射口が機体後端にありますので、R/Rと言えるかもしれません。

 飛行機…特に戦闘機というと、ひらりひらりと空を旋回して自由に舞う…といった姿を想像しがちですが、実のトコロそういった空戦は、第一次世界大戦から第二次世界大戦初期で終了します。それ以降の空戦は、もちろん例外はありますが、基本は「Hit and Run(一撃離脱)」と呼ばれる戦いが主流です。ここで求められる機体特性は、旋回性能よりも、素早い加速・上昇性能だったりします。
 絶対的な旋回性能なら、自動車同様、頭にエンジンを積んだレシプロ方式の方が物理法則的に優れています。これは上記で書いた自動車と一緒ですね。しかし、それよりも、効率的により速く飛ぶことを求めて、エンジンはジェット化して機体後端に配置されるようになったのでしょう。
 そういえば、日本陸軍が大戦末期に試作した「震電」は、旋回性能を犠牲にしても、とにかく素早く襲来するB-29に立ち向かうという迎撃戦闘を想定した設計なので、より速く飛ぶためにエンジンとプロペラが後ろに配置されたR/R方式になっています。

 空を飛ぶといえば、ロケットも初期はF/F方式です。
 ロケットの父と呼ばれるゴダードのロケットも、初期のタイプは噴射口が本体上にあるという、今でいうとちょっと想像しがたい形状をしていました。これは何故かというと、ゴダードも本当はボディの後端に噴射口を設けたかったのですが、それだとロケットが直進してくれない…つまり曲がりすぎてしまうという事から、このように無茶な構造を取らざるを得なかったのです。自動車や飛行機では問題ない良好な旋回性能が、逆に徒になった例かもしれません。
 もちろん、こんな形のロケットは効率が悪すぎるため、すぐに噴出口のコントロールを工夫して、後端噴射式になります。自動車でいうR/R方式になるわけですね。

 とまぁ、色々書き連ねましたけど、世の中の乗り物は自動車以外全て、進歩の過程で、力を前から引っ張るのではなく、後から押す方式に変わってきました。
 なので、ひょっとしたら、自動車の世界も近い将来、またRR方式が主流になるのかもしれない…なんて、古きコンテッサを見て妄想したのでした。R/R方式…なんだか夢がありますね…と思うのは、自分がクルマ好きだからなのでしょうか。

 そうそう、鉄道には触れていませんでしたが、例えば今の日本で、機関車が客車を引っ張る方式の、動力集中式の列車がほぼ消えた代わりに、列車編成内の台車が駆動力を分担するという、動力分散式…要は普通に走っている電車や新幹線方式ですね…が主流になりました。
 これもF/FからR/R…とは言えないまでも、駆動力は微妙に後へ移動していますので、船・飛行機やロケットなどの乗り物と同様、R/R方式への流れと同じと言えなくもない?

▼2013年12月31日

年の瀬大小松菜祭!

PC308972.JPG 年末年始と言えば小松菜。つことで、今年もいのうえさんのご厚意により、小松菜収穫に出かけてきました。場所は東京都は江戸川区の小松川、“こまつな”の原産地です。
 どーでもいいけど、ひらがなで、“こま☆つな”とか書くと、ラノベっぽくて萌えますよね。

 小松菜収穫って、なんだか気持ちイイんだよね。根元をつまんで引き上げると、すぽっ!という感じで根元から引っこ抜けます。

 普通に流通している小松菜は、この根っこ部分が切り取られて売られていますが、実はこの根っこ部分は辛味大根みたいな味がしておいしい。私なんか、引っこ抜いた小松菜の根っこの土を払って、そのまま食べちゃったりしてました(笑)。あ…衛生的に大丈夫なのかどうかは知りませんので、皆さんマネしないように。

 で、収穫した小松菜は新聞紙に包み、いのうえさんちと、いのうえさんのご実家、そしてにしだやさんちと私の家へ出荷。この日は合計7包みほどの収穫となりました。

OLYMPUS E-1 + Zuiko Digital 25mm F2.8

▼2013年10月31日

本ブログの表示トラブルについておしらせ

 過去に立てたエントリのせいで、一部アーカイブファイルを表示させようとすると、勝手に「josephfusco.org」という、海外のドメイン狩り場サイトにリダイレクトされてしまうトラブルが発生していました。

 原因となるサービス名は「ブログバトラー」というサイトで、このブログでは以下のエントリで紹介していました。

 ・2007年01月06日:ブログバトラー、意外と面白い
 ・2007年01月06日:ブログバトラー始めました

 また、そのエントリを表示する以下のアーカイブページも、同様にリダイレクトされるトラブルが起きていました。

 ・カテゴリ:PCとネット
 ・カテゴリ:ヲタ

 ・日付アーカイブ:2007年01月

 現状は、対象エントリのハイパーリンクを外すことで、勝手にリダイレクトされる現象は解決しています。
 以上、閲覧者の方々には、ご迷惑おかけ致しましたことをお詫び致します。

▼2013年09月09日

War and Logistics

 戦争については、マニアック受けするジャンルである故に、大勢の人が色々な視点で語っているようです。この語り口にもブームというか、流れみたいな物があり、昨今良く語られる事が「兵站・ロジスティクス」かなぁ…と思ったりしています。

 ロジスティクス=兵站=後方と訳してしまうことは誤りである…と言うのは、軍事評論家の故、江畑謙介氏が何度も主張されていた言葉ですが、確かに軍隊における「兵站」はロジスティクスに含まれますが、ロジスティクスは兵站である、と認識してしまうことは正しくはないようです。
 近年、日本語辞書における「兵站」は、ロジスティクスの事である、といった表記がされていますが、そもそも日本でロジスティクスという概念が本格的に広まったのは、戦後の話となりますので、例えば第二次世界大戦における日本軍の補給活動を「兵站」と呼び、そのままロジスティクスの解釈をかぶせてしまうことは、間違いなのです。

 日本国内で「ロジスティクス」という概念を初めて本格的に取り入れた組織は、ヤマト運輸が最初だといわれています。宅急便需要などで高まる個人向け輸送業務や、物流のスピードアップ・効率化を高めるために、輸送という概念から一歩広げた視野で、オペレーションを見直そうという動きだったようです。
 それは、集荷してきた荷物をどのようなルールで物流センターにまとめ各地へ配送するか。また、そのルートは何を選択するべきか。そして、それを運用・管理するためのシステムには何が必要か。更に、それを実現するための会社はどのような組織が最適か?など、輸送に関わる全ての部分を根本的に見直そうという試みでした。
 その結果、ヤマトの宅急便は、日本全国を全てカバーできる小口発送体制を築きます。
 私達の世代だと、従来の郵便小包がより便利で早く安い宅急便に置き換わってゆく様を記憶している人もいるかもしれません。とにかく、宅急便が築き上げたロジスティクスは、日本人の生活を変える程のインパクトがありました。
 またヤマト運輸は、自社が築きあげたロジスティクスの概念とノウハウを、他社に販売する事業も行っています。

 話を戦争に戻しますと、軍隊におけるロジスティクスは、ヤマト運輸における物流の他に、生産・調達・そして消費などをコントロールする概念が追加されます。
 つまり、軍隊において日々消耗する物資、弾薬や燃料、そして食料…また実戦となれば人員も消費の対象となりますが、それらを製造・手配し、無事に現場へ届け、また、必要なくなった物資や修理品(人も含まれる)を、修復場所へ送り届けなければなりません。

 よく、軍隊を表す言葉として「完全に独立した運用が可能な組織」といった言い方がされます。例えば、軍隊に似た組織としては警察などがありますが、警察は場合によって武力を行使することがあっても、それらを使う為の武器、弾薬、燃料、そして食料など、警察組織が独自に調達できる能力はありません。警察が警察力を行使するためには、それをサポートするための政府組織、並びに必要物資を調達できるための社会秩序がなければ機能しないのです。

 しかし、軍隊は違います。
 例えば東日本大震災などの災害時に自衛隊が派遣される理由は、燃料や食料が自由に調達できない地域において、彼等の行動をサポートするための、燃料補給や食糧輸送の体制を、全て組織内で解決できる体制を持っているからです。このように軍隊とは、補給支援が期待できない現場にいきなり派遣されても、それらを遂行するための人員をちゃんと有している集団なのです。故に独立した行動が可能な組織だと言われます。

 この、完全に独立した軍隊の行動、全てをサポートする概念が軍事におけるロジスティクスとなります。なお、この先の文章では前記を踏まえた上で、「ロジスティクス=兵站」と扱うこととします。

 ちなみによくある「素人は「戦略」を語り、プロは「兵站」を語る」という言葉は、ニワカを卒業したてのグノタがドヤ顔で語りたがるセリフですが、私からするとこの言葉から受けがちな解釈は正しくないのです。

 何故なら、戦争というのは国家の意思の発動であり、戦略がなければそもそも戦争は発生しません(もちろん、歴史にはよくわからない理由で発生した戦争もありますので、国家における戦略は戦争に必須ではないとも言えますが、例外的だと思います)
 この戦略も誤解されがちな言葉ではあるのですが、狭義の意味で使われる場合を除き、国家における戦略という言葉は戦争遂行を意味するものではありません。戦略とは、国家が何を目的に行動するのかを定義する言葉であり、そこには当然戦争も含まれますが、戦争以外の概念も多く内包しています。こちらの言葉も英語の「strategy」に「戦」という文字を与えてしまった故に誤解されやすい部分かもしれません。

 故に、国家が戦争に突入するためには、まず戦争に至るまでの戦略があり、その結果戦争に突入するにあたり、作戦を立案し兵站を整えるのが正しいのです。戦略の上位、または同級の概念に兵站はありません。

 また、第二次世界大戦でアメリカを初めとする連合国が勝利を収めたのは、兵站による勝利である…という解釈にもちょっと意義を唱えたくなります。
 なぜなら、戦争の局面において、枢軸国を陥れた結果については、やはり連合国の作戦ありきだと思うのですね。作戦と兵站は、タイヤの両輪…いや、ドライバーとタイヤみたいなモノで、どちらが欠けても走り出しません。

 例を挙げると、ドイツ軍のUボートにおける群狼作戦。
 ドイツは戦争に勝利するため、アメリカによる資源の乏しいイギリスへの海上輸送を妨害し、イギリスを飢えさせる通商破壊作戦に出ました。
 もちろん、アメリカは膨大な資源を元に、イギリスがドイツに負けないための兵站計画を練り実行します。しかし、ドイツUボートの通商破壊作戦は当初非常に効果的で、大西洋を渡る大量の輸送船団に比べると、非常に少ないと言えるだけの潜水艦で、圧倒的とも言える戦果を挙げてゆきました。事実、この戦果があと数ヶ月続けば、イギリスは完全に干上がったとも言われていて、そうなればブリテン島はドイツ軍に蹂躙されていたかもしれません。
 この圧倒的に不利な状況を救ったのは、兵站ではありません。あるアメリカの技術者が考え出した超短波レーダーの発明であり、それを航空機や駆逐艦に搭載して運用する作戦でした。
 この超短波レーダーを使う事により、以前は事実上探知が不可能だった、夜間に潜望鏡震度で航行しているUボートを捉えられるようになり、対潜哨戒機や、駆逐艦におけるUボート撃破率は飛躍的に上昇しました。結果、大西洋通商船団は安全が確保され、イギリスは国家破綻の状況を抜け出して、後の適切な兵站により、ドイツ軍へ反撃を行えるだけの余力を得られるようになります。
 繰り返しとなりますが、これは兵站の勝利ではありません。ひとつの作戦が国家を救った例となります。

 同じ考察は、太平洋戦争でも言えると思います。
 まず、戦争の転換点となったミッドウェイ作戦ですが、これはアメリカ必勝の戦闘ではありません。もちろん、日本軍の暗号無線を解読した事など、アメリカ軍有利だったという局面もありますが、それは結果論であり、暗号解読と言っても、当然ながら日本艦隊全ての全容を把握した訳でもありませんし、また、その段階でその暗号解釈が正しいとの確信もありませんでした。
 いくつかの幸運・不幸が重なり合い、日本機動部隊は壊滅してしまった訳ですが、その結果、日本は南太平洋全域での制海権を失い、兵站がボロボロになっていった訳です。しかし、もちろん日米の兵站に優劣はあったにせよ「日本軍は兵站を考えていなかった」という考え方は、客観性をもった分析ではないと私は考えます。
 仮にミッドウェイで日本軍が勝利していれば、逆に南太平洋での補給線に苦労するのはアメリカ軍だった訳です。もちろん、基本的な国力という点で日米は相当差がありますので、アメリカ軍が補給に苦労するのはどれくらいの期間なのか、今となっては判りませんが、これらの前提条件をすっ飛ばして、太平洋戦争は日本に兵站がなかったから負けた…というのは、結果しか見ていない分析だと感じます。そしてアメリカ軍が優秀な兵站術を遺憾なく発揮できた理由は、当然ながら作戦によっての勝利があればこそとなります。

 逆に兵站で戦争に勝ったと言える例も挙げておきましょう。
 1853年から56年の間に行われたクリミア戦争は、作戦よりも兵站の差が勝利を決定づけたと言えるかもしれません。
 当初はロシアとトルコが主立った交戦国だったのですが、ロシアがダータネルス、ボスポラス海峡の利権を得た辺りで、イギリスとフランスが参戦。状況は一変します。
 まだ帆船が主流だったロシアに対して、自由に航行が可能だった蒸気船で艦隊を編成していたイギリスとフランスは、気象に左右されにくい艦隊運用が可能となり、海上でロシアに対して優位を得ます。
 また陸上でも、クリミア半島のセヴァストーポリ要塞に立て籠もったロシアに対し、イギリスとフランスは鉄道など産業革命の恩恵を得た補給システムをフルに用いて、前線に兵隊と物資を滞りなく送り続けます。両軍とも終わりが見えない消耗戦を繰り広げた末、ロシアは籠城線という優位に立ちながら、結局敗退してしまいました。
 時の皇帝ニコライ一世は、鉄道は農奴革命の元として嫌っており、自国内に鉄道網を敷設することを極度に嫌っていて、そのため近代的な兵站が不可能だったとも言われていますね。

 ということで、色々と意見はあると思いますが、「戦いは数だよ兄貴!」や「兵站は勝利を決する」などという言葉は、文章でいうところの「見出し」であって、それが戦争の本質だと考えてしまうのはいささか早計かな、と思うのです。

 また、日本で戦争を語る人達の多くは、プロも素人も何故か「日本を弱く考えよう」という病気にかかっている人が多く、そのため日本が苦手だった部分こそ、実は戦争に勝つ為の重要ポイントである、という極端な考え方をする人も多いような気がします。
 確かに、太平洋戦争時、兵站=ロジスティクスの運用において、日本軍がアメリカ軍に劣っていたのは事実だと思います。しかし、俗に言う「日本に兵站はなかった」というのは間違いで、本当に兵站の概念がなければ、開戦当初に南太平洋からインド洋までの広大な地域に戦線を拡大することはできませんでした。それに、中国、満州などの大陸への進軍も不可能だったはずです。

 勝った要因を分析することは正しい事ですが、勝ち馬に乗った分析は、将来においてまた過ちを犯すでしょう。

▼2013年08月28日

好きなもの程こだわらない

 「こだわり」という言葉は、近頃は一般的にとてもよい言葉として使われることが多いです。私の記憶では、いわゆるバブル前後から、広告やコピーの世界で「こだわりの○○」的な使われ方が、飛躍的に増えてきたような気がします。

 自分も、なんだか他人から必要以上にマニアックに見られる事が多いのか(実際はミーハーでマニアでも何でもありません)、本や音楽について「こだわってそうだね」みたいな言われ方をすることが、普通の人よりは多いのかなぁ…と思っています。
 そんなときいつも思うのが、どんなジャンルでもマニアックになればなるほど、そのジャンルが好きになれば成る程、いわゆる「こだわり」ってのは減っていくのでは?…ということ。

 例えば、昔の自分は今以上にクルマが大好きだったのですが、あの頃はとにかく色々なクルマに乗りたくて仕方ありませんでした。もちろん、口では「あの車種はあのグレードじゃなければ」とか「あのメーカーのアレには…」などと適当なことを言っているのですが、と言いつつも、運転できる機会がありそうなクルマは、片っ端から乗ってきたと思います。
 私が一番好きなジャンルであるスポーツカーはもちろん、セダン、ハッチバック、軽自動車、軽トラ、4トン車、ATにMT…運転できる機会があればどんどん自分で運転してきました。これは車が好き故に、クルマに対するこだわりがなかったからだと思っています。普通は、わざわざ軽トラとか、機会があっても自分から運転したいとはあまり思わないものです。

 他、音楽も同じかなと思っています。
 このブログを読んでいる人は、いつもの私が訳わからん現代音楽とアニソンしか聴いていないと思っているかも知れませんが(笑)、それはネタとして書きやすいからそのような音楽についてどんどん書く訳で、実のところ、今日の通勤途中に聴いてきた音楽には、ビートルズがあったり、サザンオールスターズがあったり、ジャズがかかっていたりと、色々聴いているのです。

 私の場合、自分から聴く音楽については殆ど語らないため「サザンオールスターズのアルバムは全部買ったしカラオケでも歌える」というと、すごく驚かれる場合もありますし「ビートルズのレコードはみんな持ってますよ」と話すと、意外そうな顔をされます。
 最近ではブリリアントのモーツァルトBOX買ったときも、モーツァルト聴くんだ…と言われたりしましたが、ブログにも書いたように、モーツァルトのCDもレコードも前からそれなりに持っていたのです。
 他にも仕事で知り合ったJAZZ好きなおじさんに「今日お話しに出たアルバムのうち数枚は持ってますよ」と話したら、これも驚いた顔されたっけ…。その間にポップスやアニソンや現代音楽も同様に聴いているので、我ながら本当に聴くジャンルにこだわりはないなと思っています。

 もちろん、相対的に聞くことが少ないジャンルというのはある訳ですが、それについては結構理由がハッキリしていたりします。例えば子供の頃はエレキギターの音が嫌いだったので、今でもロックはあまり聴かないかな?というのはあります。でも、手持ちのiPhoneを見ると、プレイリストの中に、マイケルジャクソンやクィーンなどもチラホラありますので、今となっては聴き始める時期が遅かった為、量が他のジャンルに追いついていないだけです。

 そして私の場合「聴く」以外については本当に興味が無くて、例えば好きなアーティストのライブにせっせと通おう!とも思いませんし、ファングッズのたぐいも殆ど買いません。また、手持ちのレコードやCDのライナーノーツは未見だったりすることが多いです。
 たまに見ることはあっても、殆どの場合、写真やデザインを見ているだけで、そこに書かれている文章は読んでいません。なので、好きな音楽は沢山あっても、それについて他人と語るだけの知識は何も持っていないのです。
 おそらくこの先も持たないと思います。何故なら音楽は「聴け」ればそれで満足してしまうから。これもある意味こだわりがないと言えるでしょうか。

 ここまで書くと「それを聴くオーディオにはこだわってるじゃん」と思う方もいるかもしれませんが、ぶっちゃけオーディオ機器にはこだわらないからNaimAudioなんて使ってる訳でね(笑)。多分私が「オーディオ機器」を趣味としていたら、アキュフェーズとかマッキントッシュとか、もっとわかりやすい方に行っていると思います。私的には「音楽>オーディオ」の主従関係はハッキリしているつもりなんだけど、これも世間的には「こだわり」に見えるのかな?

 逆に音楽好きを自称する人で、「私はアニソンが嫌いなので聴かない」とか「クラシックが大好きでそればかり聴いている」というこだわりを持っている人は大勢いますし、私もそのような人を知っています。
 別にそういった聴き方を否定する訳ではないですが、私が考える「音楽が好き」という考え方にはあまり合致しません。それは、そういう特定のジャンルが好きだという話で、世間ではそういう人達も「音楽マニア」と言うのかもしれませんが、私は違うものと認識しています。ま、私がどう思おうとどうという事もないので、気にする必要はありませんが。

 逆に嫌いなモノ程こだわるな…と実感できるジャンルは、私の場合は食べものでしょうか。
 体質的な面もあり、私はネギを使った料理は基本的に口にしないのですが、そのせいか、食べられるレパートリーが他の人よりも少なく、食べものについては基本あまり興味がありませんし、見知らぬモノは殆ど口にしません。

 興味が無く好き嫌いが多いが故に、自分の好きなモノをしつこく探して買いますし、また、そればかり食べ続けたりします。
 なので特定料理や食材については、不要な知識ばかり付いてしまい、一部では「食べものにこだわってる?」みたいな扱いされているのですが、これは食べものというジャンルを愛さないが故に、特定のモノへの知識が深まり、それが逆に世間では「こだわり」と認識されてしまっている例です。
 嫌いなものが多いからこそ、他人から見るとなんだか詳しく見えてしまう、面白いなぁ…と思います。

 逆に、食べものが好きな人は、本当に何でもおいしそうに食べるんですよね。何を食べても「おいしい」という人は、私的にはすごく魅力的に見えますが、残念ながら(?)世間的にはあまり「こだわりの食マニア」的な視点で見られないようです。これもまた面白い現象です。

▼2013年07月24日

「垳」を守ろう

 皆さんは「垳」って地名知ってますか?「がけ」と読みます。ATOK2013で変換すると、一応出てきますね。東京都足立区六木の北にある、垳川沿い北にある地名です。

 自分は子供の頃から慣れ親しんだ漢字だし地名だしで、特別なモノとは感じていなかったのですが、どうやらこの地名と漢字、日本唯一のものらしいです。Wikipediaの「垳川」を読んでみても、

「垳」という文字はJIS第二水準漢字であるが、この河川ならびに八潮市垳の地名を表記する以外には使われない。

 とあります。

 この天然記念物的な地名ですが、どうやらつくばエクスプレス開通に伴い、大幅激減の危機にあるようです。

 ・「垳」を守る会

 ・白水社 :連載・エッセイ 今尾恵介「日本を定点観測する」 第24回 日本で1か所しかない文字の地名「垳」 ─ 埼玉県八潮市 

 もちろん、街や村は変化し続ける存在なので、区画整理やその他の理由で地名が変化することは仕方ないのかも知れません。ただ、近頃の自治体は、地名というモノの意味をあまりにも軽んじているというか、ま…とにかく、八潮市が大規模区画整理で新たに付けようとしている街の名前を見て下さいよ…。

〈A区域〉
美瀬西(みらいにし)、彩美(さいび)、潮音町(しおねちょう)、潮彩(しおさい)、桜町(さくらまち)、青葉(あおば)

〈B区域〉
美瀬(みらい)、南部中央、駅前、大瀬中央(おおぜちゅうおう)、本町(ほんちょう)、潮止本町(しおどめほんちょう)、花桃町(はなももまち)、

〈C区域〉
潮止東(しおどめひがし)、潮止、幸町、秋桜(こすもす)、潮美(しおみ)、末広、若葉


 上記白水社のエッセイより引用してますが、とにかく酷すぎる。まるで東急沿線の安っぽいニュータウン的な名前が連なっています。「潮彩」とか「美瀬」、「秋桜(こすもす!)」とか馬鹿なの死ぬの?って感じ。

 ちなみに「垳」地区は消滅しません。しませんが、大幅に面積が縮小されるようです。そのため、かつて「垳」に済んでいた人達の多くは、自分の住所が「青葉」とか「美瀬」とか、わけのわかんない地名に強制変換されます。ひどい話です。

 残念ながら、八潮市役所に勤める職員は、大半が八潮市民ではないと聞きます。そのため八潮の地名に対する愛着もないのかも知れません。この人達にとって昔から住み慣れた地名が、住民にとってどんな価値があるのか…わからないんでしょうかね。

 地名は文化であり、時に歴史でもあります。行政の方々においては、昔から受け継がれてきた大事な地名を、これは「垳」の事例に留まりませんが、本当に大事にしてほしいものだと思います。

▼2013年01月28日

2013年1月第4週

 ボチボチと仕事も動き始める1月の下旬。しかし…動き出しが鈍いというか、ね。

 例えば、Webサイト制作に当たって、見積の条件に「原稿・素材は支給するモノとする」みたいな制限を設ける場合は多い。しかし、このような制限のせいで、逆に作業がいつまで経っても進行せず、納期ギリギリで突貫工事みたいな作業で無理矢理納品という例は案外多い。
 制作業者的には、表記ミスなどのやっかいな問題が付きまといがちな原稿作成などは、全てお客様任せにしてしまい、自分達は純粋に制作作業に没頭したいという気持ちもわからないでもないが、残念ながら、Webサイト制作を他社に発注するお客様というのは、普段、プレスリリースも書いたこともない担当だったり、あるいは、原稿をまとめた上に文章を整理するなんて、そんな時間がないから制作業者に発注したのに…みたいな場合が多かったりする。
 見積や、作業日程を設定するのにも、お客様が「何を望んで」いて「何を任せたい」のか、その位相を揃えないと、受注して作業が進んでから「この作業はどちらでやるの?見積に含まれてないんだけど…」みたいな話になりがち。
 自分がスタートから絡んでいる案件については、そういう失敗はしないよう注意しているのだが、それでも必ずそういったミスを防げる訳でもないし、また、営業でお客さんと接しているスタッフは特に、その辺の工数計算も忘れないようにしよう。

 プライベートだと、今週はアキヨドで売っていたガルパン仕様の八九式中戦車キットと、そのオプションの連結可動履帯を購入し、ひたすらプラモ作りに精を出していた。
 特に、履帯の組み立ては、金払って「苦行」してるようなもんで、左右合計160コマ×2の微少パーツを切り出し、ヤスリをかけて、接着するというマゾヒスティックな作業を夜な夜な、ワインを飲みながら行っていた。作業中の写真はこちら
 なんせ、真面目に色塗るまでのプラモ制作は、ひょっとして10年ぶり位なので、工具もほとんど処分しているし、塗料は残っていても、すっかり乾燥して固まっている(笑)。ま、またボチボチと工具類を揃えて、チマチマとプラモ作ってもいいかなと思う。なんにせよ、工作は楽しいよね。

 週末、土曜日はデパートへお買い物。美味しそうな食材をたっぷり仕入れてくるのと、他、江戸川台にあるLIFEというパン屋さんで、バターロールを買ってくる。ここのバターロールは本当にクセになる程美味しい。毎週出かける訳にはいかない距離ではあるが、美味しいパンが欲しくなったときは、また買いに行きたい。

 日曜日は、午前中は八九式の組み立てをがんばり、なんとか塗料吹けるところまでもってゆく。午後はアキヨドへ塗料の買い出し。アキヨドまで会社の定期券で気軽にいけてしまう快適さは素晴らしい。
 八九式の組み立て説明図によると、本体色はクレオス製Mr.カラーのオリーブドラブが指定になっているのだが、個人的好みでタミヤカラーのオリーブドラブにする。こっちの方が、緑が強くて色が暗いんだよね。帰宅後に早速吹いてみたが、なかなかいい感じの色になり一安心。
 ついでに、ヨドのポイントがチマチマ貯まってきたので、プラモ売り場の隣にあるCDコーナーをのぞき、ポイントでたまこまーけっとのOP曲を買ってみた。以外と良い感じなんだよな、この歌。

 週明けには会社の定期検診があるので、夕食は大分産と書いてある葉っぱサラダにオリーブオイルをかけて食べる。ワインもグラスで2杯程飲んじゃいました(笑)

 そういえば、ネットニュースで見たのだが「年齢確認にキレる老人」の問題。彼等の行為には全く同意するモノではないが、それでも不愉快になってしまう心境はわからないでもない。

 まずひとつに、今の若い人達には全く理解できないだろうが、成人男性が“若輩者”扱いされる事が屈辱だった時代があったこと。いま女性向け雑誌を賑わせている「マイナス00年齢に見える」的価値観とは全く逆。

 次に、こちらの方が根が深いと思うのだが、今のサービス業では「店都合のルールを客に負担させるのが当たり前になってきたな」ということ。

 これは、良い悪いの問題でもないのだが、おそらく今世紀頃からか…顕著になっているような気がする。そして、上記の例以外でも、経営側の都合を客に負担させる事例がとても増えてきたと思う。

 例えば、年齢確認ボタンについてもそうだし、悪評高いTポイントカードも同様。その他すぐに事例は出てこないが、私自身も無意識で、受けるサービスに対して「あ、この方がお店にとって合理的だよね」と思って、無意識にルールついて賛同+納得してしまうことが増えた気がする。

 そういえば、コンビニのレジでの行列についても、街でコンビニがここまで繁盛する前では、小売店でレジの行列に並ぶ機会なんて殆どなかったような気がしているのだが、私達はお昼時などのピーク時間以外でも、普通にコンビニで買い物するときは、2〜3人レジ待ちしている光景に慣れてしまっている。中には客に対して「床の→通りに並んで下さい」などと指定してある店もあり、それも普通の光景だ。

 しかし、ふと考えてみると、そういう文化は、スーパーマーケットやコンビニ文化の前には存在しなかった。例えそれが、合理的なものだろうがなんだろうが、客は客、従業員は従業員という区分けがもっとハッキリとできていて、とにかく客は欲しい商品をレジに持って行き、財布からお金を出す意外のルールは考えなくて済む社会だった気がしている。

 これは「コンビニなんて今はバイトばかりだし、それに何を求めているんだ」とか「ボタン押す位で何怒ってるの?」という感情論になりかねないが、どちらが良い悪いではなく、ただ、以前の日本はそういう社会であったということだ。
 そして最近、取って付けたように話題になっている「日本式のおもてなし」というのは、多分以前の日本のサービスを指しているのだと考える。

 たかがコンビニではあるが、それが日常。
 上記の事件、つい老人を一方的な悪として考えてしまいがちだが(もちろん破壊行為は紛れもなく悪だが)、その背景についても考えると、社会の変化をしみじみと感じてしまう。

▼2013年01月22日

2013年1月第3週

 大雪で開けた週明け、外出はなしで1日家で片付けなど行っていたのは先週のまとめでも触れた。

 次の火曜日は、都内の交通も混乱していたようだが、少し早めに家を出たおかげで、特に混乱もなく会社に到着。むしろ帰宅時の方がバスの間引き運転などに巻き込まれて混乱したように思える。

 仕事については、相変わらずまだあまり動きがない。それなりに大きな仕事が埋まっているので、この先大丈夫なのか心配になるが、待つのもこういった仕事のうちかな。
 来期の大型案件についてのヒアリングについて、社用車でお客様の元へご挨拶。その時に見た皇居の風景が真っ白でとても美しい。東京っていいな、と思うひとときであった。

 仕事以外では、ハルモニアムンディーの50枚BOXを購入した事と、コミック「絶対可憐チルドレン」と「銀の匙」最新刊を買った。
 「絶対可憐〜」については、連載開始時から購入し続けているが、大きな中だるみもなく、緊張感のあるテンションを保っているのがすごいと思う。主人公の少女達の成長ぶりやストレートな王道的展開など、長期連載のためすこし目立ってない気もするが、「ザ・少年漫画」といえるべき楽しさは、もっと評価されるべきかと。
 「銀の匙」については、連載初期に感じていた“すこし鼻につく”農業語りが大分取れてきて、普通に面白くなってきたと思う。さすがにもうスプーンは付属しないみたいだけど。

 他、ヲタ情報としては「琴浦さん」というアニメが予想外に面白かった。他、「たまこ」「ささみさん」「ビビッドレッド」も結構面白いので、今のところ視聴継続見込み。今期アニメは豊作なのかもしれない。週4本は私的には限界なので、今期、他に面白いアニメありませんように(笑)
 そういえば、飲み屋で「ヤマノススメについて語ってないね」と言われたが、一応見てはいるけど、特に語ることもないです。ついでに予約録画入れてるけど、5分アニメ(実質3分)じゃ、登場するアウトドアアイテムの記憶はあっても、ストーリーは印象に残らない。ただ、このアニメは30分枠でやってほしかったな。そうなるためには、モンベルとか好日山荘とかが、もっと儲けてくれないと無理か?

 木曜日には、いつもの「いのにし+私」コンビで水道橋野らぼーという、うどんや風居酒屋へ。今年の目標は「デイリーポータルの先に行く」ということに決定。とりあえず未丈ケ岳が議題に上がったが、さて…。

 土曜日はイラストの仕事が貯まっていたので出社。久々の休日出勤だけど、こういう仕事は休日の方が捗る。
 日曜日は、いのうえさんのご厚意で、再び「小松菜収穫」に出かけてくる。畑の区画の残りを全て刈り取ってしまおうと聞いていたので、MGFではなく、トランクの広いAUDIで出かけた。大量に収穫できてうれしい。何かお礼をしなけりゃな。

 先週も触れた大阪の高校の話が、世間ではまだ尾を引いている。
 この事件でとても不思議なのが、今でも問題となった顧問が、顔や名前すら公表されないこと。生徒が自殺したこととの因果関係はともかくとして、暴力行為は確定していると思われるのに、なぜ容疑者として逮捕されないのだろう。
 もう一つは、体育科の受験を停止することについて、受験生の生徒の親側が反発していること。死人が出ていて、なおかつその原因も全く追求されない現場に、自分の子供を送り込もうと考えている親たちは、自分の子供がその学校で毎日数十発の暴力を受け続け、その結果死んでも構わないと考えているのだろうか。
 仮に自分だったら、そんな命の危険がある学校などに、絶対に子供を入学させないと思うのだが…。

 

▼2013年01月15日

2013年1月第2週

 1月が始まったのだが、ここ10年位だろうか…、正月休みのすぐあとに、3連休あるので、どうもリズムを崩しがちな気がする。

 第一週、仕事始めだが、特に大きな動きはなし。大体定時+30分位で退勤していた気がする。それなりに仕事は詰まってきているのだが、後半が少し不安。
 そういえば、弊社よりリリースするアプリで、私がマスコットキャラをひとつデザインしたのだが(萌え系とかじゃないよ)、そちらがアイコンになったiOS用アプリが、1月の第三週にAppStoreよりリリースされると営業より報告アリ。エンドのクライアントでは、それなりの規模でプレスリリース打つらしいので、自分も楽しみだ。発売されたら早速インスコしよう。

 その他、業務については、年始の再起動のための打合せ…みたいな感じで、比較的ゆるい感じだった。他仕事関係のネタといえば、週明けの朝一で定期的に行われている、主に営業推進チームが受けているというCSR講習会に誘われたので、私も参加してみるつもり。

 仕事以外のネタでは、まず、正月明けの新作アニメシーズンになったので、それなりに録画してチェック。「たまこマーケット」と「ささみさん@がんばらない」、「ビビッドレッドオペレーション」の3本を見たが、どれももう少し続けて見てみようかなと思う。毎週見ているアニメが2〜3ないとちょっと淋しい気もするので。
 他、相変わらずアナログオーディオのMyブームは続いていて、ほぼ毎朝、シャルランのバロックレコードを聴いている。朝から心が洗われるようで、家を出る時間が15分位早くなった(笑)。これもアナログレコード効果か。

 金曜日には、久しぶりに銀座のサウンドクリエイトに行った。ブログで「36回払いまで金利0%セール行います」と謳っていたので、ザッと計算すると、ローンならMajik DSが毎月1万円以下で買えてしまうのかー、と思い、興味を持ったのだ。

 久しぶりに訪れたサンクリだったが、当然Snueky DSは置いていなかったので、SEKRIT DS-Iと、Majik DSMでの比較試聴をさせてもらった。
 因みに友人やネットの評判だと、Snueky DS≧SEKRIT DS-Iという話を聞いていたので、結果、Majikの優位性はかなりあると確認。うーん、悩みます。

 で、1日悩んで結局注文することにした(笑)。土曜日は契約のために再度サンクリへ。
 納期はおおよそ1ヶ月かかるそうだけど、納品日程(サンクリで製品を買うと、基本自宅までセッティングにきてくれる)のスケジュールが理由なのかな?と思ったので「送ってもらえればそれでいいですよ」と聞いてみたら、やはり本国に発注するので1ヶ月かかるとのこと。クライマックスシリーズならともかく、LINNは以前みたいに国内で在庫を持たなくなったのかな?ま、急ぐモノでもないので、ノンビリと待とう。

 その日は、銀座のサンクリをあとにして、日本橋三越に寄ってお菓子を買い、そのまま会社へ。
 なんでも、私の次の案件で使うjsの研究をするため土曜日出社します…と言っていた女子がいたので、甘い物を差し入れて様子伺いに行こうかなと。こういう場合は逆に女子の方が差し入れする品物に迷わなくていい。男子の場合は何もって行けばいいんだろう…缶ビールとかかな(?)w。
 会社に着くと、とりあえずjsまわりについては、思ったよりも研究が進んでいるようで、私が要求していた仕様は満たせそう。まずは一安心。

 日曜日は、朝から一日中ブロンプトンで走り回った。そちらについては後日紹介。

 週の初め、成人の日は大雪のため外出せず、一日中家で部屋の片付け。
 まずはいらない本をまとめて段ボール3箱分くらい出したあと、部屋の整理を行う。本についてはこれからも定期的に捨てるか売るかしてゆかないと、部屋がもう保たないので、定期的習慣にしていきたいと思う。

 ネットでは連日、大阪の体罰に関するニュースが語られているが、私はこのバスケット部顧問が行った行為を「体罰」と言っていいのか、疑問に感じている。
 個人的には、全ての体罰は絶対悪と言うつもりもなく、また、体罰ではなくとも、感情が高ぶって、他人をいくらか殴ってしまうこともあると思う。それはそれで暴力行為であることには間違いないのだが、それにしても、連日生徒を2〜30発殴り続けるという行為は、もはや体罰ではなく、れっきとした暴力行為…いや、虐殺行為だろう。
 そして、このバスケット部顧問は、連日報道される「体罰」という言葉に、むしろホッとしているのではないだろうか。
 虐殺行為と言われれば、絶対に許せないと思うが、例え行った行為が虐殺だろうとしても、「体罰」と言ってしまえば、そういう指導方法もある…みたいに世間は勘違いしてくれる。そして、この事例はもはや「体罰」とは言えない。言葉は正しく使ってほしいものだなと思う。

▼2013年01月07日

2013年1月第1週

 何となくだけど、今年からは週に1度程度、この1週間に思った事などをつらつらと書いてゆくエントリを立ててみようと思う。基本、このブログは、単一のアイテムや事象のみを扱う(ブログ的ではあるのだが)のが基本なのだが、そろそろ思ったこと、感じたことのアウトラインも、残しておきたいなと思ってきたので。もっとも、飽きてすぐに辞めちゃうかもしれないけどね。

 では、2013年第一週が終わった所で先週の話。今回は全てが休日だったので、1日ごとに書いてみる。

 1日目。そういえば、今年の正月は、概ね天候には恵まれていたと思う。
 大晦日の日に酒を飲んで、20時過ぎに寝てしまっていた私は、年明けのタイミングを逃し、起きたら1日の夜中2時。
 元旦は晴れると聞いていたので、晴れたら初日の出を見よう!という話になっていた。夜明け前からAUDIに乗り込み、常磐高速を走って、茨城県の大洗海岸へ。現地は初日の出客で結構な人だったが、残念ながら肝心の日の出は水平線上に雲がかかって見えず、太陽は、その雲を越えた7:30位に拝むことができた。
 その後は、特に目的もなかったけど、下道を延々と走り、阿見のアウトレットへ。
 数年前の私なら、一緒になって買い物する所だが、最近そっち系の興味が失せたというか、着る服は山程あるので、私は何も買い物をせず、アウトレットを後にする。しかし…元旦だというのに混んでいたなぁ。

 2日は、友達のいのうえさんと共に、小松菜収穫のおこぼれに預かりにゆく。ここ数年の小松菜収穫は、私もそうだが家族や妹も楽しみにしているようで、そのうち何らかのお礼をしなければならないのだが、できていない(笑)
 この小松菜だが、収穫したての味は想像以上で、葉以外の部分でも、根っこの部分はピリリと辛味がありとても美味しい。お酒と一緒に食べたい気分だ。
 また、茎の部分も水分たっぷりで瑞々しく、乾いた土の上に生えているのに、どうしてこんなに水分があるんだろうと不思議になる。
 水洗いすらせずにつまみ食いするので、衛生的にはちょっとアレかも知れないが、野菜嫌いな人(自分も含む)は、畑から直に収穫した野菜を口にすると、きっと野菜に対する価値観が変わると思う。
 その後はいのうえさんの実家やにしだやさん宅に小松菜を宅配し、そのまま2人で所沢まで零戦を見に行った

 3日は朝より秋葉原へ出陣。
 午前中にスタバでドヤリングした後は、適当に秋葉原の同人系ショップを覗くことにした。
 同人系というと、つい「エロ同人」を想像してしまう人が、男女問わず多いと思うが、最近では活字主体の同人誌も、秋葉原の委託ショップでは売られていて、そのマニアックな内容は、市販されている書籍とは価値観が違って面白い本も多い。
 ほか、同人音楽系にも面白い作品が増えてきており、価格もアルバムボリウムで1,000円台とお手頃なCDが多い。ジャンルは歌ものからインスト、初音ミクまでと盛りだくさん。初音ミクものと東方モノは、キリがないので手を出さないようにしているのだが、そういう縛りを儲けても、欲しいCDが沢山あって困ってしまう。なんせ基本は初回プレスオンリーばかりなので、今買わないと後で買えないモノも多い。結局4枚程買って帰る。

 4日は、友達とドライブ。北関東を適当に回り、途中のリサイクルショップに寄ったり、ココイチで食事したりと、まったり過ごす。こういう時間は悪くない。

 5日は、アメリカの友人宛に荷物を送る必要があったため、神田の中央郵便局へ…と思っていたら、G+で小松菜のいのうえさんが、カメラ持って都内を散歩すると書き込みがあったので、便乗して私も同行させてもらう。詳細はブログに書いたとおり。

 6日は自転車で遠征。こちらもブログを参照

 年末の休みは、割と音楽を聴いて本を読んだりしていたのだが、こうやって書いてみると、年が明けてからは毎日外出して遊びまくっていた。レコードもデータ音楽(この文脈でリッピングデータはどう言えばいいんだろう)も、あまり聴かなかった。でも、Sneaky DSもBasikも確実に調子が良くなっている。

 ただ、肝心の身体の方は、長い休みのせいか、若干精神が不安定になってきたようで、クスリを飲まないと眠れない日が何日かあった。
 睡眠前に薬を飲んだのも久しぶりだったのだが、思いの外精神のリバウンドが大きく、前向きな気分と後ろ向きな気分が交互にやってきてちょっと困った。これも、仕事を始めれば、徐々に収まってくるだろう。

 占い師によると、今年はいい年らしいので、この先も、のんびりと楽しく過ごせたらと思うのだが、さて…。

▼2013年01月06日

「都営まるごときっぷ」で都内を散歩

E1050650.JPG 昨日は友達と「都営まるごときっぷ」という、都営地下鉄、都バス(多摩地区を除く)、都電荒川線、舎人ライナーが1日乗り放題のきっぷを買って都内を散歩してきた。

 一応カメラを持ってぶらぶらと、中野方面から世田谷方面を散歩してきたんだけど、昨日はとにかく寒くて寒くて…のどかな散策気分とはいかなかったけど、とりあえずそれなりに楽しめた。

 コースは、秋葉原を出発して、まずは都営新宿線で新宿、それから代田橋行きの都バスに乗車して、途中中野付近で下車、そこからしばらく散策して、環七沿いから駒込陸橋行きバス、そして都立大学駅まで歩いて食事して、そこから目黒行きの都バスに乗り、目黒手前で降りて、目黒寄生虫館に寄り、それからスタバで一休み、そして、五反田方面へ歩き、都営浅草線で押上へ、そして東京ソラマチで解散という流れ。まぁ…きっぷのモトは充分取れたのではないかと(笑)

 写真は、杉並区内を散策中に撮影した民家。OLYMPUS E-3に、フォクトレンダー・ズーマーを装着して撮影したもの。詳細はリンク先を読んでもらうとして、コチラ、世界初のスチルカメラ用ズームレンズ。性能は悪い(笑)が、解放で撮影すると、とにかくなんでも懐かしい風景になってしまうという面白い描写をする。
 結構ごついので、なかなか持ち出す機会もないのだが、久しぶりに使ってみるとやはり面白い。

OLYMPYS E-3 + Voigtlander Zoomar 36-82mm F2.8

▼2013年01月01日

明けましておめでとうございます

P1010248.JPG 明けましておめでとうございます。

 昨年は、お世話になりました。

 今年もまた、皆様にとって良いお年でありますように。

 私はもう年が明けてしまいましたので、
 来年から頑張りたいと思います。

▼2012年12月29日

忘年会でタロット占いをお願いしてみた

 今日は会社の忘年会。

 忘年会と言っても、グループ社員総集合(って訳にもいかないんでしょうが)な訳で、会場は豪華に都内一流ホテルのホールを借り切って行われました。出席者はザッと見て3〜400人位いたのかな?

 当然それだけのイベントとなると、各種出し物もそれなりに行われています。アームレスリング大会にカラオケ大会、そして卓球大会(同じフロアの女子チームが優勝して賞金で社用のマッサージチェア買うといってた)など、イベントも盛りだくさん。

 そんな中、毎年恒例らしいのですが、各占い師さん達による出張占いコーナーin収益はチャリティーへ…というイベントが行われていました。
 こんな機会でもなければ、一生占い師さんに占いをお願いすることもないと思いますので、チャレンジしてみます。

 人相占いや手相、星座、水晶など様々な占い師さんがいたのですが、私はその中でタロットコーナーへ行ってみることに。お金払って占いしてもらうとか、人生初めての経験です。長生きはするもんです。

 スタッフに案内され、別室のタロット占い師のお姉さんの前に座ります。なんせ占いとか初めての経験なので、何を聞いてよいのかわかりません。思わず「皆さんどんな事を占ってもらうんですか?」と質問してしまいました(笑)

 お姉さんによると「そうですね〜、仕事運とか恋愛とかお金とか色々です。もっとピンポイントで占ってほしいことがあれば、状況を説明してもらえれば占えますよ」とのこと。じゃ、順番に聞いてみようかな?ということで、持ち時間15分の間に色々聞いてしまいました。その結果…

1:総論
 運気は絶賛上昇中。今年の6月前後からすごい勢いでよい状態になっている。その状態は来年の中盤でピークに達して、しばらくそのまま続くとのこと。

2:仕事運
 来年はかなり良い。今までやってきた仕事の集大成があり、それがが一段落して、新しいことに挑戦できる。挑戦してもしなくても、仕事は成功するでしょう。とのこと。

3:健康
 そろそろ歳なので、自分の健康よりも両親の健康を聞いてみましたが、両方とも至って健康。その他説明してもいないのに、結構核心を突くような話もされたのですが、ぷらいべ〜と(笑)なので割愛。

4:異性
 出会いは1月、次が2月。必ずと言っていい程一生続く良い異性との出会いがある筈。但しすぐには結婚に至らない。それを逃すと、春から夏にかけては仕事の良い運気の方が勝るので、出会いは厳しい。ただ11月にも良い出会いのピークがある。

5:金運
 収入も増えるが支出も増える。あなたにはお金に換えられる何かを持っている。それに気が付けば財産も増える。ただ、入るだけ使ってしまう(ドキッ)ので、財産が増えるかどうかは微妙。ただ、金運も上昇中なので、お金に困ることはない。

6:エピローグ
 あなたの今年は、春先からすごく良い状態で、今年は仕事の仲間に恵まれたターン。とにかく良い運気が続いているから、自信を持って色々なことを始めるチャンスです。

 だそうです。
 つまり、来年はイケイケの年だということですね。おそらく人生最後の運気上昇年だと思いますので、少しは前向きに生きてみようかと思いました。

 しかし、占い師さんってすごいよね。
 実は私の方からは殆ど喋らず、質問も「来年の仕事運はどうですか?」みたいなかなり抽象的な質問しかしていないのですが、彼女が語る言葉は、私の核心をかなり突いているというか、おまえ私のメール不正アクセスしてる上に、Twitterのアカウント知ってるだろ!と言いたくなってしまう位、見事に私のことを知っています…というか、知っている気にさせてくれます。

 人生初の占い体験でしたが、結構ショックも受けて面白かったなー、というお話でした。

▼2012年12月21日

エレベータのひらくボタン

 エレベータの「ひらく」「とじる」ボタンの認識が、昔からできないのです。

 ここの所、毎日エレベータを使っているんですが、扉についての操作ボタンが、幼い頃から全く「認識・cognition」できません。いや…少し詳細に言えば、意味がわからないのではなく、図形を認識した後「認知・recognition」というプロセスが働かないと、どちらが開くボタンで閉まるボタンなのかが、頭の中で判らないということです。

 例えば、私がエレベータに乗ろうとして、その後から別な人が慌てて乗り込んでこようとした時など、とっさに「開く」ボタンを押してあげる事ができないのです。
 何故なら、ボタンを「認識」して「認知」しなければならないので、「とっさ」の動作ができないからです。


Yazi 01


 上は一般的なエレベータの「開く」「閉る」ボタンです。一般的には、上記の記号で大勢の方が正しい意味を「認識」できるから、このような記号がボタンに採用されているんだと思います。しかし、私の場合は全くダメです。上記のボタンを目で見て認識した場合、全く反対の意味で捉えてしまいます。


Yazi 02


 上の図を読み解いてみると、正しい認識は左になると思います。つまり、さんかくの尖ったアイコンを「矢印」だと認識する例です。おそらくこっちの人が殆どなんだろうなぁ…と思いますが、私の場合は全く逆、右側の認識をしてしまいます。
 図では「不等号」と書いていますが、どちらかというと、私の場合は、さんかくの図形を、進行する方向ではなく、エネルギーが解放される方向として認識しているようです。「とじる」のボタンを、左右から力で押し付けるイメージ。そして「ひらく」は、その力を左右に解放しているイメージ。通常の認識と全く逆ですね。

 でも、ここで不思議なのは、上記のボタンの図形を何度も見ても、脳が覚えないことです。毎日のようにエレベータのボタンを押していれば、いずれ脳が学習して「認知」しなくても、条件反射的に図形の意味を学習するはずです。
 しかし、そうならない理由は、上記のように図形の意味を中途半端に「認識」してしまうからかな?と思っています。

 極端な話「しまる」ボタンが「☆」で、「ひらく」ボタンが「Д」だったりと、図形の持つ意味が、その動作を全くイメージさせない図柄であれば、単に脳で、それらの符号に意味づけを紐付けるだけなので、何度かボタンを押していれば、慣れてしまうのかも知れません。

 同じような疑問を持っている人はいないのかと検索してみると、以下のページでエレベータのボタンについて考察されています。

 WentWayUp: WebLog:エレベーターの開閉ボタン問題への解

 上記サイトからの引用になりますが、私としては、以下のボタンデザインが秀逸だと思いました。


OpenClose DoorIcon


 ちなみに、私のように、やはり迷う人もいるようで、デイリーポータルでは「開くボタンはほぼ左!」というスローガンで頭の認識を上書いてしまう提案をしているようです。

 デイリーポータルZ:エレベーターの開くボタンは、ほぼ左

 なんだか、結局のところ、エレベータの「ひらく」「とじる」ボタンは、記号・視覚デザインとして、失敗なんじゃないかな?と私は思っていますが、皆さんはどう思いますでしょうか。
 そして、とっさにどちらが「ひらく」ボタンなのか、正しい「認識」でボタンを押すことはできますか?


 

▼2012年11月11日

あの頃、クルマはネットワークマシンだった

PB114193.JPG 自動車が若者に売れなくなっているみたいです。もっとも、若い人だけじゃなくて、中年の働き盛りの世代や、お年寄りの人にもあまり売れていないようです。

 その原因を、自動車メーカーや自動車ジャーナリズムの方達は「運転する喜びの喪失」といい、社会学者は「若者の減少」「都市化による自動車の必要性の減少(と考えちゃうのは都心西側に住んでる世間知らずの学者でしょうか?)」といい、経済学者は「税負担の増大」とか言っています。

 でもね、「税負担の増大」はともかくとして、上記の理由は自動車を買わない理由にはならないなーと思います。
 何故なら、地方ではどんどんローカル線やバス路線が消えてゆく中で、自動車の必然性は昔よりも逆に上がっているからです。また「運転する喜び」については、スポーツカーが売れない理由にはなっても、自動車が売れない理由にはならないかなぁ…と。

 あの夜、まだクルマはもちろん免許ももっていなかった僕は、クルマっていいなと思った。Bのコロナがなければ、AもBも僕もあのとき集まらなかっただろう。Aはひとりアパートに取り残され、Bと僕は何も知らずに寝ていただろう。Bにコロナがあったから、AはBのところに行き、ふたりは僕のところにやってきて、かの女がでていったその日の晩のうちに3人で平塚に行くことができた。シートが倒れてくるコロナがあったから、Aは平塚の商店街でその夜、ひとりバカヤロウと叫びながら泣くことができた。

 これは、写真にもある「スズキさんの生活と意見」という本126Pの引用。彼はEngineという月刊誌を創刊し、編集長として働いてきた人です。その前は月刊NAVIという雑誌の編集長も務めていました。

 私は、この本のこの引用した部分に、かつての私達がクルマに望み、期待していた部分が集約しているなぁ…と思ったのです。

 以前私がTwitterでつぶやいた中で「若者は常に人とつながれるアイテムにしかお金を出さない」と書き込み、それなりのRTやFAVをもらったのですが、あの時代のクルマは、まさしく「人と人とがつながるアイテム」でした。

 あの頃、本当に東京都内の駅沿いに住んでいた人ならいざ知らず、二十歳前後の仲間が、夜どこかに集まってみんなで過ごすという遊びは、クルマというアイテムがなければほぼ成立しません。だれかクルマを持っている人が、誰かと電話で連絡を取り、そして別の友達を拾いに行き、その流れでまた別の友達を拾いに行く…。もちろん全員が知り合いの場合が殆どですが、たまには「○○の友達」という、あまり面識のない人が、その車内の空間を共有することがありました。

 また、男女とのつきあいにもクルマは必須アイテムのようなモノでした。彼女を迎えに行き、初めて夜のデートで横浜に行ったのも、クルマがあればこそです。
 また、車の中で異性を口説いたり口説かれたり…、まだ個室カラオケも少なく、漫画喫茶もない時代には、そういうパーソナルな空間はクルマの中にしか存在しませんでした。

 そこで、尽きることがないおしゃべりを楽しみ、車窓を眺めながら、知らぬ間に夜は白んでくる…そんな青春時代を過ごした人はきっと沢山いたはずです。
 バブル期のテレビや雑誌の中であった、オシャレなバーで仲間同士朝まで過ごす…なんてことは、せいぜい年に数回でしょう。例えバブル期でも、若い時代ってのは、そこまでお金を持っていませんでしたから。

 しかし今では、そんな友達とのコミュニケーションも、携帯電話やインターネットで代替できるようになっています。
 例えば、最近流行の無料通話アプリやスカイプを使えば、日曜日の午後など何となく家でブラブラしているときでも、友達どおしで接続し合い、それぞれ時間を気にせず、適当に会話しながらずっと過ごすことができます。直接会って話す必要はありません。

 異性とのコミュニケーションも、実際の行為はともかく、帰宅後にお互いスカイプを立ち上げれば、それこそ同棲生活のような、生活の中での自然な会話のやり取りができてしまいます。

 それらを「バーチャルな人付き合いでうんたらかんたら…」と否定してみても仕方ありません。ただ、あの頃、私達と仲間達を結びつけるため絶対に必要だったクルマは、なくても済むようになったのです。

 そして「若者の自動車離れ」という批判や危機意識は、そもそも成立しないということを、デジタルデバイドの向こう側にいる大人達は理解出来ていないのかもしれません。

 でも、若い人達はきっと昔からあまり変わっていないよ、と、私は思ったりしたのです。この本のこの部分を読んで。

OLYMPYS XZ-1


▼2012年09月02日

Bromtonで早朝パトロール

P9023609.JPG いや…近所のツタヤにDVDとCD返しに行っただけなんですけどね。営業時間中に返しに行っちゃうと、また借りての無限地獄に落ちるので、レンタル品は大体早朝にサクッとポスト返却しちゃいます。

 そのまま、ブロンプトンで近所をぶらぶらと30分位徘徊。さすが朝の7時前だと、空気もひんやりしていて、半袖だと寒いくらいです。そして、その途中何となく寄ってみた地元の小さな公園です。

 思えば、小学生の頃は毎日この公園を突っ切って学校へ行き帰りしていました。この公園、住宅街のど真ん中にあり、自動車ではアプローチできない細い路地の先にヒッソリとある公園なので、地元の人でも知らない人は多いんじゃないかな。

 すべり台やブランコは割とキレイになっていましたので、まだ、地元の人達に、ちゃんと利用されているんでしょう。子供の頃の風景がまだちゃんと残っていて、少し嬉しくなりました。

 写真撮影後、小雨がパラパラと降りてきましたので、慌てて家に帰ります。

OLYMPYS XZ-1

▼2012年08月31日

夏休み最終日はプチ掃除

 今年の夏休みは、数年ぶりに割とまとまった日数休めたんだけど、外出はあまりしませんでした。
 初日土曜日に結婚式で軽井沢石の教会へ日帰りで行っただけで、これは遊びじゃないしな…。他は特撮博物館に行っただけ。あとは午後からアキバ(笑)とかそれくらい。夏休み6日間連続であったけど、外出というか家から出たのが3日だけでした。

 まぁ…久しぶりに家にこもっているのも、それはそれでいいもんで、1日ボーッとしながらラジオを聞いていたり、ゴロゴロしていたり…案外音楽聴いたりとか読書はしないもんで、何が何だかよくわからない間に1日が過ぎていた感じ。

 で、夏休みの最終日の昨日だけは、少しは何かするかと思って始めたのが、部屋のプチ掃除。掃除と言っても普通の人から見りゃ「全然片付いてないじゃん」状態なんだけど、江戸っ子の粋のごとく、人目に付きにくい所を主に…ね(笑)

 例えばPC周りだと、用途がよくわからないUSBケーブルが、ハブに何本か刺さっていたので、こちらを除去。それと同じくよくわからないネットワークケーブル。また、電源タップ周りでも同じく何に使っているのか判らないコンセントも全て抜き取ります。
 また、LINNのSNEAKYがきたおかげで、CHORD Chordette Gemもお役御免になったので、オーディオシステムから取り外します。そして、ラック周りとかも軽く掃除機をあててほこりを除去。

 本については、とりあえずもう絶対に読まないであろう本を100冊くらい処分に回します。こちらは、マンガと違ってブックオフに持っていっても売れないから、そのままゴミに出す感じかなぁ。もったいない気もしますが、仕方ありません。

 なーんて作業をノンビリ1日かけて行いました。結果、見た目は机の椅子周りが少しスッキリしたかなぁ…って程度なのですが、精神的にはかなり開放感が生まれました。

 本当は、床に大量に並べてある本や、本丸である奥の院をどうにかしたいのですが、こっちはもう…自分がこの部屋で生きている限りはどうにもならないんだろうなぁ…と、あきらめています。
 近頃や「断捨離」とか「捨てる技術」とか、とにかくモノを捨てまくる生活が上みたいな風潮がありますが、本とか怪しげな機械とか、そんな自分が好きなモノに埋もれるような生活も、これはこれでアリというか、これが自分なんだと納得するしかありませんね。

 久しぶりの、特になんということのない、日記エントリでした。

▼2012年06月19日

田舎の風景、国道405号線より

P6103320.JPG 国道405号線で見た風景。この時期の山村は水も豊かで植物もまだ新緑の色がして、草の匂いも強くて好き。

 観光地よりも、こういう風景が大好きです。

OLYMPYS XZ-1

▼2012年03月06日

Twitterのアイコン保存用エントリ

Twitter用顔写真 ちょっと気分転換でTwitterのアイコン変えてみましたが、どうせすぐ戻したくなるし、いつ戻したくなるか判らないので、データはクラウドに保管!
 つことで、勝手ながらこのエントリに保管しときます。

 以上、自分以外に何の訳にもたたないエントリをお送りしました(笑)。それでも生意気に、アフリリンクくらいは貼っとくかw

撮ってもらったのでわからん


▼2012年03月04日

あきらめよう、日本

akirame 不謹慎かもしれませんが、2chのまとめサイトで面白い試みがあったので、自分もちょっとやってみました。題して「あきらめよう日本」です。

 ま、あきらめようは冗談としても、そろそろあの震災から一年です。Webサイトのトップページで今でも「東日本大震災のうんたたかんたら…」というメッセージを表示している企業は、そろそろそのメッセージを外すべきだと考えますし、私は1年を過ぎて尚、被災地の方に「がんばれ」ということも控えた方がいいのではないかと思います。つか、そんなに頑張ってたら死んじゃうよハッキリいって…。

 震災から1年は「頑張らないといけなかった日々」だったのかもしれません。でも、それ以降は、頑張らなくても生きていける被災地、を作るべく努力する段階ではないでしょうか。

 あと、いいかげん被災地でのボランティアも、徐々に縮小していくべきでしょう。今までボランティアが行っていたサービスは、正当に対価を支払うサービスへと、徐々に切り替えていくべきです。
 いつまでも復興作業をボランティアが握っていたのでは、地元住民に雇用は生み出しません。先程NHKニュースで「ボランティアが徐々に撤退してゆく」と報道されていましたが、私は基本的にいいことだと思っています。ボランティアの人達が達が行っていた、本来対価が得られる仕事は、段階的に被災地住民へと返してゆく対応が必要なのではないでしょうか。

 「あきらめよう」という言葉には色々な意味があると思いますが、私はそろそろ、震災前と同じ生活を取り戻す事は、あきらめた方がいいと思っています。その上で、皆が幸せになれる未来を探しましょうよ。

▼2012年02月29日

大阪の国歌問題

 大阪府に続いて大阪市でもついに施行されましたね。少し下品な言い方をすれば「ざまぁみろアホ教師共が」って感じです。

 私は日本には思想の自由があると思っています。だから、別に個人が君が代に反対しても国旗がイヤだと発言しても一向に構わないと思います。その点では反国歌・反国旗派の方々の主張には、賛成はしませんが、ま…勝手にしてね。と考えます。

 ただ…教育現場で組織的にそれをやるとなると、話は別で、絶対に許せません。

 許せないと言ってもね、別に左翼思想から卒業できない教師達の一部が、勝手に君が代斉唱時に起立しなかったり、国旗掲揚を無視するとか、その程度なら別に問題にならなかったんじゃないかと思うんですよ。
 つか、そんな人間イチイチ見つけ出してつるし上げる程、みんな暇でもないし、多くの日本人は、私も含めて、そこまで国歌や国旗に思い入れはありません。正直どうでもいい問題ですし、日本はそういう教師達が目指している全体主義国家ではないので。

 ただ、そういう学校という教育の場所で、組織的反日活動を行ったり、勤務中に趣味の政治活動のビラ撒きしたり、あまつさえ子供達に反日洗脳教育を施して「思想・信条の自由」とかほざいたり…それは到底許せるものではありません。
 つかね…よく言われますけど、民間企業で勤務中に政治活動やったりしたら、即クビですよ。勿論、そういう覚悟でやっているのならそれはそれである種尊敬しますが、どうせそんな覚悟もないんでしょ。

 自分達は勤務中に好き勝手に政治活動を行い、子供達に「反国歌・反国旗」という洗脳教育を行い、それでいて給料と退職金はよこせとか、どう考えても教師達の方が頭おかしいでしょ。
 つか、自分に子供がいたとして、学校の教師がそんな反日思想を子供に吹き込んでいたら、即怒鳴り込みに行きますよ。もちろん、子供が勝手に勉強して「反日」になったのなら、ちょっと苦々しくは思うかもしれませんが、それはそれで仕方ないと思いますが。

 Twitterでも書きましたが、この問題、本当に個人の信念として、個人の範囲で勝手に反対して、卒業式等の国歌斉唱の現場で、勝手にふてくされて座っていただけなら、世間も騒がなかったと思います。繰り返しますが、それを組織でやって、調子に乗っていたのがマズかった。

 「今の教育方針が気にくわない!」「間違っている!」と思うなら、何も知らない子供達を洗脳するなどという卑怯なマネを止めて、きちんと法律の手続きに基づいて、教育方針の法律・教育要綱を変えましょう。時間はかかるかもしれませんが、法律を変えるためには、広く皆さんに理解してもらう努力をするしかありません。そのルールを破って勝手に正義面している人間は、その辺で盗んだバイクで走り出しているDQNと同じ。

 不良ばっかりの学校は、校則もどんどん厳しくなって、過ごしにくくなっていくでしょ。それと同じです。それを「思想・信条の自由」とか逆ギレして…、今時の学校教師達は、一般的生徒よりも精神年齢低くなっているのでしょうか。

 あ…そうそう、世界広しとはいえ、ラブソングを「国歌」にしている国は日本くらいだ、って事もお忘れなく。思い入れやとある時代の象徴論などを語り始めると、また別な側面もありますが、単に「国歌」として詠むだけなら、周辺諸国を含め、ここまで平和的な歌を歌う国家も、なかなかないと思います。

▼2012年02月12日

日本の家電って本当に高性能なのだろうか

 主に黒物家電の話になる。

 近頃ニュースやメディアで、よく「にっぽんのものづくり」とか「高性能な日本の家電」という見出しが躍っているが、日本の家電は本当に高性能だったか?と振り返ると共に、今の日本製電化製品は本当に優秀か?と私は思っている。

 例えば、日本家電躍進の話で必ず出てくるSONYのWALKMAN。確かにあのアイディアは素晴らしいし、その後の「小さくて高性能」な日本家電のイメージにも大いに貢献しただろうと思う。その前のトランジスタラジオについては何ともいえないのだが、とにかく「音楽を持ち出せる」という新しいスタイル、私達を解放するイメージは、私もすっかり参ってしまい、歴代のWALKMANで「高性能」なモデルが出ると聞けば買い換え、「軽い」というモデルが発売されれば買い換えるという事を繰り返していたことがある。やっぱスゲーやMade in Japan!と本気で思っていたものである。

 それがすっかりダサくてみっともなくなったのは、iPodというライバルの出現ももちろんだが、私は勝手にソニーが自滅していっただけじゃないの?とも思っている。
 F特を無視した奇妙不可解な低音質モデルを「高音質」などと詠ったり、ATRACという意味不明で誰得なコーディックをユーザーに押しつけたり、更に最大の失態は、モデルチェンジされる度に、ユーザーにとって「不便」な製品になっていったという事である。もはや彼等の目線は消費者ではなく、各種権利団体をみながら製品開発をしていたツケであろう。
 最近は少しシェアを持ち直しているといわれているウォークマンだが、それ以前に、かつてiPodを持っていたユーザーが、iPhoneにしたりAndroid携帯に変更したというだけで、単体でDAP(digital audio player)を持ち歩いてるユーザーは減っているように見えるのは気のせいだろうか?

 他、テレビについても同じような事が言える。というか、あの地デジ…チャンネル変更うざったくないですか?だれもアレを改善しようとしないのが不思議ですらある。「地デジ」という規格そのものの根本的問題点だから仕方ない…といっても、かつての日本の家電メーカーの基準なら、あんな失態は絶対に許していないと思うけどなー。
 あと、トドメはB-CASカード問題だろう。著作権保護云々といってはいるが、少なくともあの機能で消費者が不便に感じることはあっても、便利に感じる事は皆無なはずだ。
 更に、最近日本の液晶テレビは、海外製品にコスト面で太刀打ちできないといっているが、当たり前だ。訳のわからんカード認証システムと、HDMI出力へのコピープロテクトなんて訳のわからん機能を実装しなければならない訳だからね。これも、消費者を見ずに権利団体の顔色だけを伺って作った結果だろう。

 テレビに付随する録画機器についても、もう訳がわからない。録画した番組データをコピーすることも出来ないし、他の機器で再生することも出来ない。つか、機械買い換えたら録画データは基本的に全てパァだ。こんな製品誰も欲しがる訳無いし、つか、DVDレコーダーとかBluerayレコーダーとか一生懸命買い続けている人の意味がわからないレベルだ。これも、消費者を見ず、権利団体の要望ばかりを入れて作った機械の1つ。

 他、PC周辺機器などまで含めて語り出すとキリがないので辞めるが、これらの機器、ハッキリいって日本製より、韓国製や中国製を買った方が全然便利なんだよね。一時期DVDプレーヤーは高級国産機を買うよりも、投げ売りの怪しげな中華製を買った方が何でも見られて便利…と言われていた時期があったが、今でも状況は全く変わっていない。

 日本製家電は世界を解放する製品だったのに、今世紀に入ってから発売される国産製品は、どれも「世界を狭める」モノばかり。こんなもんばかり作っていて今でも「テレビは日本家電の誇り」とか言っちゃう経営者は、もはや国際的ビジネスマンというより、その辺のユーザーレベルすら判っていない無能ビジネスマンに等しい。

 私は、世界の家電がヒットする理由に必ず含まれるキーワードとして「解放」があると思っている。これは黒物だけではなく、白物家電でも同じだ。
 洗濯機は寒くて辛い主婦の労働を「解放」したし、テレビとテレビ番組は、狭かった私達の世界を「解放」した。
 ビデオデッキはテレビの放送時間に家にいなければいけない不自由を「解放」したし、携帯音楽プレーヤーは、自宅で(しかも近所迷惑にならない時間)しか聴くことができなかった音楽を、いつでも好きな音量で聴けるように「解放」したし、スマートフォンは、自宅でPCに向かわないと出来なかったインターネットをどこでも使えるように「解放」した。

 振り返ると、今の日本製家電製品は、何かユーザーに向けて「解放」してくれる機能を実装しているのだろうか。
 高性能化・高品質化・高音質化などという抽象的品質は、一般ユーザーにとって興味の対象ではない。みんな、その製品を買うと「何が出来るのか」という具体的な性能を期待しているのである。残念ながら、その期待を受ける対象では無くなりつつある日本製家電製品の未来は、全く持って暗いだろうと感じている。本当に残念なことだ。

 以前Twitterにも書いたが、日本の家電メーカーは、体力が残っている今のうちに、自社で作ったテレビや音楽プレーヤーで配信するコンテンツを、共同で作ってしまう事を考えた方がいい。既存の俳優・芸能人が権利まみれだというなら、メーカーにとって有利な条件で契約してくれる芸人や歌手、アーティストを集めればいいだけのことだ。
 そうしないと、そう遠くない未来、日本の家電メーカーはテレビ生産や音楽プレーヤー生産から撤退せざるを得ない状況になる。当たり前だ、自社でどんなに高品質、高音質な製品を作っても、そこで再生・連携利用できるコンテンツがない状況なんだから。

▼2012年01月01日

八幡様

20120101_01.jpg 新年は、有名どころには出かけず、地元の八幡様に初詣をするのがわが家の風習…。

 ということで、例年なら真夜中年が明けた頃に行くのですが、今年はノンビリと午前10時過ぎに歩いて参拝に出かけました。

 去年もいい年ではありませんでしたが、今年はいい年になるといいな。少なくとも、初詣の最中だけは、毎年そんなことを思っています。

 皆様にとって、今年がよい年でありますよう。明けましておめでとうございます。

OLYMPYS E-3 + Zuiko Digital 14-54mm F2.8-3.5

▼2011年12月31日

アキバで火事?

20111231_02.jpg 昨日、12月30日の話ね。

 JR秋葉原電気街口付近のビルで、8Fより煙が上がったとの通報があり、消防隊が出動!だそうです。現場の消防士さんが言ってました。

 しかし…不謹慎かもしれませんが、目の前でマジはしご車のショーが見られたのは、アレな系の人達にとっては、とんだご褒美だったよね。消防士かっけー!

 幸い、建物に異常は無かったようです。よかったね。

OLYMPYS XZ-1

▼2011年07月03日

終電間際に電車が止まったらどうすればいいのか

20110703_01.jpg 昨晩は友人の家に遊びに行っていて、その帰りの夜、人身事故に巻き込まれてしまった。このまま電車が止まっていては、地元TXの終電に間に合わない。
 友人宅では朝まで残っている人もいるという話だったので、わたしもそこから友人宅に引き返えすという手もあったのだが、ちょっとどうなるか興味があったので、あえて「意地でも帰宅する」手段を選択をしてみた。

●人身事故発生

 土曜日の夜、東武東上線上板橋駅から東上線で池袋に向かおうとしていて、ホームで電車を待っている時に「人身事故が発生しました」とのアナウンスがあった。
 既に時間は23時を超えていたので、その時点では余裕があったにせよ、30分以上電車が動かないと、秋葉原発のTXで終電を逃してしまうとい状況。

 まずは上板橋駅の駅員に、状況を確認。「このまま電車が動かないと自分は自宅に帰り着けない」と言ったのだが、返答は「まず電車が動き出さないと何ともいえません」とのこと。これは仕方ないかなと思って、一度ホームに戻り停車している池袋行きの電車に乗った。

 その後アナウンスがあり、どうやら人身事故の処理は終わったが、その後の警察による現場検証で、おおよそ一時間の運転停止を見込んでいるとのこと。この時点でTXに乗って自宅に帰ることは不可能になった。早速駅員の所に行って状況を確認しに行く。

 同じ質問をしたら「電車が動き出してから…」という同じ回答しかしないので、少し強く「もう、自分は自宅まで電車で帰ることができなくなった。逆に私はどうすればいいのか?」と質問。予想はしていたのだが、駅員は先程の答えを繰り返し、要領を得ない。そんな中、別な人が「タクシー代とかきちんと出すんだろうな!」と声を荒げていて、ようやく駅員から「タクシーについては池袋駅で相談して下さい」との、少し前向きな回答が得られた。つまり、駅員側からは“補償の提案”をしないルールが決められているのであろう。ちょっと腹は立ったけど仕方ないのかもしれない。

●電車が復旧して動き出す

 おおよそ一時間くらいだろうか。24時前に東上線は全線で復旧が終わり、運転再開。深夜の登り線にもかかわらず、座席は全て埋まっている位の乗車率。私が座っていた両隣には、それぞれ別なグループの女の子が座っていたのだが、電話で「このままだと家に帰れない」とか「終電に間に合わない、どうしよう」などと、家族や友達と通話していた。ま、この時間になれば、そりゃそうだろうね。

 深夜でダイヤも薄い時間帯だったせいか、特に電車の詰まりもなく、割とあっさり池袋駅まで到着した。時間は24時を少し回った位かな?

●タクシー代請求手続き

 ということで、池袋到着後、私は上板橋の駅員に指示されたとおり、駅の改札口へ向かう。列車先頭方向の一番大きな改札口が良かろうと、そこで駅員に相談してみたら、「後ろ方向の改札にいって相談して下さい」との事。
 こういうの、車内アナウンスであらかじめ言ってもらえれば、わざわざ余計な手間かけないで済むのになーと思ったのだが、東武鉄道側としては、可能な限り“補償”を公にはしたくないんだろうなーと。

 早速、一番後ろ側(北池袋側)の改札に行くと、今度は「裏の事務所側に回ってくれ」と言われる。で、裏の事務所側の扉を開けて入ると、そこには帰宅できなくなった難民であふれて…ってあれ?5人位しかいなかった。

 手続きは簡単。口頭で自宅最寄り駅を申告し、電車で行けるまでの場所からタクシーを利用していいという証明書を発行してもらえる。利用区間については、駅員がその場でおおよその区間を用紙に記入する。私の場合は秋葉原駅から埼玉県まで。タクシー代は利用者が建て替える形で、後日その証明書と領収書を申請場所に持参すれば、お金を返してもらえるという話だ。

 ここで想定される問題としては「現金を持っていない場合はどうするのか?」という点。私はクレジットカード持っているので問題ないが、タクシー代は場所によってそれなりの金額になってしまう。そういうとき、駅員でお金の立て替えしてくれるんですかね?

 あともう一つの問題は、申請書を発行してくれた場所までの電車賃。毎日通りがかっている人なら何かのついでに寄ればいいと思うが、私が池袋に来るためには電車賃がかかる。この点を駅員に相談してみたら、上司に確認に戻り、その結果「東武線の駅ならどこでも構いません。お客様の場合TXで北千住で下車できる定期をお持ちのようなので。そちらでお金を受け取って下さい」との話だった。どうでもいいけど、彼等が東武伊勢崎線を「本線」と言っているのが面白かった。「本線の北千住駅で」とか、そんな感じ。

●まとめ

 今回の結論として、東武線の駅員は、それなりに終電後の帰宅手段について対応はしてくれるんだな…という点はわかった。ただ、これはそういう対応を自ら求めない限り与えられないという点には注意しておきたい。

 上板橋の駅では、駅員側から「帰宅手段の補償」は口にしなかったし、電車内でのアナウンスはもちろん、駅に到着しても、自らこういう手段を知って、あるいは困って相談に行かない限りは、補償は与えられない。また、ある程度強気に出ないと、現場駅員も役に立つ対応をしてくれない。すまなそうに質問していては、いつまで経っても「もう少し待って下さい」としか答えない。これは問題だと思う。

 また、私が乗車していた電車内では、あれだけの人間が「帰宅できなくなって困ってる」相談を、家の人や友達にしていたにもかかわらず、タクシー代申請の窓口の人がとても少なかったのが意外だった。
 知らない人は、知らないまま自腹でタクシー代等を負担し、帰宅したのかな〜なんて思うと、少しかわいそうだ。
 もちろん、鉄道事業者としては、あれだけの人間に対し積極的に「タクシー代出しますよ」と言えない事情も理解するが、にしても、少し不公平感がある後味の悪さは消えなかった。

 ちなみに、秋葉原駅から自宅までのタクシー代は、5,700円程度。これは土曜の深夜という、道路ががら空きの状況での値段であり、平日ならもっと高くつくだろう。
 誰が事故を起こしたのかは知らないが、見ず知らずの人間の人身事故でいきなりこれ位の金の負担を迫られたら、結構腹立たしい程度の金ではある。

 あと、エントリの趣旨とはずれるが、本来なら、あんな時間の事故で、のんびりと一時間程度かけて現場検証を行っている警察共が、乗客のタクシー代を全額負担すべきなんでは?なんて思ったりもしている。
 つか、列車事故における警察の現場検証時間って、年々長くなってる気がしているのだが、これは気のせいなんだろうか。

OLYMPYS XZ-1

▼2011年06月27日

つくばエクスプレスの被災状況

20110627_01.jpg ま、今更ではあるけど、つくばエクスプレスの東日本大震災における被害写真をどうぞ。

 これは、柏たなかから守谷の間、秋葉原からだと利根川橋梁を超えた辺りの線路。1カ所だけ結構グニャッと変形している。

 震災後、しばらくはこの状態のまま徐行運転を行っていたけど、今はもう直ったのだろうか。一説によると、高架橋の橋桁から傾いていたらしいので、修復にはかなりの時間がかると言われていたのだが。

OLYMPYS XZ-1


▼2011年05月07日

谷中ネコ探し

20110507_01.jpg 生憎の雨模様だった本日の東京地方。こんな日に無謀だと思いますが、友達と谷中でネコを探しに、デジタル一眼レフをひっさげて出かけてきましたよ。

 ま、当然ながら、雨の日なので猫は殆どいなかったのですが、谷中墓地を抜ける頃、妙にサービス精神旺盛なネコ達が現れて、しばし撮影タイム。ネコ達にとってはエサをねだっていたつもりだったんだろうけど、何も食べものを持たない私達にも、たっぷりとサービスしてくれました。おさわりもOK。私はネコとじゃれて爪で手を引っ掻かれました(笑)

 つことで、その中のネコ写真を1枚。晴れていたらもっとたくさんのネコと会えたんだろうけどね。

OLYMPUS E-1 + Zuiko Digital ED 50-200mm F2.8-3.5

▼2011年05月04日

上野のヌコ

2011050403.jpg このエントリーを書いている今「NHKで岩合さんと犬猫写真を撮る」という番組が放送されており、私も対抗して上野のヌコ写真をアップしてみる。
 ちなみにこの番組、犬猫以外にも、オリンパスユーザーにとっては涙ものだな。フォーサーズのPENやE-5がガンガン出てます。

 こちらの猫は、上野の東京都美術館の中にいたノラらしき猫です。片眼がちょっと痛いのかな?

 つことでこの番組に感化されて、今週末は友達と谷中で犬猫撮影会やってきます(笑)

OLYMPUS XZ-1

▼2011年04月16日

カワウソ分を補給!2

2011041602.jpg ついでに市川市動植物園のカワウソ写真をもう1枚。こちらは牙が片方欠けてますね。

 カワウソの牙ってまた生えてくるのかな?

OLYMPUS E-1 + Zuiko Digital ED 50mm F2.8-3.5

カワウソ分を補給!

2011041601.jpg 何気にカワウソ分を補給。カメラを向けたら威嚇(?)されました。流し目がなんだかキュンときます(笑)

 しかし、市川市動植物園ってのは、カワウソ好きにはパラダイスだなぁ。もう何時間見ていても飽きないよ。

 公共交通機関だと、ちょっと行きにくい場所だし、動物の数も少ないんですが、その分カワウソ好きな人や、レッサーパンダ萌えの人達にとっては、じっくりと過ごせるのんびりとした動物園です。

OLYMPUS E-1 + Zuiko DIgital ED 50-200mm F2.8-3.5


カワウソ/佐藤淳一

▼2011年04月06日

恋するスタバ

20110406_01.jpg 皆さんは初めて一人でカフェに入った時の事って覚えてますかね。自分はあまり覚えていないのですが、こうやって日常的にカフェに入り浸るようになったのは、割と最近だと思います。

 数年前の私といえば、外出先で食事するのもあまり好きではなく、ましてや「コーヒー」を飲むためだけにお店に入るなんてもってのほか、お金がもったいないじゃないですか!ってスタンスだったのですが、それは建前で、ホントの所は人見知りが激しかっただけなんですよね。
 もちろん、全く飲食店に入ったことがなかった訳でもないけど、入るお店はファミレスやチェーン店の定食屋など、店員さんとの関係がドライで済みそうな所。席に着いたとたんに「本日のお勧めは…」とか「今日は天気がいいですね」などとフレンドリーに話しかけてきそうなお店などは問題外。また、同様な理由でおっちゃん達が集まるような居酒屋も苦手で、周りの人たちが「おねーさんビールね!」と親しげに注文している中で「すみません、ビールを中ジョッキでひとつ」とか言うのもまた恥ずかしい…ま、そんな理由で、外食というか、外出先でサービスを受けること全般が苦手な私だったのでした。

 それが知らない間に、ちょっと時間ができればスタバなどのカフェに迷わず入るようになったのは、何がきっかけなのでしょう。うーん…以前つきあっていた女の子がこういう場所が好きだったから?いやいや…例え女とつきあっていても「今晩は家でカレー作るから」とか言って帰っちゃう自分(笑)なので、それはないかも。だとするとなんででしょう、と真剣に考えると、実はPCの進化による要因が多いのではないかと、そんなつまらない結論になってしまいそうです。

 そうなんですよね、思えば私は、自分で使うPCは必ずノートブックという原則を頑なに守っていて、実際に今まで購入したマシンでノートブック形式じゃないPCは、少し前に購入したiMac27inchのみ。それでも更に、持ち歩けるMacBookProを追加購入しています。
 で、思えば私がスタバなどのカフェが好きになった時期というのは、Let's noteを購入して使い始めた時期と同じなのです。

 そこそこのマシンスペックと液晶解像度に、なんといってもカフェで使っても不満が出ないレベルのバッテリ能力。いままでは「ノートPCさえあればどこでも仕事やネットができる」といっても、実際は電源の問題やネットワークの問題があって、なかなか難しかった。それが今では、ノートPCとイーモバイル端末を持ち歩いていれば、おおよそ首都圏の範囲内であれば、どこでもPCが使える。ACアダプタもいりません。

 そそそ、そういえば以前はんぺん型のiBook G3を使っていた頃は、秋葉原に無線LANを無料開放していたカフェがあって、休日となれば意味もなくそのカフェにiBookを持ち込んでネットしてた、って時代もありました。あのときに、自分の中での「カフェアレルギー」が克服されたんだろうなぁ。

 タイトルと違って、なにやらヲタっぽい結論になってしまいましたが、そんな理由で、今の自分はカフェでPCいじって仕事したりネットしたりブログ書いたりするのが好きになった…というお話でした。

OLYMPUS XZ-1

▼2011年03月17日

奥の院の被害

20110317_01.jpg 現在、震災の影響で奥の院には立ち入れない状態となっております(笑)

 ま、この程度で済んでるから良かったんだけどね。

OLYMPUYS XZ-1

▼2011年03月14日

覚悟完了!【計画停電】

20110314_01.jpg 山用ヘッドランプを用意して、計画停電くるならどんと来いってかんじ…。

 停電と言っても19時までだから、みんなでがまんしましょうね。

OLYMPUS XZ-1

▼2011年03月13日

地震後の日曜日

20110313_01.jpg まずは、地震二日後の日曜朝に、スターバックスでのんびりお茶出来る事に感謝。

 Twitterなどを見ていると「この震災時になにかしなきゃ」「この震災時に不謹慎な」とか、そういう気張った書き込みが多いけど、ほとんどの心配は多分必要のない心配。被災していない人たちは、落ち着いて、普段通りの日常を普通に過ごすべきかなと、私は思ったりします。

 とりあえず被災地以外の人たちは、食料を買い占めたり、必要以上に気張って仕事休むとか、そういうのやめて、普段通りの日常+経済活動+できる範囲での協力…に従事するのが、復興への一番の近道ではないかと。

OLYMPUS XZ-1

▼2011年03月12日

地震なう

20110312_01.jpg 今日の地震はすごかったね。自分は都内にいたんだけど、このような看板が倒れていたりした。すぐ近くでは高層ビルの建築現場があったんだけど、こちらもすごかったなぁ。

 一応、事務所のあるビルを出て近くの中学校に避難してみたけど、既に多くのビジネスマンが校庭に避難していたよ。

 で、地震後の都内は、帰宅難民の皆様で大騒ぎ。
 公共交通機関も止まっているし、既に帰宅できる状況ではないので、仕方なく手下と二人っきりで事務所に居残りで夜を明かしています。

 明日の朝は、地下鉄とか復旧しているかなぁ。

OLYMPUS XZ-1

▼2011年02月14日

雪が降ります

2011021401.jpg 東京は雪です。…ってウソです見栄はりました。埼玉も雪です。

 一応地元では幹線道路なんですけど、私が家に帰る頃、21時前後には、路面がうっすらと雪に埋もれていました。
 明日は普通に出社できるのでしょうか。

RICOH GR Digital

▼2011年02月06日

坂のある街

20110206_01.jpg 昔から、坂のある街に憧れているのである。

 もちろん、実際に済んでいる人からすれば「坂なんてめんどくさいだけ。自転車での上り下りもめんどくさいし…」と言われるかもしれないが、やはり、3次元的空間を地面から感じることができる感覚というのは、市内の最大標高が4m(その場所も土手の上)なんて、超平坦な街に住んでいる私から言わせると、かなりうらやましい。

 とくに、このような下まで一直線な坂道というのは、なんだか見ているだけでワクワクする…。もっとわかりやすく言えば興奮する。なんでなのかはわからないけども。

OLYMPUS E-1 + Zuiko Digital 25mm F2.8

▼2010年09月19日

スターバックスのタンブラー

100919-01.jpg これだけ利用しているんだから、いい加減タンブラーでも買ってみるかと思って、スタバ創業時のイラストが描かれたタンブラーを買ってみた。

 いや…それだけなんですけどね。

CONTAX SL300RT*

▼2010年04月07日

さくらの花びら回収中

100407-01.jpg なのかな?@神田川。

RICOH GR Digital

▼2010年01月17日

MY名刺を持っていますか?

100117-03.jpg 実はこっそりと個人用の名刺をつくってまして…昨日のこちらのセミナで使ってみました。一応、会社の領収書は切ってもらったのですが、心証的には個人での参加だというつもりだったので。

 以前から個人用の名刺ってのは、こういう仕事をしていると「必要かなぁ…」とは思っていて、その他にも、仕事以外での付き合いの人に、さっと個人用の名刺を渡せるのもいいかな、なんて思っていました。

 この名刺、肩書きなどは、あえて何も書いていません。その代わり今風にツイッターのアカウントを追加してあります。そういう方が印象に残るかもしれないし、遊びと仕事の時に、口頭での説明で使いやすいしね。ま、本当に仕事としてのお付き合いの場合には、ちゃんと社名入りの名刺渡しますけど。

 ああいうセミナの場所だったから、個人名刺配っている方は結構いらっしゃるかなとは思いましたが、あの場で明確に「個人」と会社で名刺を使い分けていた方は、私の記憶だと1人だったかな。それと、ツイッターのアカウントを名刺に記載してる人も1~2人しかいなかったかな。そういう意味で、私があの場でこの名刺を使ってみたのは正解だったのかもしれません。

 希望者にはお配りしますので、お会いした時にでも「くれ」と声をかけて下さいね。
 ちなみに、余白が多いのは、手に取った方達が色々とメモするのに便利かな?なんて思いもあります。余白部分には「あいつはアホだ」とか「ヲタっぽかった」とか、適宜落書きしてお使い下さい(笑)

OLYMPUS E-410 + Zuiko Digital 50mm F2.0 Macro

▼2009年09月28日

あああ、味だけで勝負なんて…

 「あああ、味だけで勝負なんて、いかにも低俗な発想だわ!顔の良さだけで恋人を選ぶようなモノよ!」

 うんうん、このセリフは非常に含蓄がある言葉だと思う。

 「おおお、音質だけで勝負なんて、いかにも低俗な発想だわ!顔の良さだけで恋人を選ぶようなモノよ!」

 「せせせ、性能だけで勝負なんて、いかにも低俗な発想だわ!顔の良さだけで恋人を選ぶようなモノよ!」

 「ががが、画質だけで勝負なんて、いかにも低俗な発想だわ!顔の良さだけで恋人を選ぶようなモノよ!」

 わかるとは思うけど、上から「オーディオ機器」「クルマ」「カメラ」の話ね。

 残念ながら、日本のガキ…それとネット上に巣くう青二才共は、上記の理屈が理解できないんだろうなぁ。私はどんなに音が良くたって、醜悪なデザインのオーディオ機器を使う気にはなれないし、どんなに性能のいいクルマがあっても、運転が楽しくなくちゃ乗る気になれないし、どんなに画質が良くても、質感が良好でないカメラは使う気になれないし…。

 って正論を、日本のユーザーはきちんと言わないから、日本製品ってのは没落する一方なんだよ。アホなマニア共が言う所の音がいいなんて話になってた日本の単品オーディオ機器は実質全滅状態だし、安物ならともかく、プレミアムレベルで日本車が外車にかなわないのは事実なのに認めないし、今でもライカのカメラとレンズをバカにする事が生き甲斐の安物国産デジタル一眼レフユーザーは大勢いるし。

 ま、それが日本人だってのなら、それも日本人たるゆえんか。その気質を否定はしないが、少しは外を見ろと思うね。

 ちなみに、上記セリフの元ネタは、利き酒大会でカリフォルニアワインに負けたフランスワインの言い分…を、漫画の作者が創作したセリフ。このセリフが「負け惜しみテラワロス」としか思えないとしたら、それはあなたがそのレベルだということ。

▼2009年08月23日

戦争と一般の仕事は一緒

 今日寄った本屋さんで「零戦に搭載する2,000馬力級のエンジンが完成していたら日本は負けなかった」なんて書いてある本があったなぁ…。まぁ、日本では戦争学なんて学問もないし、何処の大学でも真面目に戦史や戦争に関する研究を行っていないので仕方ないか。

 たとえ話をすると、カンガルーの西濃が使っている宅配カーに搭載されているエンジンが、ヤマト運輸に搭載されている宅配カーよりも性能がよければ、ヤマト運輸に勝てるのか…みたいな議論を真面目に行っているのに等しい。もちろんそんな訳はないよね。

 過去も今もきっと未来も、戦争の本質というのは、前線で必要とされる物資(兵隊や兵器も含む)を、如何に計画通り、滞りなく投入できるかのロジック勝負でしかない。派手な作戦やカッコイイ兵器のスペックに踊らされる人は多いけど、ある一部分で作戦や兵器の質が勝敗を左右することがあっても、戦略的に俯瞰してみると、結局戦争というのは、必要な物資を必要なだけ、滞りなく前線に投入し続けられた方が勝つという、単純な法則が見えてくる。
 そういう意味では、日本では国レベルの勝利とされている「日露戦争」が、世界的には「局地戦」という扱いでしかないのは正しい。あれはロシアが戦争から降りた…故の勝利だからね。多分現場の司令官達は、その意味をよくわかっていたんだろうと思うけど。

 という事で、以前も同じようなこと書いたけど、あの手の本で「太平洋戦争、日本はこうすれば勝てた」みたいなことを書いてる人は、その「勝利」をどう定義しているんだろう。ミッドウェーの作戦で勝てれば日本は勝利…なの?仮にミッドウエーという作戦レベルで日本が勝利したとしても、それは日本が「米国」に国レベルで「勝利」を収めたという意味ではないんだが、そういうの理解してるのかな…なんて思った。

▼2009年08月15日

B地区

 昨日電車に乗っていたら、隣にちょっとお胸がスレンダーな感じ(笑)の女性が立っていて「あらきれいなお姉さん」と思って何となくクビから下を見たらB地区丸見えだった。こっちも緊張しちゃったよ(笑)

 その後、電車の窓の外を見て…でもちょっと気になる(笑)なんて思ってしばらくしたら、どうやら自分でもB地区が丸見えなのを気がついたみたいで、真っ赤になって胸を押さえてモジモジしながら電車を降りていってしまった。気がつくまでに、一体何人の人に見られたんだろうか(笑)

 あれって、多分ユニクロなんかで今流行ってる、ノーブラファッションだと思うんだけど、ノーブラファッションは、むしろ胸のある人じゃないと上がスカスカになって見えちゃうこと多いと思うよ。貧乳の方はガマンしてブラきちんとしましょう。

▼2009年08月07日

風力発電

090807-02.jpg 酒田に出かけた時も思ったんだけど、日本海側沿岸では、全国で風力発電所設置が標準となりつつある感じ。
 今回北海道を走っていても、日本海沿岸方面は次から次と風力発電用の風車が建っていて、まるでマクロスプラス冒頭のシーンみたいだ。

 この発電用風車、写真は広角レンズなので判りにくいが、実際はとても迫力がある大きさ。更に、山の向こうから顔を出す程の大きさの建造物が、かなりの速さでプロペラを回転させている様子は、何やら非現実的というか、シュールな感覚すら覚える。プロペラ直径が何メートルあるのか知らないが、大体1~2秒で一回転していたので、相当速いペースだ。

 こういう場所で回転していると、取り付けミスで落下してくるプロペラとかないだろうな…なんて、ちょっと不安になるね。

RICOH GR Digital

▼2009年07月28日

電車で隣に座った女の子が…

 何となくヤバそうだ…と思っていたら、案の定私の方に寄りかかってきて、まぁ…いいけどさ…と思いながら私も居眠りしてしまって、ふと目を覚ますと、隣の女の子の頭が目の前にあった。

 びっくりして体を動かすと、一度起きて真っ直ぐになった女の子は、また30秒後くらいに私に寄りかかってきて、更に同じように私の前に頭を投げ出すような体勢になってきた。

 ワザとやってるのだろうか…。

▼2009年07月27日

頭が痛いのは

 この前箱で買ってきた「爽健美茶」のせいかな。

 ここの所毎日リットル飲んでる気がする…。

▼2009年07月14日

関東甲信越で梅雨明け

 だってさ。平年より6日早いらしい。

インワーミーノーすると眠れん

タイトル通りなんだけどね(笑)。

ワイン飲むと、なんだか夢心地にはなるけど、あまり寝てしまう事はない。だけど、その夢心地状態で体が満足してしまうのか、その後眠れなくなってしまうんだよね。

あまりいい傾向ではないな…。酒を控えればいいんだろうけど。

▼2009年07月13日

TVタックル

 バカやろう!農民なんて税金で救う必要ねえんだ。救うべきは農民じゃなくて農業だろ。農業支援を農民支援の特定利権にすり替えるなっての!

せんとくん

 せんとくん問題については、せんとくんのキャラ性より、ゆるかわキャラに毒されたバカ共の批判がウザイと思っていた私だけど、結果としてせんとくんは、NHKの歴史番組のキャラになるくらい成長してしまったね。

 しかし…何が何でも「ゆるキャラ」を是とする、センスのない連中の批判を全く無視したことが、結果としてプラスになったね。以前も書いたと思うけど、あるイベントのイメージキャラクターを、公募とするか、特定のデザイナーに依頼するかは、イベントディレクターが判断すべき事で、そんな事で騒ぎ始める市民クリエーターズ団体が、かなり安っぽく感じたものだ。

「J」

 いきなりだけど、田中邦衛の「Jビーフ」と、田中美佐子の「J窓口」の動画が見たい…。ようつべではありませんでした(笑)

▼2009年07月12日

マタニティーヌード

 テレビでやってます。

 「傷をなめ合う道化芝居」

 という言葉を思い出しました。

 記念に自分達だけで見る分には「そういうのもアリだな」と思いますが、人に見せたがるってのは理解できない。そんな状態でも、自分の姿を他人に誉めてもらいたくて仕方ないのか。

▼2009年07月11日

執着心で、いまだにディレクター

 無職の私だけど、「あなたはナンの仕事をしてきましたか?」と聞かれれば、「Webやデザインのディレクション」と答えるだろう。無職の分際でお笑いかもしれないが、私の意識としてはそんな感じ。

 多分、別な職業を選べば、もっと楽というか、もっとしれっと生き続けられる気がするんだよね。でも、今、今日、この時間までは、私はまだ、Webディレクター/プランナーを職業としている。

 さて、この意地は何処まで貫き通せるのか…。

最近はツイッターやタンブラーでガス抜きしてるので

 こちらのブログのネタが、どんどんダークなネタばかりになってしまっているような。

 …もっと素直に生きようと、朝になると毎日誓ってます(笑)

メイド刑事

 iPhoneで遊んでいたら、知らぬ間にニュースが終わった後に始まっていたらしく、そして知らぬ間にクライマックスだった。

 しかし、日本の刑事ドラマって、どうしてポリ公共が平然と市民や容疑者に暴力ふるうのを容認してるんだろうね。しかも、逃亡している犯人を捕まえる時のアクションならともかく、手錠かけられてパトカーに乗り込む時の犯人を二人がかりでフルボッコなんて、イジメ以外何物でもないだろう。この脚本書いた奴狂ってるのか?
 普段暴力反対なんてほざいてる自称市民団体も、結局のところ、実際の公僕による市民への暴力や不当な権力介入なんて、興味ないという事かね。

 本当のラストしか見ていないので、批判するのもナンけど、胸クソ悪くなるドラマだった。もっとも、日本の刑事ドラマのほぼ全て、バカで胸クソ悪くなるモノばかりしかないようだけど。

▼2009年07月10日

外国で群れでしか行動できないのが日本人?

 って良く言われるけど本当なのかなぁ…と思う。
 というか、アキバなどの都内でみる外国人って、欧米系、アジア系問わず、みんな集団で歩いている気がするけどなぁ。

 で、たった一度しか日本脱出したことのない私が言うのも何なんだけど、オーストラリア行った時は、本当に一人で歩き回るのが楽しかった。
 思ったのが、外人って、見知らぬ人にも結構気軽に声かけるんだよね。でも、日本人でも、普通の住宅街を早朝に外人が1人で歩いていたら、軽く怪しんで「どしたの?」とか「ハロー」とか声かける人いるかな。
 私の場合、あまり時間は取れなかったけど、朝も昼も夜も、1人で観光地方面じゃなくて、住宅地とかスーパーマーケットとか、そういうエリアに出かけてたなぁ。途中の本屋(マガジンショップ)で立ち読みしたけど、立ち読みって外国だとマナー違反なんだってね(笑)、知らなかったよ。

 他、以前どこかでも書いたけど「ヴィトンの財布持ち歩いているのは日本の女学生だけ」なんて逸話も、少なくともオーストラリアでは、スクーリーで遠征していた女学生も、何人かヴィトンの財布持ってたの見たけどね。本物か偽物かまでは判らないけど。

 また、彼女達のファッションだって、別に日本人と変わらんというか、むしろセクシー系やフェロモン系以外のファッションも認知されてる日本の女学生の方が、バリエーション多いような気がする。男の子達は、確実に日本人の方がオサレ…というか、服装には気を使っているように見えた。
 他、お年を召した方…というか、早朝の住宅街でゴミ出ししてるような大人達でも、日本人みたいにスエット姿で出歩いていないのがちょっと好印象だったかな。まぁ、大筋で特筆すべき程、日本人と差はないと思いましたが。

 ちょっと話題が散漫になったけど、つまり、この手の自虐系「日本人は外国人に比べ○○…」ネタって、日本を出たことない人達が、妄想で作って広めているとしか思えない。それか「自分は旅慣れた国際人なのよ」という振りをしたい、自称国際人達か?

 たった一度の海外旅行で思ったことは、日本人も外国人も、普段の生活はあまり価値観に差がないもんだな…という事でした。

▼2009年07月08日

エスカレーターはどちらを空けるか

 いつかネタにしようと思って忘れてた。

 ★くっきり分かれたね 」:ネタミシュラン

 関西に行って思ったんだけど、大阪では確実に、みんな左側を空けてエスカレーターに乗る。つまり歩いて登る人は右側を歩く。
 これが、神戸や京都に行くと違うんだよね。左側を空けて乗ろうとする人もいるけど、大筋で右側を空けて乗ろうとする人が多いように見受けられた。ただ、たまに左側を空けようとする人もいて、割とカオス…というか、それは大阪国民の人なんだろうな。

 この画面では、兵庫県も京都府も左側を空ける方に投票されているが、実際左側を空けるというルールでエスカレーターに乗っているのは、大阪だけだと私は思った。彼等が一体何に対して反抗しているのかは知らんが。

▼2009年07月07日

偉そうに言わせてもらえれば

 私は、本当に色々なことを知って、その事柄について、他人に判りやすく解説できるスキルも持っているつもり。でも、結局はそれだけじゃダメなんだよなということ。

 え、何がダメなのかって?
 ズバリ、他人から好かれる才能が皆無だということだろう。好かれる才能はないが、困ったことに嫌われる才能については、あり余ってるんだよな。

 人から嫌われることでできる商売って、ないもんかね。もしあったら、私なんて億万長者間違い無しだけどな。

アメリカ女子はジンジロ毛剃るのか…

 シモネタで申し訳ないけど、ちょっと驚いたので…。

 10代の女の子が下のヘアを剃ってパイパンにするのって普通なの?」なんでも焦点

 個人的な感想だが、あまりに密林ジャングル状態なのもどうかと思うが、無毛よりは…なんというか、受け入れやすいと思う。本当に生まれつき無毛状態ならともかく、あそこの回りがオッサンのひげを剃った後みたいにぞりぞりしていたら…そっちの方が気持ち悪くね?

 その手のむだ毛って、剃るとどんどん太く堅くなるので、女子の方は、あまり余計な事しない方がいいと思いますが…。
 イスラムの女子達は、ある意味仕方ないみたいですけど。

▼2009年07月04日

酒を控える

 最近、酒を呑んだ私の暴れっぷりを心配して頂いている方が、こんな私ごときでも何人かいらっしゃるようで、ちょっと反省のため、ここ3日程、酒…というかワインを控えています。控えると言っても、呑まない訳じゃなくて、一晩で小さなワイングラス1~2杯分位。すこしほろ酔いになるかな、って程度です。

 体の調子がいいのかどうか…と言われると判りませんが、なんだか終日眠いのが止まらないって感じにはなりました(笑)。なんでかな。

▼2009年07月02日

死ぬ気があれば何でもやれる!

 そうでもないと思うが。

 死ぬ気があれば何でもやれる! 宝塚星組・紅ゆずる」:アサヒコム

 死ぬ気で頑張ればとは言うけど、逆にいうと、死ぬ気で頑張り続けないと回らない人生、死ぬ気で頑張る先に成功が見えない状況で、人は生き続ける意味があるのだろうか。

▼2009年07月01日

酒を呑むと

 どうも弱気になっていかんなぁ…。

▼2009年06月30日

誰か助けて…

 と書いても、誰も助けてくれる人はいないのわかってますけど(笑)

 ま、その程度の人間でしかないということ。例え1人2人でも、他人にとって、何かの価値のある人間になりたかったよ。

深夜の通販番組

 確か、日本の場合は放送法で、番組全体におけるCMの総量が決められていた筈なんだよね。でも、例えば朝のワイドショーなどでは、CMの前、番組内で局アナに商品を紹介させるなどして、巧みに総量規制を逃れていた…。

 ま、その程度ならいいと思うんだよね。でも、今のテレビ局における深夜放送ってどうなの?元々CMが以上に多いというのもあるけど、深夜2時過ぎた辺りから、全て通販番組じゃん。これって、絶対に規制に違反してると思うけど大丈夫なの…いや、大丈夫じゃないんだろうけど、マスコミ様を批判できるカウンター勢力ってのが、この日本には存在しないからなぁ。

 たまに「深夜の通販番組って好き」なんて言ってる人いるけど、わざわざそんなモノを延々と見続けるのが楽しい…って心境が、私にはさっぱり理解できない。

 きっとこのような「洗脳完了!」みたいな人達に、今のテレビ局って支持されているんだろうなぁ。

▼2009年06月29日

誕生日

 例えそれが形だけのものだとしても、誕生日でおめでたいと言われたのは、せいぜい学生になるまでの事でしょう。

 大人…というか、物心ついてから、自分の誕生日がめでたいなんて思われた事は一度もない。別に私は気にしてないので、どうでもいいんだけど、色々とネットを見ていると、自分の誕生日って、一体何がそんなにめでたいことなのか、いつも不思議で仕方がない…が、それは、己の存在を祝福してくれる他人が、いるかいないのかの差なんだろうなと思う。

 つーことは、私にとって誕生日イベントなんて、もはや遺伝子レベルで関係ない事でしかないな。

レノアのCM

 いつも見ていてすごいなと思うのだが、既に中年を過ぎたおまえらババア共が、全く不快な匂いを発散させていない…という前提でCMが制作されている事だな。

 旦那の汗の臭いがどうこうといっている前に、おまえらの加齢臭をどうにかしろと思うのだが、主婦はテレビ局にとって上客だからね。

 天地がひっくり返っても、絶対に主婦達の機嫌を損ねる報道はしません(藁)

ココロは郵便切手のように…

090629-01.jpg 実は、常に財布の中に、郵便切手を何枚か入れている私です。いつでも郵便出せるようにね。ちょっと意外でしょ、テツコ風にいうと「ロマンチック~」って一面もある私です。

 ただ、今回財布の中に入れていた切手は、小さな袋を無くしてしまって、ハダカのまま小銭入れの中に入れていたので、こんなに汚れてしまいました。果たして、この切手できちんと郵便は届くのでしょうか?

 え、心配なら使うなって…。だってMOTTAINAIじゃん(笑)。さっきポストに入れてきちゃったよ。

RICOH GR Digital

語尾に「オルタナティブ」をつけると、何でもかっこよくなる

 例えば、

 「flatearth・オルタナティブ」とか…

 「よっち・オルタナティブ」とか…

 なんだかよくわからないけど、ちょっと通っぽいかっこよさが醸し出されね?

▼2009年06月27日

みんなUSBになってしまえばいいのよ!

 エコエコエコエコと、世の中知らぬ間に「エコエコアザラク」のブームかい?と思ったら、当然そんな訳ではなく、エコロジーである。ちなみにエコロジー本来の意味は「生態学」だかんな。省エネ生活を意味してる訳じゃないぞ。

 で、ホントなのか詐欺なのか判らない勢いで、世の中はエコだらけ。クルマについての欺瞞は既に書いたので、家電に対する欺瞞を一つ。

 つかよ…確かに冷蔵庫とか洗濯機とかテレビとか、そういうモノの電力消費を抑えるのは正しいことだと思うけど、あなたたちの家には、もっと沢山の無駄…それでいて邪魔でしょうがないモノってあるでしょ。そうそう、少ないコンセントの回りに大量発生する、ACアダプタですよ。
 このWeb2.0時代(笑)になっても、ACアダプタってのは、本当になくならないですね。

 で、このACアダプタですが、皆さん、使わない時って、ちゃんとコンセントから抜いてます?もちろん「家には電化製品がつながっていないACアダプタは一つもない!」という人がいるのなら、それはそれで立派だと思いますが、私みたいなギーグ(笑)にとっては、例えばモバイルノートPCのACアダプタだって、PCつないでなくてもコンセントに刺しっぱなしだし、携帯電話の充電器だって差しっぱなし、また、常時通電している家電製品の中にも、ACアダプタを使って駆動している家電製品というのは本当に多い。
 というか、今時ACアダプタ使わないのは、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、扇風機、クーラー、そんなモンじゃないの?ちなみに私の手元に置いてある掃除機もACアダプタだ。

 これらのACアダプタって、触ってみるとわかると思うんだけど、発熱しているんだよね。もちろん、一流メーカーが製造、もしくは製品に同梱しているアダプタは、多少発熱している位で危険性は全くないんだけど、それでもさ、これらのアダプタが全て少なからず発熱してるってことは、それだけエネルギーを無駄に熱に替えて放出している…って事なんだよね。

 ノートPCやデスクトップオーディオ、携帯電話、iPod、その他諸々の小物家電は、そもそもAC100V電源なんて、ほとんど必要としない。つうか、そういう前提でACアダプタを製造すれば、これらの小物なんて、10個位はまとめて電源供給できるのではなかろうか。もちろん、そうなればそっちの方が効率的であることは間違いない。大体、ACアダプタを一つにまとめてしまえば、コンセント回りもすっきりしそうだし、電源回りからの発火事故だって減るのではなかろうか。

 つことで、このレベルの家電製品って、電源供給規格を全てUSBにしてしまえばいいんだよね。だって5Vあれば充分な機械ばかりでしょ。こういうのってさ。
 それよりももうちょっと大きな電力を必要とする製品は、最近ちょっと廃れたけどFireWire使えば、規格上は24Vまで電源供給できる。その2種類でいいでしょ、電源なんて。

 こういうのって、例えばデジカメのバッテリーなんかでも、何故あれだけ巧妙に互換性がないのか、いつも不思議に思うんだけど、製品本体が熾烈な価格競争に巻き込まれているから、せめて代替のACアダプタやバッテリなどで、利益率を確保しようと目論む、家電メーカーの「エゴ」でしかないのではないかと思う。

 何がエコなのかさっぱり判らない家電製品ばかり作ってるんじゃなくて、こういう足下から無駄を無くす努力を、メーカーはそろそろ考えるべきなんじゃないの?

▼2009年06月25日

自信を付ける方法

 本当につまらないことでも、あるいは、仕事で上司に決して評価されることがない事でも、自分で何か目標をもち、それをこまめに達成していく癖を付けるだけで、人間は前向きになれますよ。
 そうなれば、きっと上司の小言なんて、実にくだらなく、また、何を言われても、精神的にダメージを受けることもなくなります。

 多分、心に何らかの障害がある人じゃなければ、たったそれだけを心がけるだけで、人生はきっとうまくいくと思います。頑張りましょう。

▼2009年06月24日

ニュース見ていて思ったけど

 強盗にあって、理不尽に死ぬ、ってのも、いい人生の終わり方だな…と思った。

太宰治

 テレビでやってる。そうか…太宰は39歳で死んだのか…。

 成すべき事がない人間は、やはりこれくらいで消えるのが美しい。いや…太宰みたいに立派な人間ですら、39歳で死んでいるんだから、私などが生きていることは、恥以外何ものでもないな。

▼2009年06月22日

ちんこまんこあめ?

090622-02.jpg 掃除というか、オーディオ機器の入れ替えをしていたら出てきた。

 袋から出した時は「なんだこれ?」と思ったのだが、しばらく考えて思い出しました。これは、今から4~5年位前に、宮城県は牡鹿半島の先っちょ、金華山に登山してきた時、何となく買ってきたモノ。誰かにあげようと思ってたんだよな、すっかり忘れてました。
 なんというか、田舎のお土産屋のセンス爆発って感じのトホホアイテムだな。この飴を女の子に舐めさせるAVとかありそうなモンだけど(笑)

 ちなみに、金華山はいい山でした。

OLYMPUS E-410 + Zuiko Digital 14-54mm F2.8-3.5

剱岳・点の記を見てきました。

 週末より公開された「剱岳・点の記」を見てきました。

 結果から言うと、ストーリー的にはちょっと薄口な気がしますが、だからこそ、映画館で見るべき映画かなと思いました。あの山の映像は、テレビで見ても感動が伝わりにくいんじゃないかなぁ。

 なので、DVD化を待っている人も、テレビ放映を待っている人も、とりあえず映画館で見てくることをお勧めしますよ。

劒岳―点の記/新田次郎

▼2009年06月19日

最近の流れは厳罰化なのか?

 近頃すっかりテレビっ子(笑)な私だけど、そういうのを見て思うのが、近頃の民意(というかマスコミ)の流れは、刑罰の厳罰化を望む方向なのかなぁ…と。

 さっきも、18歳の少年が男性をホームに突き落として殺した事件について、テレビでやっていたけど、懲役は5年だそうだ。これって、加害者が少年であることを考えれば、別に不自然な判決ではない。でも、テレビのコメンテーターは「これが少年じゃなければ、死刑や無期懲役も可能なんですよ」と言っていたけど、え?日本っていつの間に人1人殺したら死刑の判決が出るようになったの?なんてちょっと驚いた。

 ヤクザ映画の「男になってこい」って言葉は、人を殺して7年間刑務所に入ってこいという意味だった時代は過ぎたのかなぁ…。

 もちろん、被害者の側にとってみれば、やりきれないのは充分理解できるけど、だからといって「殺人=死刑 or 無期懲役」という流れは果たして社会的に正しいのか。
 そもそも、一昔前のマスコミは、刑の厳罰化に反対の立場だったと思っていたのだが、知らぬ間に方針が変わっているみたいだ。

 こういう言い方すると「被害者の感情無視だ!」なんてお叱りを受けるかもしれないが、あえて歴史の話を。
 かつての江戸時代には「仇討ち」という言葉もあり、またそれは言葉だけでなく、制度として被害者の側の権利として法制化されていた。
 で、なんでこんな決まりがあったのかというと、人から聞いた話だが、なんでも昔の日本人は、身内を殺されても、その時はものすごく怒ったり悲しんだりするけど、しばらくすると忘れちゃうらしいんだよね。
 これが一般的な町民ならともかく、五倫を重んずる儒学を実質国教化していた武士階級が、これではイカンだろうと、仇討ちを奨励する目的で作られた法律らしい。それでも、身内が殺されて仇討ちをおこなうなんてのは、それ自体が瓦版のネタとして有名になっちゃう位だから、当時からあまりこの「仇討ち」を、真面目に実行していた被害者家族はいなかったらしい。
 そもそも、奨励せずとも皆が勝手に仇討ちを行っていたのであれば、わざわざ法令化する意味もない訳で(減刑処置があればいい訳だし)、そういう意味で、過去の不幸を吹っ切って前向きになるってのは、日本人のアホだけどとてもいトコロなんじゃないかと思うんだけどね。そんな気質を持った日本人だからこそ、普段から犯罪も少なく治安が良いのではないかと。決して警察が優秀なのとは違うと思う。

 ま、話がちょっとズレたけど、世の歴史を調べれば、過去の事例においても、刑の厳罰化が進む社会は、治安の悪化や社会的不安を背景にしている事が多いからなぁ。
 刑の厳罰化が治安の悪化をもたらすのか、治安の悪化が刑の厳罰化をもたらすのかは判りませんけど、刑の厳罰化を良しとする風潮には注意する必要があるかもね。

 もっとも、今の日本は、罪の重さと刑の重さのバランスが全く取れていない現状が多すぎると思う。過去にも書いたことがあるけど、偽証罪などはもっと徹底的に罪を重くしないと、今の裁判では嘘付かないのが損…ってのが常識だったりするから。

▼2009年06月15日

ナリピタン

090615-01.jpg 「耳鳴り・肩コリに ナリピタン」というクスリがある。以前耳鳴りが酷い時期があって買ったのだが、私としてはこのクスリ、強烈な副作用により、むしろ別な用途として使う事にしている。

 それはずばり「睡眠作用!」

 いや…このクスリの睡眠作用は本当にすごい。私にとっては、医者から処方された睡眠薬なんかよりも、ぶっちぎりで効く。
 昨日「小径オフ」から帰ってきて、さすがにきちんと寝ないとまずいだろうと思って、久しぶりに一錠飲んでみたのだが、既に20時間以上たった今でも、かなり頭がフラフラする。今日は朝7時頃に起きて、一応ご飯を食べて自室に引き返したのだが、もうその後何をしたのか意識が飛んでいる状態のまま、昼前にようやく起きたという感じ。すげーな、この薬。

 正式な使用方法には、1日食後に3回、一回に2~3錠服用とあるが、そんなペースで服用していたら、私の場合は永遠に眠りこけてしまうのでは?

 で、肝心の耳鳴りと肩コリに効いているのか…というと、正直よく判りません。ただ、ものすごい勢いで爆睡できますので、疲れは確実に撮れる気がします。ただ、頭はふらつきますけど…。
 こんなに効く薬のくせに、薬局で2,000円前後で買えてしまうというのも助かるというか、みんな大丈夫なのだろうか。

OLYMPUS E-1 + Zuiko Digital 35mm F3.5 Macro

▼2009年06月14日

ねる、おきる

 ここの所…というか、結構前からだけど、眠くなって一度寝て、1~2時間後に訳も判らず怖くなって目が覚めて、目が覚めると全く眠れなくなって…、仕方なくしばらく起きていて、また眠くなった所で寝て起きて…、というのばかり。症状は、薬を飲んでもあまり変わらず。

 まとめて数時間の睡眠を取るのは、大体、一週間に一度位になってしまった。自覚症状としては、肉体的にそんなに辛い訳じゃないけど、やはり、ぐっすりと眠れる夜が恋しい。

▼2009年06月13日

目が痛い

 昼間塗った日焼け止めを落とすの忘れて、風呂に入って汗をかいて、それが目に入って「痛いっ!」ってなると、ああ…夏だなぁ、と思う。

消えたい

 煙のように、この世から消えてしまえないものか。

 もう、明日なんていらない。でも、痛いのはいや。

▼2009年06月12日

電気の安全な使用

 ちょっと役に立ちそうなエントリを見つけたので、メモ代わりにリンクを。

 電気の安全な使用 ~「化学と安全」講義メモ」:研究と教育と追憶と展望

 そうなんだよな。電車の架線などは、モノによっては、触れなくても感電する事がある。
 さすがに、送電線みたいな場所には近寄れないけど、電車の場合、釣り竿持ったまま踏切を渡る…なんて、ついうっかりやりそうだし。

夏の夜

 夏という時期は嫌いじゃないが、夜だけは勘弁してほしい。

利用されただけ

 結局私は利用されただけなんだよね。で、用が済めば捨てられると…。

 もう、他人の悩みなんてまともに考えてやる愚行は絶対に行わない。どんなに目の前の人間が困っていようと、もう絶対に助けないと誓います。つか、本気で困ってるっつーなら、おまえ一人でとっととこの世から消えろと。

会話してると面白い人

 テレビでやってるなぁ。

 私とはいえば、私としゃべって楽しいと感じる人なんていないと思うな。そもそも私自身、人としゃべるのは、基本的に嫌いだし。

▼2009年06月11日

しかし…

 何の存在価値もないなぁ…。誰の役にも立っていないし、いるだけ無駄だろう。はやく消えてしまいたい。

 段々、鬱のクスリも効かなくなってきた気がするぜ。

あちー

 今日は1日都内にいたんだけど、午後から急速に暑くなって参った。

 もう夏かぁ…。

▼2009年06月10日

パチンコは儲かるか

 例えば、10人の人が1万円をパチンコに突っ込んで、うち9人が1万1千円に元手を増やして、残り一人が所持金を0にしたとする。

 多分、その9人は「パチンコに勝った!」と、ホクホク顔で帰り、またパチンコに余計な金を突っ込み、また負けた人も「9人も勝ってるんだから今日は運が悪いだけ。普段なら勝てる」とか思っているのかもしれない。でも、そんな状況だとしても、パチンコ屋は儲かってるんだよね。

 1人から1万円かっさらえば、残りの人間に千円ずつ配っても、まだパチ屋の手元には千円が利益として残る。もちろん、そんなに利益率が低い訳じゃないけどね。

 別に例えると、ある一人が10回パチンコに行って一回当たり1万円使い、うち4回勝って、元手を倍にしてやったとしても、のこりの6回分全てかっさらってしまえば、それでもパチ屋は儲けられる。何故なら、パチ屋が客に支払う金は4万円。逆にパチ屋が客から取る金は6万円だからだ。
 でも、パチンコにはまってる人間の大半はバカだから、4回勝つと、何故か自分の元手も足して8万円得したと思ってしまう。で、スられた金が6万円だから、よくいう「パチンコで稼いだ金と取られた金は、トントン…いや、ちょっとは稼いだ分の方が多いよ」なんて名台詞が出てしまう訳だね。パチ好きの人に良くいるでしょ、こういう「トントン位」なんていうアホ。

 もちろん、実際は10回パチンコに行って、4回も元手を倍にできる訳はないので、ホントはもっとパチ屋に金取られている訳だけどね。

名刺を作れ!

 そういえば、ちょっと前、友人にこんな事を言われたなぁ。

 個人用の名刺でも作るか。でも、デザインどうしよう…。誰かやってくれないものか(笑)

▼2009年06月05日

戦争が好きな人程平和主義者

 これは非常に含蓄があることだと思う。横山やすしは鋭い。

 久米宏のTVスクランブル」:Youtube

 好きはともかく、戦争を真剣に検討している人…あるいは軍人程戦争を嫌うというのは、世界の常識だったりする。で、自衛隊員を「戦争主義者」とののしる左翼の人達は、つまり知識がないということ。ついでに言うと、こういう今の左翼みたいな人が、いざというときに真っ先に戦争をしたがる連中だということも、世界の歴史を調べると一目瞭然だったりする。

 あ…そうそう。久米宏については、ニュースステーション時代でも、私は結構好きでした。

やすしくん

 ♪朝か~らやすし、コメ炊~きやすし、一~八はまだ夢の中♪

 

 ダウンタウン派ではないんだけど、この「やすしくん」シリーズだけは好きだったな。久しぶりに笑った。

▼2009年06月04日

伊能図が初公開

 あれ?今テレビで、

 「伊能図が日本列島の形に並べて公開されたのは始めて」

 なんて言ってるけど、昔、都内、明大前駅のどこかのホールに、伊能図が日本列島の形に並べて展示されていたの見たけどな。

 あれは、私の幻だったのかね。どうでもいいけど。

見えない生活

 素晴らしい…感動した!

 見えない生活1」:YouTube

 この女の子…じゃないよな、この歳なら女性と言うべきだけど、かわいいなぁ…。障害を持っているのにこんなに笑えるなんて、もう私には想像できない。なんだか、とてもいいものを見せてもらったという感じ。

 これからは、点字ブロックの上で立ち止まったり、自転車置いたり、車を引っかけて止めたりは、絶対にしないようにしよう。

らめぇぇ…太っちゃう!

 まぁ、表題の通りなんだけど…太っちゃってるよ。つか、太る以外あり得ない生活してるのがいけないんだけどさ。

 最近は天気も微妙だし暑いしで、ロードレーサーで長距離も走ってないし。どうしましょう…。

▼2009年06月01日

語りたいことも伝えたいことも沢山ある

 本当は、他人に語りたいこと、自分が工夫して育ててきた様々な思想、その他諸々…。他人に伝えたいことは山程ある。

 あるのだが…、たったひとつ、他人に対して、そういう関係を築けなかったことが、人生最大にして決定的敗北の要因なんだろうな…と思う。

 この段階になって、こんな陳腐な発言をするのは、恥ずかしい上に、己にとっても屈辱でしかないのだが、結局の真実は、人は1人では生きていけないという事なんだろう。逆に1人である人間は、例えに己の中に、価値があるであろう何を持っていようとしても(持っていると妄想しているだけだとしても)、結局は生きている必然性が全くないということだ。

 この世はなんて不条理な…いや、この世を不条理としか認識できない己自信が欠陥品であるという事を認め、素直に舞台から去ることを選択すべきだ。
 これは物理的に死ぬということではなく、非物理的定義において、死人としてのみ存在し続ける価値しかない事を、自分自身が認めるべきだろうという話。

 私は自分の発言を信じない。この世に、自分以上に信じる価値のない存在は、果たしてあり得るのか?

▼2009年05月31日

バレエ鑑賞

090531-02.jpg 夕方からはバレエ鑑賞。友達が出演しているとのことなので…。

 で、鑑賞後はみんなで近くの居酒屋で打ち上げというか飲み会。私は日本酒をガンガン呑みまくり、帰り道が心配される位になっていたらしい。
 本人的には、そんなに酔ったという感じではないのだが(笑)

 ということで、ごちそうさまでした。

RICOH GR Digital

▼2009年05月30日

定額給付金

 自動車税に消えました。

 ま、少しは助かりましたが、市から支給されたお金はそのままお国に返しただけでしたね。

今日は

 何か寒いなぁ…。

▼2009年05月29日

自分は何をすべきなのか

 全くわからない。故に人生の目標なんてのも全く立てられない。

恋する○○

 頭に「恋する」とつければ、どんな言葉でもオサレっぽくなるって聞いた。ということで、目の前にあるモノに片っ端から恋してみる。

 ・恋するレッツノートCFR4
 ・恋する森の水だより(ミネラルウォーター)
 ・恋するSHURE SE530
 ・恋するカタマリ01
 ・恋する新ビオフェルミンS錠
 ・恋する伝説巨神イデオン

 …きりがないな。

 という事で、今日本屋さんで、今月のカーマガジンの特集が「恋するスモールカー」だった事を思い出して、ふとつぶやきエントリー立ててみました。

 やっぱり小さい車っていいよなぁ。

▼2009年05月28日

カワウソ萌え

 カワウソに萌え狂いたい人のためのサイト。

 カワウソス(´・ω・)

 もうたまりません。

かばんの整理

 そうかもしれませんな。

そして、心に不要な物をため込みがちな人は部屋やカバンの中にも不要な物をため込みやすい傾向にあります。

 かばんの整理」:椎名雄一 心理相談室

 鬱の症状については、薬さえ飲めば笑っちゃう程効果があるというのはわかっているけど、その症状、その原因から抜け出すには、又別な努力が必要でしょうね。一生ずっと薬飲んで生きていく訳にもいかないし…。
 ただまぁ…薬が効いたと実感できる事は、鬱症状にとって、それなりの自信につながる面もあるとは思います。

 それとは別に、いわゆる「強迫性障害」みたいな気もある私にとっては、鬱症状だけが改善されてもまだ駄目なんだよなぁ。私の普段の行動を支配している様々な動機というのは、こういう障害から発生している事が多いと感じています。私が精神的にかなり不安定である事が多いのは、ここのブログをまともに読んでくれている人なら、充分理解できているでしょう(笑)

 それらが複合的効果をもたらして「社会的に全く存在価値がない」(これはどんなに忙しく役に立っているであろう仕事の最中でも割と真剣にそう思ってる)、または「他人全てから疎まれている」(白状するとこれもずっとそう。特に初対面やあまり親しくない人については、もう無意識で「この人は私を嫌っていて早く話を切り上げたい筈…」こと前提で接している)という症状に表れているのかもしれません。他、加害恐怖にまつわるそれらの強迫観念も、意識がある最中はほぼ常にあります。

 もっとも、これらの感情については、相対化しにくい…というか、不可能なので、実際他人と比較して、私の感情がどれだけ強いものなのか…などと証明する手段はありません。実際は、自分の症状なんてたいしたことないのかもしれない(多かれ少なかれ、上記の感情は誰にでもある…でしょ?)し、即、何らかの治療を受けなければ命が危ないレベルなのかもしれません。こうやって症状を相対化できないのが、こういった精神疾患の治療を困難とさせている訳なんだろうなと、こういうエントリ書いていて改めて思ったりします。

 で、表題の「かばんの整理」って話に戻るんですが、考えてみれば、自分の症状がこういう悪い方向になったきっかけというのは2回あって、古い家の中ですごく大量なモノに囲まれて生きていた時…。そして、今の家に引っ越して、一時期社交的になった気がしたのですが、その後同じく部屋の踏み場が段々なくなってくるのと、こういう精神状況が進行しているのは、今になって思うと、何やら相関関係があるように感じています。

 やはり、思い切って色々なモノを処分して、クリーンな生活を心がけるべきなんでしょうかね。そういえば、ホテルなどに宿泊した際、部屋にあまり余計な物がなかったりする状態が、妙に落ち着く気がするし、考えてみれば最近まともな読書をする時は、自分の部屋ではダメで、外出してシンプルな内装のカフェなどに入らないと、内容が頭に入ってこない気がします。

 あまり精神論云々というのは、興味もないし信じてもいないのですが、そういう精神状態のきっかけになっている結果を排除する努力は、何らかの効果があったりするのかなぁ~なんて。

 また、最近では、実際にこういったクリニックに通うのはイヤなので、こういう「癒し」とか「ヒーリング」の文章を、ネットを通してでもいいから、少し無理してでも読まなければいけないんじゃないかとも思ってきてますが。

 ちょっとわかりにくいし、何を言いたいのかわからないエントリだけど、今は薬飲んで上気しているので、ま、許して下さい。

▼2009年05月26日

そろそろ終わりにしたい

 もう、安らかに眠らせてくれよ…。おまえらがみんな嫌がってるのはわかってるからさ。

▼2009年05月25日

今日は

 正真正銘家から一歩も出ませんでした(笑)

▼2009年05月23日

犬と話せるハイジ

 バカ野郎!何が「体が不自由になったランディ」だ!昔家にいた犬のことを思い出しちゃったじゃないか。

 そうだよ、あの症状と同じだった。最後の晩は「じゃあな!」と、みんなで笑って別れたけど、こういう場面で家族は泣いちゃダメだよ!犬って、こういう人間の感情を、びっくりする位読み取っちゃうから。

S級素人

090523-04.jpg 秋葉原の石丸電気エロメディア館(?)の前で見つけた不思議なのぼり。「S級素人」…って、Sクラスの素人ってどういう意味だ。素人中の素人という事か?

 もちろん、何となくニュアンスはわかりますけど、よく考えてみるとなんだか面白い言葉だ。素人中の厳選された素人、厳選されたその素人っぷり!

 S級素人美人…とかいう言い方だと、もっと判りやすいんだけどね。つか、そういう意味なんだろうけど。

OLYMPUS E-410 + Zuiko Digital 14-42mm F3.5-5.6

男vs女“冷房戦争”勃発

 かつて私も会社員だった頃は、冷房は本当に困っていた。というか、冬はもっと困っていて、勝手に電気ストーブを机の下に突っ込んでたりした(笑)

 男vs女“冷房戦争”勃発 会社の冷房、2人に1人が「寒い!」」:イザ・女子部

 大体、会社で真っ先に寒いと言い出すのは、いつも私だったからねぇ。
 半年位前に、一番痩せていた頃は、本当に毎日が寒くて辛くて、飯食うだけで、死にそうになる位手足が冷えたりで大変だった。最近太ったので(笑)、そこまで極端な冷え性は改善されつつあるが、やはり今でも人よりも寒がりな方だ。体脂肪も減らないしなぁ…。みんなから「大丈夫?」なんて心配される程痩せた時期だって、実は体脂肪20切っていなかった。だからダメなのか。

 ちなみに、ご飯を食べると手足が冷えて眠くなるってのは、もう理解できない人にはどう説明したって無駄なんだよね。どうやら、胃が食べ物を消化するために血を集めるから…らしいんだけど、あの寒さと眠気は、気合いでなんとかなる問題じゃない。だから、私は昼休みも極力外出しないで、コンビニでおにぎりを買って、すぐに机で眠っている事が多かった。決して人付き合いが面倒だった訳じゃないです、いや、私の人付き合いが悪いのは事実なんだけど。

 もっとも、この冷房戦争については、男性の側に同情するけどね。男性は元々筋肉が多いので暑がりな上に、スーツとネクタイ着用して外回りさせられるんだから、暑がるのは当然だろう。というか、このエコ時代、男性にスーツとネクタイを強いる行為そのものが、地球環境によろしくない悪習だと思う。

▼2009年05月21日

明日は久しぶりに

 何もすることがないので、クスリでも飲んで、早寝するかな。

私の若い頃は

 クルマには乗っていた気がするけど、正直遊んだという記憶はない。多分、今の若い人の方がずっと遊びまくっているんじゃないかなぁ。

 考えてみると、遊ぶことが苦手な体質なのかもしれないね、私は。かといって、仕事するのも好きじゃないし…要は引きこもりに近い精神構造だということか。

▼2009年05月16日

村田英雄ネタ

 たけしが出ているニュース番組を見ていた…というか、付けっぱなしにしていたのだが、まさかこの時代にたけしの村田ネタが聞けるとは思わなかったな…。

 バカ笑いさせてもらった。

▼2009年05月15日

ブログだからね…

 昨日も友達と話したんだけど、以前更新していた日記からブログに移行した時に、いわゆる「人に読まれるという意識」みたいなモノは以前よりも考えないようにしました。

 なので、割と思ったことをストレートに書いていますし、また、このブログの方向性とか何だとか、そういうのも考えていません。基本的には「書こう」と思ったことを書いています。なので、後先考えずに書くエントリーや、間違い、誤字、脱字なども多いです(つか、基本的に推敲してないし)。ま、そういうのがブログであり、HTMLで組んだコンテンツとは違うモノだと、私の中では考えています。
 間違いに関しては、指摘頂ければありがたいですし、直せる範囲で直しますけど。

 そういうことなので…、特定のジャンルに特化したブログにすることは、今のところは考えてないですし、訳の判らない文章も書きます。また、普段の私が常に世のニュースに対して怒っている訳ではありません(笑)

しっかしなぁ…

 何でこんなにまで役立たずに生まれてきたんだろうなぁ。少しでも、世間や人の役に立てるような要素が全くないときたもんだ。

光より早いもの

 そういう意味において、新幹線の名称で光より速い車両に「のぞみ」という名前を付けたのは、なかなか鋭い!と思った記憶があります。

▼2009年05月13日

あー生きてても意味ねえな

 安楽死できる睡眠薬を合法化してくれれば、世界の人口増加問題なんてすぐに解決できるってのになぁ。そうなれば勿論、私も世界の人口増加問題の解決に微力を尽くすつもりです。

前立腺ガンについて

 NHKで前立腺ガンの特集をやっており、つい先日、父親もその疑いがあり検査を受けたばかりなので(結果はなんともなかったが)、私もちょっと気になってみているんだけど、ゲストのバカ共が終始ゲラゲラ笑ってるのは何でなんだろう。前立腺に苦しんでる人達のことバカにしてるのかな?

 羊水が腐るなんてレベルじゃない位、今この病気に苦しんでいる人をバカにしている行為だと思うんだけど、あのゲスト連中、一体何が滑稽なんだろうね。

▼2009年05月12日

未来のサザエさんCMでワカメちゃんの職業が明らかに!

 テレビCMのネタをわざわざニュース番組で報道する位なら、いっそのこと番組なんて作らず一日中CM流してればいいんじゃないの、日本の民放ってさ。

▼2009年05月10日

子供ネタで1つ

 荒れそうなので今まで黙っていたけど、例えば一歳児の命を救うために、みんなから募金を集めて数億円費やすのと、そこはキッパリ諦めて、2年後位に新しい子供を作るのと、社会的には一体どっちが効率的なんだろうかと。

 も1つ、命の価値として、わずか数年しか生きていない子供の命と、何年も生きてきて定年を迎えた老人の命って、どっちの価値があるんだろうか。
 人にもよるけど、それだけ長い間生きていれば、その間に培った技術や知恵は、社会的にも失うのが惜しいという面もあると思うのだが、テレビドラマや映画、アニメでもそうだけど、年端のいかない子供の命を救うために老人が犠牲になる…ってエピソードは割と多いよね。

 例えば、歴史や民俗史の本などを漁ると、割と江戸時代までの日本人は命についての感覚がドライで、なんかの町人による話で、子供が病気にかかった際、「どうせ死ぬのなら早いほうがいい」なんて言ってる話もあったりした。

 このエピソード、現代人の感覚で言うと「子供がかわいい故の冗談、子供を苦しみから解放してあげたい親の気持ち」なんて解釈を無理矢理されたりするのだが、江戸時代以前(地方では戦前まで)で割と盛んに行われていた、人身売買や間引きの現実、あるいはその他の風俗を垣間見る限りでは、これは「子供がかわいい故…」なんて意味ではなく、無邪気に言葉通りの意味なんだろうな…なんて感じる。

 いや、だからといって何をどうこうすべきだという話ではないんだけどさ。これ以上書くと怒り出す人が出てきそうなのでやめときますけど。

▼2009年05月07日

NHKの結婚についての討論番組

 途中から見たけど、世間の人達が「結婚」という言葉にここまでバカバカしい幻想を抱いているモノなんだと、ちょっとびっくりした。そもそも「結婚制度」なんてのは、法的…ついでにいうと、経済上の相互契約が主なのに(法律で結婚と離婚について調べると、金にまつわる規則ばかりだよね)、結婚制度そのものを議論する上で「愛」だとかなんだとか持ち出すのが間違ってる。大体「愛」で全てが片付くなら、なにも「結婚」なんてしなくても、一生同居状態でも全然問題ないだろう。日本の法律は未婚の女性が出産することを禁じている訳じゃないんだし。

 となると、途中で岡田斗司夫も似たような趣旨を発言していたけど、現行の「結婚制度」は、個人間の「愛」なんてバカな基準じゃなく、結婚制度そのものが社会にとってどのようなメリットをもたらすのか…って視点で議論すべきだと思うんだけどね。人として愛し合って一緒になりたい気持ちがあれば結婚するのは当然…みたいな視点では、ハッキリいって「勝手にすれば」としかいいようがない。

 という事で、番組で討論されていた、日本人における「未婚率の増加」についてだけど、やっぱり結婚しなくても人生楽しい…って事にみんな気がついちゃったからなんだろうね。
 ちょっと前までは「男は元々数が多いので結婚できずあぶれる」なんてマスコミに煽られ、すっかり自信喪失状態になった男性だけど、男性だけでなく女性も頑張って婚活しないと結婚できなくなった今では、むしろ男性側の結婚に対する意識が想像以上に低下しているということなんだろう。マスコミがよくいう「結婚したい男と結婚相手を選べる女」というモデルが本当なら、余っている男はいても、いい歳して婚活してる女なんてほとんどいないことになる訳だし。

 このままの状態で社会が進むのなら、むしろ「結婚」している人達が稀少になる日がやってくるんだろうね。となると…当然結婚して家庭に引きこもることが前提だった女性達も、社会進出をもっと推進しなければいけないし、社会は自然と、女性も定年まで働き続けるモデルにシフトしていくのだろう。専業主婦なんて、上場企業の社長とか財閥の生まれとか、よほど大金持ちにならないと不可能な身分になるのかもしれない。そうなると、社会における男女間の格差も、法律で色々規定するまでもなく、自然に消滅していくだろう。私はそういう社会も悪くないとは思うけど。

 で、今の私は結婚について私はどう思ってるかって…?もう…誰でもいいから結婚して下さい。というか、こんな私を飼ってくれる女性なら、誰だっていいです。

GW終了!

 まぁ、皆さんは明日から頑張ってくれたまえ!

 つことで、今日の夜はアニソンなん実を聴いてました。7日の0時かっきりで終わったね。

 もっとも、明日休みって人も結構いそうな感じはしますけどね。さて…私も寝るかな。もう永遠に寝ていたい気もしますが…(笑)。

▼2009年05月06日

家電芸人やら家電アナやら…

 家電って今流行ってるのだろうか?

 そういえば、知り合いの男の人も「家電に凝ってる」なんて話を聞いたなぁ。大体「家電に凝ってる」ってどういう事なんだろう。アマダナの家電買いあさってるとか、そっちの方向ではないと思うけど。

 掃除機や冷蔵庫やエアコンなんて、かつては一度買えば最低10年、あるいは家を建て替えちゃうまで故障しないで使い続けられる、ある意味「耐久消費財」そのものだった訳だけど、最近の家電は、エアコンや冷蔵庫も「エコ」なんてキーワード使って、消費者に買い換えを迫ってるように見える。例え電気代が得だとはいえ、冷蔵庫なんて数年でホイホイ買い換えることがトータルで考えて「エコ」なのかね?

 これらの家電製品は、一度買えば10年以上使えてしまうが故に、上記のような「凝る」なんていう趣味性からは外れた位置にあった製品だったのだが、逆に言えば家電に「凝る」なんて風潮は、家電そのものが耐久消費財から非耐久消費財へシフトしつつあるということなんだろうか。
 だとしたら、近頃の「家電ブーム」、メディアの煽りに浮かれておもしろがっている場合なのかな?なんて気もする。

 どっちがエコか…なんて、考えるまでもないよね。無論メーカーにとってどっちが得かはエコと相反しますけど。

▼2009年05月02日

音楽ば~か

 こんなクソ番組興味がないのだが、真マジンガーを見ようとしたら、卓球で延長になっているらしく、テレビを付けたらやっていやがった。

 特に「大江麻理子」のあの変なしゃべり方は、テレビにトンカチ投げつけたくなる程ムカつく。

 マジンガーはもうネットで見る事にして、テレ東の放送は見るのやめるか。

▼2009年04月30日

MARGARET HOWELLのリネンシャツ襟なし

090430-02.jpg 某にしだやさんのエントリーを見て「そうだ、アウトレットの1万円券の使用期限が来月で切れてしまう」と思い出したのである。
 で、お昼過ぎからFを引っ張り出して佐野アウトレットパークへ。自転車で行こうかと思ったけど、100km走った後の汗だくのままで、ここの服買うってのもね(笑)

 で、行ってみて見つけました。今期のリネン・ネイビー襟ナシかぶりシャツ。サイズはS。そういえばこのシャツ、ちょっと前に都内のお店で見せてもらったばかりなんだよな。そのお店ではMとLしか入ってきていないと言っていた。確かに袖を通すと、Mで普通のSサイズくらいの感じ。この下のSはメンズにしてはちょっと小さすぎるらしくて…。
 で、それが何故アウトレットに?と思ったら、何でもこれのSはメンズで売りにくいサイズだとの事で回ってきたらしい。ふむふむ…早速試着してみると、確かに袖がちょっと短いかな?店員さんも「これはレディースの丈ですね」なんて言ってた。

 でもまぁ…安くなってるし、危うくプロパー買いしそうになったくらいのシャツだし、ちょっとタイト目だけど普通に着られるし…痩せなきゃ…なんて色々考えたけど、結局買ってきました。
 アウトレット価格に一万円引き券を使っても、まだ無印のフレンチリネンより高い(笑)。でもまぁ、ここのリネンはガチでいいからなぁ。

 ということで、以上買い物報告でした。

RICOH GR Digital

▼2009年04月27日

女は臭い?

 ちょっと前にとある女性から聞いた言葉。

 「女って本当に臭い。色々な嫌な臭いを常に出してる。それに比べると男の人って全然匂わなくてうらやましい」

 うーん。そうなのかなぁ?…なんて気もしましたが、確かに考えてみると、男の臭いってのは、いわゆる「汗」にまつわる臭いくらいしかしない訳で、そう考えると女の人は色々な所から色々な臭いするよな…なんて考えたりもしました。

 で、今テレビで「うちの旦那が本当に臭い、なんとかならないでしょうか」なんてやっていて、それを見ていて、ふとその女性の言葉を思い出したのでした。
 考えてみれば、男の方から「女って臭いよね」なんて言ったら大問題になる。特にスポンサー様のご意向しか見ていないテレビの現場ではね。

 結局「男が臭い」なんてのは、テレビに洗脳されてる結果でしかないのかな…なんて思ったりもしました。大体「加齢臭」なんて言葉も、テレビ局とCMでは、男特有の臭いだというミスリードを、確信犯的に演出している気がするしね。

▼2009年04月25日

読めない名前

 ネット的にはDQNネームという事になるのか。まぁ…あまり騒いだりする問題でもないとは思うけど、

 ネーミングで、とりかえしのつかない一歩を踏み出さないために。」:インサイトナウ
 ★再掲・世界でたった一つの宝物?」:ネタミシュラン

 ちなみに、私は名前の方は平凡だけど、名字の方は全然平凡じゃなくて、初対面で正しく読めた人ってのには一生のうち1~2回くらいしか会った事がありません。学校の先生じゃまず読めなくて、いつも新学年で自分の読み方を先生に言うのがなんだか恥ずかしいというか、コンプレックスに感じていた事もあります。

 確かに、自分の子供にちょっと変わった名前を付けてあげたいという親の気持ちは、ワカランでもないけど、程々にしとけよ…という事でしょうか。

▼2009年04月24日

泥酔

 草薙メンバーは、500mlビールを短時間で4~5本程度呑んで泥酔状態になり、マッパになったという事らしい。

 で、私はワイン1本をサラッと空けて、自転車乗って来ちゃった訳か…。ちなみに、ビールのアルコール分が大体4%前後。私が今日飲んだワインのアルコール分が13%だそうッス。
 アルコールの量としては、なんだか、草薙メンバーが呑んだ量と、あまり変わっていないような気がするんだけど…。

 これだけ呑んで前後不覚の泥酔状態にならない自分が、なんだか怖くなってきました(笑)

▼2009年04月23日

考えてみると私は犬が走っているクルマの窓から顔を出したがるのと似ているのではないか

 長いタイトルだけど、つまりそういう事。

 私は、車にせよ自転車にせよ歩きにせよ、自分の肌で風を感じて移動する事が大好きなんだろうなと思う。
 そういう意味で、私がバイクの免許を持っていながら、オートバイにはほとんど興味がないのは、やはりあの、風を感じられないヘルメットのせいかもしれないね。勿論ノーヘルでバイクに乗る訳にはいかないが、正直フルフェイスのメット被ってオートバイに乗るくらいなら、自転車に乗っている方が楽しい。いや…バイク乗りを否定する訳じゃないけどね。

 オープンカーに乗る事も、自転車に乗る事も、あるいは歩きも、私にとってはどれも大好きな行為。自分の顔で空気や風を感じる楽しさは、他に代え難い快感だ。

▼2009年04月20日

何気に太った

 まぁ、家にいて食って寝てるだけだから太るのは当然だよな。

▼2009年04月19日

サラリーマンじゃないので

 サラリーマンNEOは見ません。

またお会いできるのを楽しみにしています

 うん、私も会いたいのは山々だけど、無職の分際でのこのこ会いに出かける厚かましさを、私は持っておりません。

草食系男子…というかオッサン

 とある日記からの転載。

「異性との友情はある」と思っている人の弱点は。
「恋人ができず、何故かどの異性とも友人になってしまう」コトです。

 そっかそっか…。二十歳前後の多感な時期に女子と雑魚寝とか、女の子二人で泊まりがけで出かけても、普通に布団を隣同士に敷いて寝るだけとか、そういう青春時代を過ごしてきたのが駄目だったのか。

 一時期「コレじゃ駄目だ!エロに徹しないと」なんて思ったけど、エロ慣れ(笑)してない私だと、やっぱり無理があって駄目だったし。

 そういえば、昔から男女共から「よっちさんって、異性とかあまり意識しない接し方するよね、それって妹がいるから?」なんて言われてたけど、そんな事ないけどなぁ。異性は異性として、バクバクで意識してるつもりだよ。

 もっとも、もうそんな事を心配する年齢ではなくなってしまったので、どうでもいいんだけど。

 ま、平たく言えば、人生に失敗した…という事なんですかね。もっと雄として、欲望の赴くままに女を押し倒すような生き方をすればよかったのかなぁ。ただ、イケメンでもなんでもない私では、結局ダメだったんだろうけど。

▼2009年04月18日

こんど?つぎ?

090418-03.jpg 京都に行った時、バーの女の子にウケたお話。列車の電光表示板における「こんど/つぎ」の件。
 さすがに最近は東京都心辺りではなくなってきているみたいだが、長野県の松本駅では健在だった。

 「え?こんどとつぎ?どっちが先かわからんやん」

 本当にそうだよな。ちゃきちゃきの関東人の私だって判らん。ちなみに関西では昔から「先発/次発」でした。こういうちょっとした合理的精神というのは、関東人より関西人の方が進んでいる気がする。

OLYMPYS E-410 + Zuiko Digital 14-54mm F2.8-3.5

▼2009年04月10日

一億円あったら何をする?

 このブログ。初めの頃は面白かったんだけど、近頃は色々な意味で上目線なところが鼻につく。そうだよね、大衆は自分よりバカなんだよね。私みたいなニートでも密かに思ってるけどさ(笑)

 【東京ブック】 一億円儲けたら何をする?」:IDEA*IDEA

 で、私が一億円手にしたら何をするかって?決まってるじゃないですか、金輪際仕事しないで、毎年の生活費として少しずつ一生かけて使うつもりです。

 こんなに夢のあるお金の使い方って他にはあまりないと思うんだけど、きっと、こういう問いかけをわざわざネットでする人達は、「一億円でベンチャーを」などという、ありきたりで夢も何もない解答を期待してるんだろうな。

 手元に大金さえあれば、この汚れきった資本主義社会のシステムから外れた外側で生活する事が可能なんだけど、そういう夢を持っている人っていないのかな?まとまった金で事業を興すなんて妄想している暇があれば、今自分が関わっている仕事を、昨日よりもっと真面目にこなす事を考えた方が、建設的てクリエイティブなのでは…なんて思うけど。

 私から言わせれば、今年収数億円を手にしている人が、来年も更にその仕事を続けること程、非クリエイティブな行為はないと思う。旧ライブドアのホリエモンみたいに、大金手にして宇宙開発事業に乗り出したいとか、そういう明確な目的意識も無しに、日々大金を稼ぎ続けるそのモチベーションって一体何なんだろう。そんなに金が好きなのかな。

▼2009年04月09日

婚活

 ATOKで「こんかつ」一発変換できたのがびっくり。もはや一般名詞なのか…。

 つことで、NHKで「婚活」についての特集やってる。ゲストの女優が「アラフォー世代女性が一生懸命前向きに婚活してるのって素敵ですよね」なんて言ってるけど、それは30代だったらもっと素敵で20代ならもっともっと素敵に見えるのではないか…なんて気がした。

 いや、アラフォーの婚活否定はしません、つか否定できません(笑)。いっそのこと、私も婚活するか?

▼2009年04月06日

勝谷誠彦

 こいつが偉そうに政治を語るってのは一体どういう事なんだろう。というか、日本国民って、こんなバカに踊らされる程のバカばっかりなのか。

 世間的に全く価値のない無職のキモヲタである私でも、勝谷の政治議論よりは、数段上で知的なコメント出す自身があるけど、それは、今の自分の身分を考えれば、イコール自分の価値観が世間とはズレている…言い方を変えれば結局私の価値観や生き様そのものが世間的評価において無価値であるという事なんであろうか。いや、全く持ってその通りなんだろうけど。

 そもそも、世間が定義するインテリジェンスと、私自身が定義するインテリジェンスについて、価値観の相違がありすぎるんだろうな。もちろん、世間で定義するインテリジェンスの方が、絶対的正義だと思うよ。そうでなければ、私はもっといい人間だろう。

▼2009年04月05日

NHKスペシャル・アジアの“一等国”

 あーあ、こんなに酷い番組だとは思わなかった。

 当時の国家戦略や常識を、今の価値判断のみで分析すれば、そりゃ矛盾点はいくらでも出てくるであろう。でもさ…実際当時の人達において、イギリス式(巧みに言葉を言い換えてアメリカ大統領の「民族自決主義」と言ってるけど)の植民地政策と、フランス式民族同化政策…どちらかいいかなんてもはや検討しようがない。今生きている人に聞けば、そりゃ思い出は美化されるし、「民族の誇りを奪われた」なんて話になるのは当然だと思うけど、じゃあ、今の時代においても、文明から無縁である、原始社会のままである事が、彼らにとって幸せだったのか?

 例えば、結果論になるけど、日本本土と徹底的に同化政策を進められた琉球は、今の時代不幸な民族なのだろうか?いや…不幸だった、幸福だった…色々な視点があるのは当然だと思う。ただ、このNHKスペシャルにおける「不幸だった」という前提での番組制作は支持できないなぁ。

 もっとも、こういう視点と意見がある…という意味においては、優れたドキュメンタリーだとは思う。
 ちなみに「民族自決主義」なんて、言葉としては美しいかもしれないけど、実態は「おまえらの事なんてどうでもいいけどとりあえず俺たちが決めた上納金払え!」って意味。宗主国が上納金を支払う事が出来るシステム作りに介入するのと、ただ何もせず上納金を奪取するのでは、どっちがいいのか微妙だけどね。

 あ…そうそう、創氏改名問題についても、先に求めだしたのは植民地の被支配者側だという話もあるし、この問題だって、現代の社会情勢と現代の価値観だけで語ってしまえば、そりゃ悪である事は間違いないわな。

定期入れ

 考えてみれば、今までの人生で定期入れを持ち歩いた事がないのだ。プレゼントでもらった事はあるが、いわゆる「定期券」を専用に収納するケースは持ち歩いた事がない。ちなみに定期券のたぐいは全て財布に収納している。

 人に言わせると「定期券と財布が一緒だと不便じゃない?」なんて言われる事があるのだが、むしろ私的には、定期券と財布が一緒になっている事のデメリットの方がよく判らない。せいぜいちょっとかさばったりするくらいか?

 大体、財布と定期券を別々にするなんて事が私には信じられなかったりする。だって、朝家を出る時、財布はさすがに忘れる事は少ないけど(それでも一月に一度くらいは忘れる)、定期入れなんて忘れちゃわないか?というか、私なら絶対に忘れる自信がある。だから定期入れは持たない。

 同様にサラリーマンには名刺入れなんてモノも必要なのだが、こちらもご想像の通りかなりの頻度で忘れる。だから名刺はあらかじめ財布に何枚か入れてある。

 何気に、いつも色々なモノを持ち歩いているイメージのある私だが、大して必要もないモノは忘れないくせに、必要なモノについては結構忘れる事が多い。定期入れを持ち歩かないのは忘れ物対策のためなんだと思うと、ちょっと情けないな。

▼2009年04月04日

平和

 プロジェクトジャパンというNHKスペシャルでやってますね。国家について平和とはなんぞや…みたいな視点で番組は進んでいますが、そもそも、国家の目的が「平和」なのかという根本の議論をすっ飛ばして、
 「世界は平和を望んでいる=国家は平和維持をを目的に進まなければならない
 なんて安易なロジックに陥ってしまっているのではないかと、そんな風にも見受けられた。

 世界各国の戦争博物館や平和主義者にインタビューしてましたけど、ハッキリいうと、それはそれらの国家の中でもかなりマイノリティーな存在にしか見えない。現在、多数のスペイン人が武力放棄に賛同しているとは思えないし、また多くの韓国人が、ベトナムで犯した自らの罪を認めているとも思えない…というか、韓国に至ってはそんな事知らないという人の方が多いのでは?

 いや…他の国のそれらの国民について、別に文句がある訳じゃありません。ただ、日本は過去を反省してない…なんて言ってはいますが、あんたらマイノリティーに属する人達を含めればもっと大規模で派手に、無防備宣言都市とか、君が代国歌反対とか、色々やってる人いますけどね…。

 と、話がずれてきちゃいましたが、私が思うに、日本以外の近代国家の国是で「世界平和」なんておめでたい事を真剣に国家戦略として考えいてる国はないのではないかという事。いや…日本だって真剣にこんな事考えてないかもしれませんが…。
 だからといって、日本も「世界平和を国家戦略にすべきではない」と言っている訳ではありません。ただ、そういった国家戦略を実行するには、その「平和」なんて曖昧な言葉の意味をしっかり考えているのかな?

 例えば「人によって正義は違う」なんて言葉はあるけど、同様に「人によって平和は違う」なんて言い方もある訳で、では、日本が目指す「平和」のスタイルは、どういった姿で、またそれに至るプロセスはどうなのか?そんな話は全くないよね。ただ念仏のように「平和平和」と唱えているだけ。これはもう、宗教に近い。

 「平和」と言っていれば、誰からも非難されない。「平和」と言っていれば、少なくとも反対する人はいない…。政治や歴史で執拗に「平和」と繰り返す人達って、そんな安易な考え…というか、誰からも叩かれない魔法のキーワードのつもりで「平和平和」と唱えているだけなんじゃないのか?

 世界中から戦争が無くなって、誰1人殺し合いをしなくなるのが理想…なのかもしれないけど、それは「パンがなかったらケーキを食え」と同レベルの暴論だよね。今地球上には80億だっけ?それだけの人間がいるというのに、それだけの人間が誰1人、いがみ合いも争いもせず、殺し合いもない世界なんて、想像力の乏しい私には超全体主義か完全宗教体制…それ以外に考えられない。というか80億の個人誰もが等しく満足できる社会なんて虫の世界だってあり得ないわな。

 だからこそ、国家にとって「平和」は、どんな利益をもたらすのか…また、日本が考える「平和」とは、現実として何を目指しているのか。冷酷にも聞こえる言い方だけど、そういうロジックをしっかりと議論して、政府と国民の間のコンセンサスを得ないと、真の平和への一歩は踏み出せないのではないか。
 お花畑な妄想ではなく、私たち人類が繁栄する為には、どうやって争いを減らして、また何を犠牲にして何を選択して…といった国家戦略目標が必要だろう。そういった実効性を持たず、ただ「平和平和」と唱えて満足しているだけでは、結局他国から与えられた平和しか得る事が出来ないという事だ。

 ちなみに、こんな言い方を日本の政治家がしたら、マスコミから総スカンというか、猛攻撃を加えられるだろうね。つまり、そういった幼稚な発想そのものが、経済以外における日本の国家戦略をダメにしている要因なんだよ。
 ただ、現状の日本はダメである事に意義がある…って議論なら、それはそれで成り立つと思うし、私はそういう価値もアリだとは思うけど。

 ま、テレビの画面でしつこく「平和平和」と繰り返すこの番組をネットやりながら横目見て、ちょっとケチをつけたくなったと、皆さんにはそんなレベルの妄想と解釈してもらえれば…番組本来の趣旨は、きちんと見てた訳じゃないのでよく判りませんよと、一応逃げをうっとく(笑)

▼2009年04月01日

4月1日

 折角なので、なんだか気のきいた嘘でもつこうかと思っていたのだが、めんどくさくて止めました。

 そもそも、親しい人への個人的なジョークとしての嘘なら、エイプリルフールってのも面白いイベントだと思うけど、元々これだけ嘘かホントか判らない情報が飛び交っているネット上で、わざわざ嘘をつくって理由もないのでは?なんて気もするし、また、ネット上の嘘はそもそも検証が難しい上に、嘘のつきっぱなし(ゴメン…他人に言わせると私の嘘はつきっぱなしで困るらしいけど(笑))になる事も多く、そうなるとジョークだとかなんだとかの範疇を超える気がする。

 大手のニュースサイトなども、今日に向けてわざわざ嘘記事作ったりしてるけど、そんな嘘記事作る為に、企画会議やって、ページデザインしてコーディングして…って、バカじゃない?いい加減飽きたよ。

 つことで、世間に流されず、普段人に嘘をつけないいつもの私で今日を乗り切ろうと思います…って、サラッと嘘ついちゃったかな?(笑)

▼2009年03月31日

ミサイルとロケットは同じものか

 色々な所で「ミサイルとロケットは同じようなもの」なんて知ったかで書いているブログが多い。
 違う違う…ミサイルとロケット、最大の違いは、弾道に何がついているかじゃなくて、正確な大気圏再突入が出来るかどうかだ。
 極端な話、ロケットならただ上に向けて打ち上げて、適当な所で衛星を放り出せば、後は衛星の方で軌道修正やら何やらの調整は出来る。実際日本が誇る固体燃料ロケットミューシリーズは、上にぶっ放すだけで、軌道修正能力や速度調整の能力はなかった。それでも衛星を打ち上げるには充分使えたのだ。

 ただ、それが弾道ミサイルというと話が違う。一度大気圏外にでた飛翔体は、自らの能力で正確にスピードコントロールと減速、軌道修正をこなし、正確なタイミングで大気圏内に再突入を行わなければならない。あるいは、発射ロケットがそれらの軌道を正確にトレースするよう、発射角度とスピードと弾頭の切り離しタイミングを制御する必要がある。
 しかも、弾頭自体が軌道修正を行う場合には、それは衛星軌道上を何度も回って正確なタイミングを計る…なんて悠長な事を行っている暇はなく、上がって下がる一発勝負の中で軌道修正を行わなければならない。つまり、ただ上に打ち上げるだけのロケットと違い、更に一段上の技術が必要とされるのだ。

 よく、ロケットについて知っているのか知っていないのかよく判らないレベルの人間が、平然とテレビや新聞で「日本はロケットを打ち上げる能力があるので、大陸間弾道ミサイルを作る能力もある」なんて言っているが、この意見は間違いではないのだが、少なくとも今現在の日本に大陸間弾道ミサイルを作る能力はない。何故なら、大気圏再突入に関する実験データとノウハウが全くないからだ。ただ、それらを技術的に作る能力は、日本の場合持っているので、時間と予算をかければ、大陸間弾道ミサイルを制作する事は可能であろう。ただ、それにしたって、潤沢な予算が回ってくる上で、更に何度も実験を繰り返す事が許される世論があって、最速で今の状態から2~5年くらいの時間かかると思う。

 それを考えると、ナチスのV2は、もはやオーパーツと言っていいくらいの超技術である。あの時代にコンピュータを使わず、一度大気圏外に到達した飛翔体を、細かい命中精度はともかく、なんだかんだでロンドン市内に落としている。

 で、今回の北朝鮮ミサイル問題。
 彼らが本当に今回の飛翔体を「ミサイル」と定義付けているのなら、その点に関してのみ、私たち日本の技術を上回っている。繰り返すが、飛翔体を軍事目的のミサイルとして使う為には、ただ上に打ち上げるだけではなく、正確なタイミングで大気圏突入を行えるよう、目標に向かって正確な落下曲線を描くようロケットを飛ばす必要がある。
 おそらく、北朝鮮におけるこれらの技術は、もし本当にミサイルだとするなら、中国やソ連から買った…もしくは盗んだ技術を応用していると考えられる。それでも、ただ技術を買っただけで、まともな実験も行わず、大気圏外に上がった飛翔体を、目標に向け正確に落下させる事など出来はしない。
 特に、弾道ミサイルの再突入技術というのは、最新式の弾道自体が軌道修正を行える種類(多弾頭形等)以外は、ミサイル先端に装着されているノーズコーンの形状、材質などのノウハウ分が主となる。これはある意味伝統工芸みたいなもの。何度も実験を繰り返さなければ、正確に目標に向けて落下させる事は難しいだろう。

 そういう意味で、もし北朝鮮が今回の飛翔体について、本当に「人工衛星」だと言うのなら、それは発射された後の弾道曲線を分析すればすぐにわかるはずだ。
 また、今回の打ち上げがミサイル実験だとするならば、そちらについても打ち上げられた弾道曲線を分析すればわかってしまう。
 テレビで変なコメンテーターが「ミサイルだった場合と人工衛星だった場合の区別がつかないのに、迎撃するんですかね」なんて寝ぼけた発言しているのを見たが、もしその飛翔体が設計通りに飛んだとするなら、きちんと区別は付けられるので心配はない。

▼2009年03月30日

ザ☆ネットスター

 なんだこの番組…?

 ザ☆ネットスター」:NHK

 というか、なんだこのホームページ(笑)と言い換えるべきか。しかし、ここまでになると、そろそろ「萌え文化(笑)」も、消費され尽くした感があるかな。

 ちなみに、ネットへの取り組みをもっとも積極的に行っているのも、意外や意外NHKだったりする。民放各社がこぞって反対しているネットへの番組配信を、唯一推進している局でもあるからね。

▼2009年03月29日

今日は早朝から軽井沢

 別にアウトレットでお買い物としゃれ込んだ訳じゃないです。ちょっと用事があって、朝5時出だぜよ。
 昨日からETC割引きで地方高速道路は1,000円乗り放題となっていますが、関越自動車道練馬インターから軽井沢までは、大都市圏を通りますので、通行料金は1,850円でした。これって得なのかどうなのか…。

 で、昼過ぎには東京に帰ってきました。アウトレットで買い物とか、商店街を散策とか、そんなムードとは全く無縁。大体写真すら1枚も撮っていない(笑)

 ただ、浅間山から煙が出ているのはちょっと見えましたよ。

▼2009年03月21日

明日から京都

 何故か自宅警備員のはずが、平日を含め毎日のように用事が詰まっていて、なかなかまとまった時間が取れなかったのであった。

 つことで、明日から京都。あっちの友人に会ってきて、ちょっと観光気分でのんびりしてきて…そんな感じで過ごしてこようと思っています。

▼2009年03月19日

秋葉原のブックファーストが閉店

090319-02.jpg 本日3月19日で閉店です。短かったなぁ…。

 秋葉原トリムの4Fは、この先どうなるんだろう。というか、4Fの本屋さんが無くなったら、そう遠くない日に3Fの無印も撤退になるだろう。それとB1にあるサーキットバーはどうなのかなぁ。私も一緒に遊びに行ける友達や彼女でもいれば、ちょっと利用してみたいお店だったけど、この分じゃ先は長くないか。

 この本屋さんの閉店は、本当に残念だ。

RICOH GR Digital

▼2009年03月18日

死の一秒前

 ここに紹介されている5番までは体験した事がある。

 【知る】 臨死体験者150人による、「死の1秒前」の全容が明らかに」:奇想天外生物ガラパイヤ

 外部から自分の体を観察…という心境にはなれなかったが、自分の意識が自分の体を離れて、自分の体の一部を確認する事はできた。その瞬間怖くなって、あわてて自分の体の方に戻ったのだが、その後、意識と肉体をどうやってシンクロさせたのかは判らない。とにかく、自分の意識は自分の体に戻った。恐怖とかそんなのより、戻らなくてはという義務感で必至だった。ハッキリ覚えているのは、自分の手足がベッドの上で、夏用の薄いバスタオルからはみ出ている姿。顔は怖くて見る事ができなかったのだが、そういう意味で、臨死体験は怖いものというより、ある意味必至さだけが記憶に残っている。

 というか、「自分の死の宣告が聞こえる」という段階はなかった。ただ気持ちよくて穏やかな心境になって、ああ…自分の体が軽くなる…と思ったとたん、意識が体から離れていったという感じ。そういう意味で私の体験は臨死体験ではなかったのかもしれないが、逆に言うと人は健康な状態でも死ねるという事なんだろうか。

 幸いに、あの一件以、降臨死的な体験はした事がないのだが、穏やかな死というのは、自分にとっても本当に穏やかな状態なんだなと思った。
 多分、命を失うという行為は、私たちが思う程怖くも痛くも、またネガティブな心境でもないのであろう。

人は自分をどう思っているのか

 何とも思っていないのだろう。

 少なくとも「私でなければ」と思ってくれる人間は、私以外の人間では存在しない。というか、私自身、自分という存在なんてどうでもいいかと思っているので、そういう意味で「自分」という存在は、誰からも何とも考えられていない透明(笑)な存在だといえる。

 何でこの世に生まれて、何で生きているんだろう。それでも、あと何年か判らないけど、この世で存在し続けなければならない。生きるというのは、本当に面倒くさいだけでなんの実りもない行為だと思う。

▼2009年03月17日

電車で鼻を

 今日、そんなに混んでいない電車に乗っている時、私の立っている前に座っていた20位のそこそこカワイイ女の子が、思いっきり指で鼻クソほじっていて、スゲーなと思って見てたら、ふと視線を感じたのか顔を上げた女の子が、鼻に指を突っ込んだまま私とばっちり目が合ってしまい、なんだか気まずかった。恥ずかしかったのか、あわてて鼻から指を抜いてうつむいちゃいましたけど。

 私としても、そういう時はどういう表情をしていいのか困る。

▼2009年03月14日

きの山さん

090314-01.jpg なんちゅーか…エロ過ぎるだろ。この形と持ち物…。

OLYMPUS E-1 + Zuiko Digital 35mm F3.5

▼2009年03月08日

君に伝えたかった事が思い出せない

 そういえば、自分は一体何を伝えたかったんだろう…。

 というか、自分は人に伝えるべき何かを持っているのだろうか。おそらく、何もないんじゃないかな。

From The First Touch/松本英子

▼2009年03月07日

寝坊した

 寝坊しました。

▼2009年03月02日

かへでマターリ中

090302-02.jpg 生意気にもカフェでまったり中。本などを持ち出してサラッと読んでます。

 何故か近頃は、自室で本を読むとペースが上がらなかったりするんだよなぁ。やっぱり誘惑されるおもちゃがたくさんあるからかな。

 PC持ち出してMixiのメッセージチェックしたりと、なんだか優雅な生活おくってるなぁーあたしゃ(笑)

RICOH GR Digital

おふとりさま

 過酷な自宅警備の合間を縫って、同じ職業に就いている仲間と情報交換に出かけてくる。

 久しぶりに会って色々話していて意気投合したのは、自宅警備という過酷な労働の職業病で「太る」事が多いという事。ハイ…私も順調に太っております。

 で、お互い「まだまだ大丈夫、もうすこし食べて体重増やした方が健康的だよ~」という慰めなのか悪魔のささやきなのか…そんな訳の判らない部分まで意気投合して帰ってきました。

 先々週までは、仕事(警備)をサボって、自転車で運動に出かけていたのですが、先週から今週にかけてずっと雨で、運動も何もできません。しかも何故か最近食事が美味しくて美味しくて…。

 ひょっとして健康になってるのか?という疑惑はさておき、太るのは困ります。そういえば1番痩せてた頃に買ったパンツがきつくなってたよ~。

▼2009年02月28日

青春18きっぷ

090228-01.jpg えへへ…とりあえず買ってみました。

 何処に出かけてこようかな。

OLYMPUS E-1 + Zuiko Digital ED 50mm F2.0 Macro

▼2009年02月27日

インワーミーノー

 ヤバイ…。少しずつワイン飲む量が増えている気がする。

 ってことで、昨日に引き続き、今日も1本ワインを空けてしまったよ。

 あぁ…ワインって、どうしてこんなに美味しいんだろう。

▼2009年02月26日

スプーン曲げ

 今となっては恥ずかしい(?)特技なのですが、私、昔スプーン曲げできました(笑)
 実際、何人かの人に見せて「スゲー」と驚かせた事もあります。

 今ですか…、今は全くできないですよ。

 ちなみに、アレの仕掛けは、いわゆる「力の集中」にあると思っています。力のかけ方、また指先への集中力があれば、普通のスプーンでも、案外親指1本で「くねっ」と曲げられます。
 もっとも、テレビでやってるような、指先でスプーンを揺らしただけでぐにょっと曲がるのは、私には無理です。

気がつけば18きっぷのシーズンだね

 3月1日から4月10日まで。

 暇だし、平日にまとまった休みがあるのも久しぶりだし…出かけてくるかなぁ。

 ちなみに、この時期の休日は18キッパーで結構あちこち混雑するみたいですよ。

▼2009年02月17日

誰もいない

 本当に誰もいないもんだと思う。

▼2009年02月10日

秋葉原へ

090209-01.jpg 無職なのでアキバに行く…って、まだ無職ではないが。

 とにかく、昨日は久しぶりにアキバへ行った。
 しかし、考えてみれば、1日フリーだったのは、今月に入って昨日が初めてだったのだ。結構色々やることはあったんだな。

 さて、今日はこれから人に会う予定がある。そろそろ準備して出かけるか。

RICOH GR Digital

▼2009年02月09日

あの頃って…

 すごく幸せだった気がするけど、それは幻だったのか。それとも、誰もが皆、そうなのか。

 だとすると、私たちは何故生きているのだろう。

▼2009年02月07日

宮崎を売れ!

 いまテレビでやってるね。

 だっからさー!知事のブランドで折角全国へ知名度がアップした宮崎ブランドだぜ。そういった財産を持っていて「知事のブランドを前面に押し出す以外に方法がない」なんて事ないだろ。テレビでも出ていたけど、マーケティングの本ばかり読んでいるから、そういうマス媒体を前提とした発想しかできないんだよ。

 ちょっと前の「アスリート.com」のエントリーでも書いたけど、ブランドを作り出す為には、業者…というか、生産している現場に従事している人達が、もっと積極的に自分達の仕事をアピールするしかないんだよ。広告屋に任せてちゃダメなの。というか、今いる広告屋ってのは、マス媒体でマス市場相手に販促するアイディアしか、制度的に持っていないんだから。

 ネットがあるでしょネットが。変な話、PCを手にしたデザイナーが、デザインだけでなく、製版の知識や色分解や色指定のノウハウまで責任を持たなければならなくなってしまったのと同様、これからの生産者は、ただモノを作るだけではなく、そのモノを作っている自分達の仕事を、自らアピールしていかなければならない時代に入っている。ただ、残念ながら、そこに気がついて、そういった生産者達の声を前面に出すプロデュースをしてくれる人が圧倒的に少ないんだよね。

 例えば10年前なら、1つの町工場が、自らの仕事のアピールやノウハウを公開することは事実上不可能だった。何故ならその当時のメディアといえば、印刷物が主だったから。
 印刷物は、基本的に読みたいと思う人達分だけ刷って、読みたいと思っている人達の手元に届けないと、媒体として機能しない。
 でもさ、今はネットがあるじゃん。もちろん、一つ一つのマイナーな情報は力が弱いけど、それらを束ねれば、強い力を発揮する。そして、ネットは、1つの情報を公開すれば、その情報は一人から一億人まで、等しく閲覧することができる。

 酔っぱらってキーボード打ってるので支離滅裂だけど、ネットがあるんだから、ネットだと誰でも情報を発信できるんだから、もっと現場に近い人達がもっと情報を直接発信できるシステムを構築しないとだめだよ。

 この時代に、こういった「ネット万歳」みたいな主張をするのはこっ恥ずかしいんだけど、やっぱりネットはネットだから、従来の広告である「資本の集中投下」みたいな手法以外のマーケティングを、積極的に探っていくべきだと思うんだけどなぁ。

 そういう意味では、私はまだまだネットの世界を信じているよ。

▼2009年02月06日

あなたはどんな時に若返りたいと思いますか?

 決まってるだろ!「就活」する時だよ!!

 …って、夢も希望もない話ですが、実際そうだよね。
 このキャリアで二十歳だったら(あり得ないけど)何でもできるのではないかと、そんな風に思う。

 つことで、今NHKで、表題の問いかけをしていたので、思わず答えてしまいました(笑)

▼2009年02月05日

今週は忙しい

 なんだか、毎日都内へ出る用事があるな。

 逆に、来週は暇そうだけど…。

▼2009年02月01日

モテてる?

 私の父親は病院に勤めている。
 で、この前、母親がその病院に薬をもらいに行きたいとの事で、どうせ暇だし私の車で連れて行ってあげたのだが、その病院で受付をしている女の子が、どうやら私が母親と一緒に病院の待合室にいたのを見たらしく、その日の休み時間に、病院にいる私の父親に向かって「今日、奥さんと一緒に歩いていた若い男性は誰ですか?結婚してます?」とか、根掘り葉掘り聞かれて困ったという話を聞いた。
 これってある種「フラグ立った」状態だよな。えへ!ひょっとして私ってモテてるの?まぁ…実際若くはねぇけどよ(笑)

 そういえば、過去にもコレ似たような話が別にあって、以前母親が勤めに出ていた会社に、丁度休みの日だったので仕事帰り車で迎えに行ってあげたら、何故かその会社にいる女の子が、どうやら私に一目惚れしたらしく、母親に向かって「息子さんって彼女います?」とか「バレンタインにチョコ渡して欲しいんですけど」とか、色々聞かれて困ったという話。コレだって考えてみれば立派なフラグだっての。

 もっとも、どっちの女の子も私は知らないし、そもそも私は彼女達を見た事すらないので、嬉しい話なのか困った話なのかよく判らないのだが、このように、私自身に関わらない場所でフラグ立っても困るというかもったいないよなぁ…。

 えっと、世の女性の方々、頼むからフラグを立てる時は、私にもハッキリ判る形でフラグ立てて下さいね。今の私なら入れ食い状態だよ、ハッキリいって(笑)

▼2009年01月28日

失業

 またかよ…という感じなので(笑)、ここでは黙ってようかと思ったんだけど、なんだか後味もわるいし、隠していても仕方ないので白状しますが、タイトルの通り、来月からずばり「失業」することにしました。

 理由は…まぁ色々くどくど言いたくないのですが、つまり、今の会社では「仕事がない」という事。もうここ半年以上、私本来の職業である「Webディレクション」のお仕事はなく、近頃は開発案件のついでに発生した既存サイト修正をチマチマやる程度。大体デザイナーもいなくなっちゃったしね。
 で、この現状を新体制になったばかりの会社側とも協議したのですが、何度かの話し合いの中で、社長自ら「就任してから今まで頑張ったけど、Webディレクション案件の仕事は、私とこの会社ではもう取れないと思う」などとバンザイされてしまいまして…。ちなみに新規の営業も無理だそうです。「私がやるよ!」とも言ったのですが、それは困るんだってさ。

 となると、私が今の会社にいる理由もないわけですよ。会社にしつこくしがみつくという手もあるけど、それで数年間はなんとかなったとしても、その先の私のキャリアはもうありません。ましてや数年後になって「リストラ」という形で捨てられてしまうと、本当に未来がありません。年齢的に「あと1年後」になればなるほど、加速度的に私自身の可能性も減ります。

 とはいっても、私自身には正直「Webディレクター」としての輝かしいキャリアがある訳じゃない。地道に仕事はしてきましたけど、まだまだ勉強しなければいけない事がたくさんあります。なので、少なくとも現状で「転職先なんて心配ないぜ」なんて事はありません。厳しいです。ましてや今の不景気だし、再就職はとても困難だと思います。

 とりあえず、今の貯金(少ない)と、ちんまりとした退職金(ホントにちんまり)…更に中期で見れば失業保険を食いつないで地味に過ごせば、1年!は無理かなーとりあえず明日から生活に困るという訳じゃないので、今は諦めずに頑張るしかないな…と。

 しばらくここの更新を辞めて、色々考えようかなと思ったのですが、なんだか心配してくれている人もいるみたいだし、やっぱり書き逃げみたいな事もしたくないので、とりあえず今の私を報告致します。一応会社にまだ籍はあるけど、来月いっぱいかな…。ただ、もう出社はしません。有休余りまくりだし。

 しかし…1週間以上の休みって、考えてみればここ何年も取っていなかったなー。転職は今世紀に入って数回したけど、どれも間の休みナシで働き続けていたからなぁ。金曜退職の月曜新事務所出社とかそんなのばっかり。もっとも、これを機に少しはのんびりしようかな…なんて思える程お気軽な精神状態ではないです。
 ただ、会社を辞めると決断したその日から、ある種買い物依存症みたいな心境と、酒(ワイン)への依存はパッタリなくなりました。薄々自分でもおかしいとは思っていたのですが、やっぱり抑圧されていたのかもしれません。買い物もしたくなくなったけど、酒もワイン1/3程度で「もう結構」みたいな感じ。不思議だよね。

 ということで、長くなりましたが、以上、皆様への現状報告でした。報告したらすっきりしたので、またブログの更新はチマチマ続けようかと思います。

 それと、現状報告ついでに一抹のスケベ心を発揮させて頂きますが、どなたか、アルバイトでも何でもいいので、何か仕事がありましたら、ご紹介よろしくお願いします。
 もちろん「知り合いの会社でちょうどよっちさんみたいな人を探してました!」なんてのが1番良いけど(笑)、そんなのはある訳ないので、「ちょっと手伝ってもらいたい事あるんだけど」みたいなもので全然OK。つか、金にならなくても全然…(笑)。私に何ができるかは…ここのブログを読んでいる方ならおおよそ見当が付くかと…。
 転職活動も頑張るけど、正直頑張るといっても、転職活動なんてそんなに時間を拘束される事でもないので、基本的に日中は暇してます(笑)。暇な時間がなんだかもったいないです。ご連絡はバナー上のメアドまでお気軽にどうぞ。

 でもまぁ…私の人生の転機…というか限界なのかもしれないな。
 ひょっとすると、今までのような生活はもちろん、ここでブログを公開するような人生は、もう送れないかもしれません。

▼2009年01月19日

禁秋葉原!

 ねーねーきいてきいて。
 なんとなんとこの私、先週は一度も秋葉原に行かなかったよ!

 もちろん、秋葉原駅にも行ってない、通りかかってもいない!

 これってすごくね?自分でもびっくりしたから、今から行くか!(笑)

▼2009年01月16日

おしゃべりしてないなぁ

 する相手もいないけど…。

 別に人に会わない訳じゃないけど、対面で気兼ねなく思いっきり人としゃべっていない気がする。

 まぁ…それだけ大人になったって事ですかね。

▼2009年01月15日

私もそろそろ無職か

 そもそも、あまり役に立つ人間じゃないからな。

▼2009年01月14日

カフェで気になる事

 今日のカフェで気になる事。
 私の目の前に背を向けて座っている女の子の背中が出ていて、更にそこからでっかいホッカイロが露出しているのが妙に気になる。

 隣に座っている男性は、一心不乱に携帯サイトを見ている。わざわざカフェに来てまで携帯サイト見る事ないじゃん…なんて思うが、それは私がわざわざカフェでブログ更新すんな!と言われるのと一緒か。

 もう一方のお隣さんは、一生懸命洋服のスケッチ書いてるなぁ。ファッションデザイナーさん?

 1つはさんだ席にはOLさん二人がおしゃべりに興じていて「ぜっていちげー」と大声で言ったりして、ちょっと吹きそうになる。
 私は密かにこのような言葉を「勢い言葉」と言っているのだが、他にも「きもちわるい=きめー」なんてのも同類の気がする。他人が「きめー」なんて言ってると、同じようにちょっとおかしいね。他にこのような言葉はあるかな?

 さて、そろそろ帰るとするか。

「K=100」が「黒」だと思いこむ

 ギガジンで見つけたフォトショップについての豆知識集。

 Photoshopでやってしまいがちな12個の間違った使い方」:ギガジン

 印刷物でより深い黒を出そうとしてK100の指定の上に、更にC:M:Y版に色を重ねるってテクニックがあり、そういうのって結構街で見かける普通のDTP本にもテクニックとして掲載されてるんだけど、少量のフライヤー作るならともかく、雑誌など短時間で大量にする媒体でこういうことやると、印刷所から嫌がられます。昔はマジで「止めてくれ」とクレーム入ったこともあったな。

 何故か…というか、少しでも印刷の現場に携わる、あるいは工場で現場を見てみると判るんだけど、この手の指定されて印刷すると、インクべったりでなかなか乾かないんですよ。それでも製本までに時間があれば、紙と紙の間に粉吹いてゆっくり乾燥させられるんだけど、雑誌なんかではちょっとね。

 ま、今では昔程ではないと思うけど、この手のスミの上に色版重ねるやり方は、一応印刷所の方と相談してからやりましょう。もっとも、わざわざそんな事しなくても、日本のスミインクは優秀だよ。

▼2009年01月13日

本当は楽天的なのかもしれない

 今まで自分は、他に類を見ない「悲観論者」であり「いじけ症」であり「依存症」であり「自分勝手」で「わがまま」で「人見知りが激しく」なおかつ「物事は全てにおいて悪く考え」「他人にはとにかく嫌われる人間」だと思っていたが、その中で「悲観論者」という点だけは、実のところそうでもないのかもと思ってきた。

 新成人の82%、「日本の未来は暗い」マクロミル調査に回答」:J-cast

 おそらく「日本の将来は暗いと考えている」じゃなくて「暗いと思わないといけない」と考えているのではないだろうか。大体二十歳そこそこのガキが「日本の将来は…」なんて真面目に考えられる訳ないでしょ。

 で私自身はどう思っているかだけど、日本の将来は衰退するかもしれないけど、私たちの生活はさほど変わらないのではないかな…なんて思っていたりする。貧富の差が加速度的に増大すれば、私みたいな人間にとっては、本当に生き地獄の世の中になるかもしれないが、何度もこのブログで書いているように、みんなで貧乏になればそれはそれで楽しいではないか。

 仕事とか雇用とかについては、私はこの歳になっても「今の会社に一生いる訳じゃないし」なんて考えている位だ。もちろん解雇は非常に困るが、職を失ったとしても何とかなるんじゃないかなと、割と本気で思っている。何とかならないかもしれないけど。

 別に、何とかならなくても、最悪死んじゃうだけだし、所詮人生はそんなもんだよ…なんて、実は「楽天的」ではなく「刹那的」なだけなのかな(笑)

ウエスト

090113-02.jpg 昔、とある雑誌に、モーニング娘だかスピードだかの誰かがウエスト36~7cm台だと書いてあって、雑誌にその公表されているウエストサイズ原寸大の○が書いてあった。生物的にあり得ないという大きさだったな。

 で、それをマネした訳じゃないけど、何となく撮影してみたのがこの写真。前記アイドルの倍以上ありますが(笑)、このベルトの中に、背骨があって胃があって腸があって肝臓があって…更に便秘中だから、業界用語で言う「カス」もこの中に入ってるんだよな。って考えると、なんだかすごいというか恐ろしいというか…。

 それだけなんですけどね。

RICOH GR Digital

▼2009年01月12日

おしっこちびる

 いや、私はちびったことないけど。

 オトナになって初めての・・・危機。 」:ある30代・処女の軌跡~30VIRGIN SOUL

 偶然見つけたこのブログをチマチマ読んでいたら、そういえば若い頃(二十歳そこそこ)に、同年代の女の子で、「思いっきり笑ってちょっとチビった」とか、一緒に行った映画で「あ…今びっくりしてちょっとチビっちゃった」とか、逐一報告してくれる女がいた事を思い出した。
 幸い私にそんな気は全くなかったので、そのような話を聞く度に「女って大変だよね」なんて答えていたのだが、あれはひょっとして私を誘っていたのか?

 それはともかく、女の人って生殖器の構造上漏らしやすい…なんて聞いた事があります。30過ぎでチビり初体験なら、別に気にする必要はないのではないかと、そんな風に思いました。

▼2009年01月10日

怒ってるビル

090110-02.jpg 信号待ちでふと後にあるビルを見たら、なぜだか怒っていた。

RICOH GR Digital

▼2009年01月09日

韓国の釜山港がハブ港

 ニュースステーションで主張してますが、あいつらバカじゃないのかな。

 韓国がどれだけ…いや、もういいや。韓国を持ち上げて日本を貶めるのが、奴らテレ朝と朝日新聞の仕事だから仕方ない。

 良識ある日本人は、ゆめゆめこんなバカ共の主張を信じないように。ちなみに韓国は今国家破綻寸前の国ですよ。
 そんで、あの手この手のインネンで、日本人と日本政府からから金を巻き上げようと画策してるところなんですけど、それも経済活動と言えば、確か似そうかもしれないな。幸い日本国内には金を持った売国奴共が沢山いますので。

 しかし不思議なのは、何でこの調子で、ほんの少しでも日本自身を勇気づける報道ができないのだろう。普段から日本のいい所を探して、私たちを勇気づける報道をしていれば、今回の特集も「あぁ…隣国も頑張ってるな」って素直に見られるけど、さんざん日本政府の悪口と、日本の製造業は危ないとか、私たちの不安を煽った末のこの報道だもんな。

 ちなみに、テレビでは全く報道されませんが、現在韓国は、世界の海運業からそっぽを向かれ大変な状態です。これで本当に世界のハブ港でしょうか。

ジーパン

 服屋さんで「このジーパン…」と言ったら、店員さんに「このデニムですね」と言い直されたのが、ちょっと恥ずかしかった。

 どうでもいいけど「コールテン」って、いつの間に「コーデュロイ」って言うようになったんだろう。

▼2009年01月08日

愛ってなんだい

 1人じゃないこと…かな。

 どんな時でも、どんな人でも、話を聞いてくれる人がいるだけで、その人は本当に幸せなんだと思うよ。

青空の手紙/奥井亜紀

▼2009年01月07日

F22配備で新たな負担

 F15よりも騒音が少なく、また、F15よりも戦力的に価値がある為、配備機数も少なくて済むF22なんですが、新たな負担って、一体何がどのように負担なのか、具体的に言ってみては如何?

 F22配備で3連協が抗議」:NHK沖縄

 中国様や韓国様が、日本を攻撃しにくくなるので迷惑だ!なんてハッキリいえばまだ可愛げがあるんだけどね。

 こういうバカ共の因縁に惑わされないよう、私たちはもっと軍事情報についてきちんと学ばなければいけないよ。一体何が気に入らないのか。

大阪に住みたいなー

 いや、本気にしてもらっても困るんだけど、かといってインチキだと思ってもらっても困る。

 あくまでも観光客として大阪に数回行かせてもらった私の感想として、なんだか大阪に住んでみたいなー。なんて思ったりするのである。

 考えてみれば、大阪市内で宿泊した事は一度もない。いつも隣の神戸や京都ばかり。何泊か宿泊したくらいでその地方が判るなんておこがましい事を言うつもりもないが、にしても、大阪府内で私は寝た事がないのである。

 大阪って、どんな所だろう。

1996年のワイン

 今宵は、1996年に瓶詰めされたワインを呑んでいる。もう13年前のワインか。という事で、自分の13年前を考えてみると、私は今より10年前に生まれたかったなぁ…と思ったりする。

 別に今の時代を否定する訳じゃないが、デザインに関わる仕事をしている身分としては、今よりも10年前の方が確実に面白かった。というか、私が20歳だった頃、きっとその10年前だった頃の方が面白かったかなぁ…と思う。

 まぁ…こんな事を考えている時点で終わっているよな…なんてのは、確かに自分でも判ってるけどさ。

 1996年のワイン、美味しいね。

ガルネク

 2chでは「クストド」と言われて人気だが、そのクストドのCDアルバム売っているのを見たんだけど、その横のPOPに「全曲タイアップ付き!」などと誇らしげに書いてあったのが、何だかなぁ~という感じだった。

 アルバム収録曲が、全曲タイアップ付きなんて、自慢になるのか?

GIRL NEXT DOOR(DVD付)/GIRL NEXT DOOR

▼2009年01月06日

定額給付金に反対する野党とマスコミ

 野党が定額給付金に反対するのは判らないでもないけど、マスコミ…というか、ニュースステーションがあそこまで執拗に定額給付金に反対するのか、理由がわからない。

 いや、わかるけどさ。

有休

 考えてみれば、もう2ヶ月以上有休を取っていなかった。なので、明日は休むことにする。

 日数でいえば、明日から3月になるまで出社しなくても大丈夫な位有休が余っているのだが、残念ながら当社に有休の買い取りシステムはない。
 もっとも、とても使い切れない位の有休が毎年もらえるので、それはそれでいいのだが、現実として使い切れないのはちょっともったいないね。

 ちなみに去年は5日位有休使った気がする。私は夏休み等の長期休暇を取らないので、意外と余ってしまう。

日本の子どもの英語力はアジアの中で最下位

 この手の話しもわたしが子供の頃から言われ続けているような気がするけど、果たしてどうなんだろう。

 日本の子どもの英語力はアジアの中で最下位」:All About

 英語といえば、わたしの姪も、幼い頃から英会話スクールに通っていたと聞くけど、英語がしゃべれるとは聞いたことないな。

 わたしが思うに、日本の子供が英語をしゃべれないというのは、ある意味幸せなのではないかと思う。というか、日本国内にいる限り、日常会話からある程度のレベル(割と高いレベル)の科学や学問まで、全て日本語のままで学べるということだ。つまり、普通に生きる限り、日本においては英語が必要とされていないということなんだろう。

 これは、日本以外の非英語圏では全く状況が異なる。そもそも基礎レベル程度の学術書以外の資料が母国語で存在しない。また、そもそも学術書で使われる単語そのものが、マイナーな言語では存在しなかったりする。
 また、日常レベルでも、日本では毎日読む本、毎日読む漫画、テレビドラマ、音楽など、ほぼ全ての娯楽分野で、日本人が日本語でつくったメディアが大量に溢れている。他のアジア諸国ではこんな事あり得ない。つまり、娯楽分野においても、外国語=英語なんていらない。これってすごく幸せなことなのでは?

 ちなみに上記リンクにある「アジア9カ国のうち9位が日本」について、調査した9カ国ってどの国なのかが気になる。アジアの9カ国というと「タイ、 インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、韓国、台湾、中国、日本」辺りなのかなと思うけど、その中で半分以上は元々英語圏だ。となると実質「韓国、中国、日本」辺りとの比較で日本が一番下だと言い換えた方がいいのかな。
 それと、この調査対象の子供達のカテゴライズも気になるところ。この調査結果は、既にYLEのテストを受けた子供達を対象にしたと思うのだが、そもそもアジア内の日本以外の国で、自分の子供に学校以外で英語教育を受けさせることができる家庭は、結構なエリート層である(韓国では既にそうでもないかも)

 主婦が暇つぶしに「タマゴダイエットでもしようかしら」なんて軽いノリで、子供を英会話教室に通わせることが可能な国は、アジアでは今のところ日本だけだという現実も考えないと、実態は見えてこないのではないかと思う。

 もっとも、先に書いたとおり「母国語以外必要としない国」というのは、逆にすごく世界に誇っていい恵まれた現実だと思いますけどね。

常にアウトプットを心がけよう

 いや…私はまっぴら御免というか、ここで見に来てる人達が引く勢いでやってるからいいでしょ。

 【東京ブック】 常にアウトプットを心がけよう

 自らを高めるには、知識のインプットも大事だが、それ以上に人を納得させるだけの「アウトプット」こそが重要であるということ。そして「アウトプット」した情報は、そのまま自分の知識となる。考えてみれば他人に対してしゃべっていることを一番記憶しているのは自分自身なのだから。

 ちなみに、ポイントは「人を納得させるだけの」という部分。どんなに一生懸命ブログのエントリー増やしても、それはアウトプットとは言えない。

 人を納得させる話し方というのは、ビジネスでもプライベートでも絶対に役に立つ。新年を機に、皆さんもアウトプットを心がけてみては。

 え…自分のことを棚に上げてる?自分の事はどうでもいいです。

お正月の表参道

090106-02.jpg 不景気なんて感じない人出だったなぁ。
 もっとも、大きな袋を抱えて歩いている人が減ったような気もしたけど、最近では大きな袋の商品はみんなネットで買うのかな。

RICOH GR Digital

カレンダー

 そういえば、今年のカレンダーをまだ使っていない事に気がついた。そして部屋にかかっている去年のカレンダーを見ると、まだ9月のままだった。

▼2009年01月04日

男は肉じゃがで喜ぶ?

 女から手料理なんて作ってもらった事無い私から言わせてもらうと、手料理を作っってもらったというだけで嬉しいとは思うけど、肉じゃがだからといって特別な感情はないのではないか?いや…経験ないので全くの想像ですけどね。

 「男は女が作る肉じゃがで喜ぶ」は本当か?【独女通信】」:ライブドアニュース

 ヒガミだという批判を承知で言わせてもらえば、女が作ってくれた手料理を目の前に「嬉しいよ、ありがとう」以外のコメントは出せないのではないかと、そんな風にも思う。ある種脅迫に近いか?

 ちなみに上記リンク元にある『煮物=実家の味』というのは、少なくとも私に限っては無いです。なので安心して下さい。というか世間で言う「母親の味」なんて、今まで実感した事無いけどな。
 世間でいう母親って、そんなに料理が好きで、更に料理が上手で、料理に独自性がある人ばかりなんでしょうか。

女子力と戦国武将

 NHKでやっていたんだけど、なんだそりゃ?と思ってい見ていたら、女子達の意外と真摯な思いが伝わってきてちょっと感動した。

 「真田幸村」と同じ風景を見ている…という下りは、確かに私もそんな事を思って地方の景色を眺める事はある。例えば甲府市に行けば「信玄はこの山を見ていたのかなぁ」なんて思ったりもするし、関ヶ原に行けば「戦国武将達はこの山の形をみてどうやって戦おうと思っていたのか」なんて思ったりもする。
 こんな事を考えながら、地方の景色を見ると、やっぱり日本の国土は変化に富んでいて面白いなぁ…と思う。

 テレビで上田市を見晴らせる丘に立ってちょっと涙ぐんでいた女子、私もその心境理解できるよ。

日テレの箱根駅伝特集

 去年も書いた気がするけど、なんで安易に「お涙ちょうだい」路線に走るんだろう。大の男がカメラの前で泣いているのを見るのが、この駅伝観戦してる視聴層は大好きなのだろうか?

 駅伝そのものはともかく、全く持って悪趣味なイベントである。

食い尽くされたい…

 「草食男子」食い尽くす 「肉食女子」とはどんな人種か」:J-cast

 よろしくお願いします(笑)

▼2009年01月03日

新年会

 会社などの組織単位ではなく、友人同士の忘年会と新年会、両方に参加できたのは幸せなのかもしれないなぁ。

 ということで、昨日は友人の漫画家さんの所で新年会。色々な顔ぶれのメンバーが集まっていました。みんな濃そうです。薄口の私などは会話を聞いているだけで食あたりを起こしそうですが(笑)、楽しかったです。

 ちなみに、相変わらず自分でワインを持ち込んでほぼ自分で全て呑んでました。今年もこういう場では役に立たない(笑)私ですが、みなさんよろしくお願いします。

 この新年会の前には、別な仲の良い友人3人と、ささやかな新年会(?)やってました。そのうちの一人は、来年会えるかわからないけど、またいつか三人で集まりましょう。

▼2009年01月01日

あけおめ

 ことよろ

▼2008年12月31日

泰葉

 下らなすぎで笑えました。
 でも歌はどうでもいいかな。

 ハッスル!ハッスル!

今年

 今年あったこと。

 登山をした。
 服を買った。
 ちょっとしたヘッドフォンスパイラルに堕ちた。
 ブロンプトン買った。

 では自分自身はどうなのか…と問われれば、
 進歩はなく、退化は確実に実感できる。
 それに、去年の自分よりも、今年の自分の方が、
 確実に嫌な人間になっているだろう。

 結果として、今年もいい年ではなかったか。
 来年こそは…という訳もないな。
 自らを高めるロジックというのが、まるで見えん。