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▼2009年06月19日

最近の流れは厳罰化なのか?

 近頃すっかりテレビっ子(笑)な私だけど、そういうのを見て思うのが、近頃の民意(というかマスコミ)の流れは、刑罰の厳罰化を望む方向なのかなぁ…と。

 さっきも、18歳の少年が男性をホームに突き落として殺した事件について、テレビでやっていたけど、懲役は5年だそうだ。これって、加害者が少年であることを考えれば、別に不自然な判決ではない。でも、テレビのコメンテーターは「これが少年じゃなければ、死刑や無期懲役も可能なんですよ」と言っていたけど、え?日本っていつの間に人1人殺したら死刑の判決が出るようになったの?なんてちょっと驚いた。

 ヤクザ映画の「男になってこい」って言葉は、人を殺して7年間刑務所に入ってこいという意味だった時代は過ぎたのかなぁ…。

 もちろん、被害者の側にとってみれば、やりきれないのは充分理解できるけど、だからといって「殺人=死刑 or 無期懲役」という流れは果たして社会的に正しいのか。
 そもそも、一昔前のマスコミは、刑の厳罰化に反対の立場だったと思っていたのだが、知らぬ間に方針が変わっているみたいだ。

 こういう言い方すると「被害者の感情無視だ!」なんてお叱りを受けるかもしれないが、あえて歴史の話を。
 かつての江戸時代には「仇討ち」という言葉もあり、またそれは言葉だけでなく、制度として被害者の側の権利として法制化されていた。
 で、なんでこんな決まりがあったのかというと、人から聞いた話だが、なんでも昔の日本人は、身内を殺されても、その時はものすごく怒ったり悲しんだりするけど、しばらくすると忘れちゃうらしいんだよね。
 これが一般的な町民ならともかく、五倫を重んずる儒学を実質国教化していた武士階級が、これではイカンだろうと、仇討ちを奨励する目的で作られた法律らしい。それでも、身内が殺されて仇討ちをおこなうなんてのは、それ自体が瓦版のネタとして有名になっちゃう位だから、当時からあまりこの「仇討ち」を、真面目に実行していた被害者家族はいなかったらしい。
 そもそも、奨励せずとも皆が勝手に仇討ちを行っていたのであれば、わざわざ法令化する意味もない訳で(減刑処置があればいい訳だし)、そういう意味で、過去の不幸を吹っ切って前向きになるってのは、日本人のアホだけどとてもいトコロなんじゃないかと思うんだけどね。そんな気質を持った日本人だからこそ、普段から犯罪も少なく治安が良いのではないかと。決して警察が優秀なのとは違うと思う。

 ま、話がちょっとズレたけど、世の歴史を調べれば、過去の事例においても、刑の厳罰化が進む社会は、治安の悪化や社会的不安を背景にしている事が多いからなぁ。
 刑の厳罰化が治安の悪化をもたらすのか、治安の悪化が刑の厳罰化をもたらすのかは判りませんけど、刑の厳罰化を良しとする風潮には注意する必要があるかもね。

 もっとも、今の日本は、罪の重さと刑の重さのバランスが全く取れていない現状が多すぎると思う。過去にも書いたことがあるけど、偽証罪などはもっと徹底的に罪を重くしないと、今の裁判では嘘付かないのが損…ってのが常識だったりするから。

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